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ルンルンを売っておうちでは介護 1

介護ネタは笑いにすれば救われる?


 94歳になった認知症の母の介護を初めてから9年になる。その年齢にしては優秀な方で今はまだ要介護1である。しかし次回の認定では間違いなく変更になるであろう。
 
 そんな母の介護ネタが勤務先の売場でやけに受ける。
魚をトースターで焼き、パンを魚焼グリルで焼いたコト。室内履きと間違えて、お風呂用スリッパをリビングで履いてたこと。厚手のニットジャケットの上から、ハイネックのヒートテックを着ようと必死でもがいていたコト。

 そんな話を私が始めると、隣のショップのスタッフまでが、店の境界の陳列ラックの上から顔をニョッキと覗かせてくる。そして
「ヒロコさんのお母さんオモシロ~イ!」
と、涙を流さんばかりに笑うのである。
最初こそ、人の気も知らないで何て失礼な人達だと、内心腹を立てたけど、笑いが生まれるのは、まあ悪いコトではない。これが大阪人なら立派な笑いネタに仕立てるのであろう。そう思ってからは、笑いネタにして提供するコトに徹してきた。
ところが最近ではどうだろう。症状が進んできて、笑いに変換出来ないコトが多くなってきたのだ。
 
 先日もそうだった。
私は不安になるあまりに、売場の同僚達に聞いて欲しかった。
しかし彼女達は違っていた。
あくまでも介護の笑いネタを期待するようなのだ。

「昨夜ね、また母がちょっとヤバかったの」
「えっ、なになに?」
「うーん、それがね~」
と、私は口籠もった。すると、
「なに、なに?早く言って!」
と、A子が重力で下がった口角をイキナリ上げて、体をルンルンさせ急かせてくる。隣のスタッフも聞きつけて、顔だけをにょっきりと侵入させてきた。    
そうして私はショックに感じた昨夜の事件を打ち明けたのだ。
 
 それは母がお風呂上がりのコトだった。
母は私が脱衣所や浴室に入ってくるコトを極端に嫌がる。これは介護あるあるの現象らしいのだが。なので仕方なく見守りせずにやってきた。

 それで脱衣所から出てきた時なのだけど、パジャマの上衣は着ていたがパンツは履いてなく、その代わりにズボン下を履いて出てきていた。それはいいけど、うっすらとおしりが透けて見えたのだ。つまりノーパンだった。

 そこまで話すと、さすがに彼女達も目を広げ好奇心に満ちた声を重ねた。若い人達がノーパンでパジャマを着る事は普通にありえるだろう。しかし母は大正時代の女なのだ。この世代の女性達はズロースのようなショーツを必ずや履いているよね。なので今回は心配してもらえるかと思ったのである。しかしそれは見事に裏切られたのだ。
 
「上衣の下がスッポンポンではなかったのよね。ズボン下を穿いてたてのよね。じゃあ問題ないじゃん。」
そうアッサリ決断を下すA子にY子が頷く。
「そうよ。ショーツよりズボン下の方が暖かいと思ったんじゃないの」
と、こうだ。
「でもさ、ノーパンだよ。」
私は訴えかける。
しかし彼女等は大らかで冷静だった。
「ショーツが寒そうに感じたのよ。お母さん可愛いやん。」
「うん、うん、可愛いい。で、自室でパジャマの下を履こうと思ったんじゃないの」
二人のノー天気な決めつけでこの話は幕を閉じたのだが、以外にも私のココロは軽くなっていた。
 
 親身になって話を聞いてくれ、返ってきた深刻な回答よりも、案外とノー天気な人の方が、私には合ってるのかも知れない。そう思えて、これから先も介護ネタを笑いに変える勇気が湧いた私であった。
 
 それで思ったけど、母のショーツはごく普通の薄ピンクやベージュばかり。それもゴムがお腹まであるお婆ちゃんパンツなんだ。
けれど認知症になると子供に戻るって言われてるし、思い切って若々しいチェックや可憐な花柄にしてあげたら、穿きたくなるのでないかしら?どうだろう?


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