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今日はテレビ放送の日

電子ミール2

シュンメルブッシュ:ただの名前

毛玉婆が茶饅頭を誤嚥して窒息死したと知らされた。意地汚い婆さんに相応しい最期だったと思う。婆さんには飴を盗まれたのでいい気はしていなかった。それなのに、「苦しまないで死ねたかな」と心配になった。その辺の事情ははっきりとはしないらしい。これほど文明が発達しても微妙な問題は残るんだろう。

婆さんとは緊急避難保護施設で出会った。お互い、すでに家族なく、ブルーカラーの仕事でかつかつのその日暮らしと分かっで意気投合。施設の中ではつるんでいたけれど、騒動が一区切りして、世の中が軌道に乗り出し婆さんの言う団地、それは浄化ドームだけれどに移ってからは、連絡を取らなくなった。

この時期は二人とも年寄りなのに、新しいシステムに慣れなくてはならなくって、それどころではなかった。まずは、仕事が変わった。外に働きに出られない現状は変わらず、浄化ドームの中で、できる仕事を覚えなければならなかった。

私はずっと清掃員だったので、それは変わらないのだけれど、方法は変わった。仕組みなんかの、難しい話は分からない。
先ずはベッドに横になる。これはどんなポーズでも構わない。ただし、集中を要するので、それを守れるポーズでないとダメ。それから意識を電子ミール管理室に移動させる。管理室の内部をしっかりと覚えていないと意識が集中できないので、この訓練はきつかった。

今では目をつぶって、鼻の中央部分を見るようにすれば、管理室に意識が移動できるようになった。私たちの内にあるこんな能力を引き出すことが出来る頭の良い人たちがいたことに驚くばかり。

そこで電子ミールの部品を洗浄するのが私の務め。私の意識、微弱な電流は機械に接続されて、実際の洗浄は機械が行う。昔からあったテレビのチャンネルを替えるような仕組みの応用かな?と思うけれど、その仕組みさえ分からないのだから理屈を聞いても理解できないだろう。

実体験して思うのはこの遠隔操作の操作部分が、つまり仕事、が複雑なら複雑になるほど、覚えることも多いし、意識も格段と集中しなければ務まらないので、結局、私の能力は電子ミールの部品洗浄が関の山と言う事くらいか。

テレビと言って思い出したけれど、今の時代にテレビはない。テレビの役割を果たしているのは脳内埋め込み式映像機で、これは脳に直接に働きかけ実際にそれを体験しているような感覚を与えるらしい。私のような旧型のモノは電子ミールの疑似食事さえ、気味が悪いから、脳内に受信機を埋め込んでまで脳内テレビを見ようとは思わない。

それに緊急時避難者用の家族団らん食事風景は食事を不味くさせているので脳内テレビには懐疑的になってしまう。よく覚えていない両親の顔は歪んでいて実物は全く優しくはなかった母が、「ご飯美味しい?」なんて聞く。そんなのはリアルな自分には経験したことがない。不気味な世界だ。

私が体験させてほしいのはこたつで猫を膝に抱えてカップラーメンとみかんを食べながら、テレビを見て笑っている景色だ。ペットが飼えないのは当然としてもその幻影くらいは見たい。どこに連絡したらそれは叶うのか?質問する相手を見つけられない今時だ。

緊急避難保護施設を出たころはまだ、脳内埋め込み式映像機の受信機を埋め込むかどうかは個人の問題だった。まだそのころにはスマホ派やパソコン派も存在したけれど、結局、需要が無くなり廃れてしまった。今でもこの部分はグレーゾーンのままだ。余計な金は使いたくないのが本音だろうし、情報難民は声の出し方を知らないのだから存在しないようなものだ。

歩くこともなくなっているので、最近のトレンドは足を切断することらしい。長い脚はじゃま?と言えばそうかもしれない。でも、一仕事終えた後、緊張した体をほぐすためスクワットをすると私はスッキリする。体に固執しているようなアナログ人間だから誰にも相手にされず、取り残されているとも感じる。

浄化ドームの中は歩行可能だし服装も自由だけれど、出歩くときは防護服を着て歩いている。散々、伝染病でモノたちが死んだのだからそれはそうなってしまうだろう。しかし、防護服は窮屈だし、モノとすれ違えば、モノ同士、お互いが病原菌を見るような表情だ。

これなら、部屋で脳内ジムに通ったり、ドーム住居者専用の脳内スポーツジムへアクセスするほうが楽しいだろう。そうか、そうした場面でモノたちは新たな出会いをしているのかもしれない。今や、誰ともつながらないけれど部屋でパソコンのゲームをしているほうが私だって気が楽だ。

それでも先日、少し歩いていたら他のドームのモノから声をかけられた。ドームにはドームカラーがあって、そこの住人はドーム色を身につけなくてはならないから、よそ者はすぐに確認できる。

私のような年寄りにはそれが自由を奪われた嫌なことだとは感じるけれど、病原体を特定して、破壊する工程には有効な方法なんだろう。

よそ者は
ドーム内を歩いていらっしゃる方にお配りしています。こちらに興味はありませんか?
と言ってパンフレットをくれた。
それはドーム外バスツアーの案内だった。

もはや、誰もが脳内で旅行をするご時世だし、当然ながらドーム外は洗浄されていない。誰もがいける場所ではない。しかし、外の世界には風があり、緑があり、広い空があることを私は知っている。ドームの外は今もウイルスが飛び交い強風が吹き荒れ、寒さに凍える場所かもしれない。それでも私は帰りたい。私にも確かにあったささやかだけれど暖かく楽しかったあの場所に帰りたい。

私は案内を見るなり、なけなしの貯金をはたいてこれに参加することにした。一瞬、寿命を縮めるぞとブレーキをかけるもう一人の私もいたが、なに、構うことなんかありはしない。若い人ならば外部も洗浄されて外に出られる日に希望も持てるだろうけれど、年寄りの私にその日を期待することは出来ない。

捜査官:不法脳内画像埋め込み装置による事故死で間違いないですか?

捜査官B:はい、間違いありません。このところ多発しているお年寄りを狙った
卑劣な犯罪です。

捜査官:ドーム外に出られるはずも無いのに、言いくるめて、出来損ないの脳内画像埋め込み装置を付けさせ、せん妄状態になっての狂死か。

捜査官B:全くの粗悪品をドーム外に行くためのヘルメットだと言って装着させ、脳内映像を見せるだけで、法外な金額を要求するようです。今年に入って、死亡事故は9件発生しています。

捜査官:営業をしている男たちはドームに不正アクセスして入り込んでいる3D画像としか分かっていないから捜査は足を使って地道に行くしかないね。

そう言った捜査官の口に歯はなく、両足もなかった。

大変貧乏しております。よろしかったらいくらか下さい。新しい物語の主人公を購入します。最後まで美味しく頂きます!!