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Vstrom800DE───黄色いどこでもドア

前述───国産しか勝たん

 私が以前投稿した記事で「後悔」について長々と述べていた事を覚えている人はいるだろうか。
稚拙な文章の中で物知り顔で後悔への持論を述べた哀れな男の事を知らない人が居たとしても、わざわざ記事を見つけて読む必要はない。

 あれは数千文字に渡って安物買いの銭失いを嘆き、その後また数千字を使って愛車への惚気を垂れ流した愚か者の戯言に過ぎず、そして今から綴られるものも大差ないので、わざわざ2回も目を通す必要はないからである。
ともかく、私が安いと思った買い物をして失敗した、という事実だけ覚えてもらえれば結構だ。そして、私がそれを繰り返すど阿呆だという事も。

 ちなみにこの話はVstrom800DEが不出来だという話ではないので、Vstromが気になってきた人もブラウザバックする必要はない。つまらない愚痴を聞き飛ばしたい人は次の見出しまで飛んでもらえれば構わない。

 結論から述べると、私はまた買い物を失敗した。
正確に述べるなら、失敗していた事に気付いた、と言うべきだろう。

 5月の事だった。私は急に、自分のバイクに物足りなさを覚え始めた。
その時乗っていたバイクはSV650というバイクで、これはプジョー・ジャンゴの信頼性の低さに辟易したフランス人の若者が購入し、路地裏に停めた時にルーマニア人に盗まれて、気付けばドイツに流れ着いてアウトバーンを逆走しているような、実に大衆的な大型バイクだ。

SV650。文句たらたらだが良いバイクだった。

 ハンドルが遠い割にシートが低くて窮屈で、タンクの横の装飾パーツがマジックテープで留めてある以外は特に欠点のない実に優れたバイクで、レギュラーガソリンを12L程詰め込むとチーターの走る速度でフルマラソンを6回往復できるような素晴らしい燃費性能も誇っていた。

 しかし、その乗り心地の悪さだけは如何とも我慢しがたかった。
ズボンの繊維が引っかかる様にわざとイボを付けられたビニールのシートは、薄く、硬く、クッション性というものがあまりない。
おまけに110km/hを超えるとハンドルの振動が半端ではなく、工事現場に忍び込んでランマーにしがみ付いているような気分になれる。
なので、このバイクで200km程走ると、水性ペンで描いて雨に滲んだかのように掌の皮膚がふやけ、尻の肉が壊死して崩れ落ちるような感覚がある。
(無論、実際にそんな事はない。50km地点で既に貴方の手首から先と尻は朽ちているため、200km走った時点で残っているはずがないからだ)

 そこで、私は次のバイクを選ぶ事にした。
中古車サイトを覗き、SV650に付けた値札を30万円から25万円に架け替えて、やっぱり次のバイクはアドベンチャーかなぁ、などと思考を巡らせ、SV650の値札に横線を曳き、23万円に替えた頃に出会いがあった。

パンアメリカ1250S。一目惚れだった。

 そのバイクの名は、ハーレーダビットソン・パンアメリカ1250Sと言う。
私は一目で、宇宙戦艦のようなこのバイクを気に入ってしまったのだった。

 大きく切り立った巨大なスクリーン。ケンタッキー州の農場でトラクター用のものを盗んできてそのまま付けたような四角く、巨大なヘッドライト。寝そべったままスプライトを飲む太った独身男から奪ってきたカウチを切り出して作った如きシートは、出来立てパンのようにふかふかだ。

 何もかもがバカバカしい程巨大で、黄色く、資本主義の国のバイクである事をこれっぽちも隠さない程に仰々しく豪華。このバイクの隣にサラブレッドを並べて日本の競馬オタクに「この馬の名前は?」と聞いたら、10人中6人は毛色も見ずに「メロディレーン」と応えるだろう。

 その過剰なまでの大きさとフカフカのシート、巨大なタンク。そしてハーレーのバッジを見て、アメリカンドリームを幻想してしまった私は、これがハーレーだと理解もしないまま、契約書にサインをしてしまった。

 ……悪夢の始まりだった。

 このバイクはイエローストーン国立公園の自然を破壊しながら走ったり、グリズリーを隅に追いやったり、バイソンを追うネイティブアメリカンに混じって雄たけびを上げながら荒野を駆ける為のバイクではなかった。
 私が夢見たアドベンチャーはそこにはなく、あったのは1ヵ月で4種類もの警告灯を披露する程果てしなく病弱で、ソードオフショットガンにボタンを詰めてそのまま発射して取り付けたとしか思えない程頓挫なボタン操作にまみれた、出来そこなったキャデラックを縦に割ったような乗り物だった。

 その見た目と性能は、間違いなく優れていた。好みは分かれる所だが、あれ程男らしくマッシブな見た目のバイクはそうそうない。シートは極上で、ショーワ製のサスペンションは軽自動車たちが羨み、泣いて唇を噛む程に乗り心地が良かった。

 問題は、信頼性が存在しない事だった。
納車当日にエンジン警告灯が点灯し、トンボ帰りで直してもらったと思ったのもつかの間。わずか5週間程でパンアメリカは不動車になってしまった。
一応、メーカーの保証で直してもらえる事にはなったが、保証が切れる1年半後を過ぎてこのバイクがまだ動いているかは、正直な所不明だった。

 私の中で故障の代名詞は、アルファロメオからパンアメリカへ変わった。
1ヵ月も連絡を寄越さないディーラーと相まって、私は一つ決断をする。
「これ以上なんか起こる前に手放そう」と。そしてもう一つ、痛感した。
「やっぱ国産しか勝たん。外車はもう二度と買わん」……と。


Vstrom800DEについて───返り咲く怪鳥

 外車の洗礼に懲りきった私が次のバイクを選ぶのに、そう時間はいらなかった。私が求めた条件は、日本製で、デカく、乗り心地がよく、そして黄色い事だけだった。そしてその条件に見合うバイクはすぐに見つかった。

 次のバイクを探して、レッドバロンに立ち寄った時だった。
店の奥の方。一度も未舗装路に出た事はないであろう、ピカピカの中古アドベンチャーが固めてあるエリアの隣に、1台の黄色い背高のバイクが停めてあった。最近話題になっていたスズキの新型、Vstrom800DEである。

Vstrim800DE。凛々しくも愛らしいバイクだ。

 このバイクの源流は、1980年代、ラリーを走っていたワークスマシン、DR-Zetaというバイクにある。
当時2気筒が主流だったラリーマシン界隈に単気筒ビッグシングルで殴り込みを掛けたスズキらしい逆張り…もとい反骨精神にあふれる怪作で、今のVstromの象徴的な部分であるクチバシを装備し、単気筒に2軸バランサー、冷却は油冷など、はっきり言って奇妙と言える特徴を備えたバイクだった。

 この変なのが初登場から2年目にして見事にファラオラリーで優勝、「ファラオの怪鳥」と呼ばれる事となり、その市販版として作られたDR750S(後年モデルチェンジで800Sになる)こそが、私が愛してやまない嘴付きの妙ちきりんなオフロードツアラーの源流に他ならないのである。

 もともと、私はVstromシリーズのデザインが好きだった。
大柄で愛嬌がある独特なヘッドライトを備えていて、全体的にはゴツゴツと角ばっているが、オンもオフも走破せしめんとする足の長くどっしりとしたその作りが、旅を愛する私のハートを惹き付けてやまなかったのだ。
特に1000と650は可愛らしい嘴と異形単眼を備え、抜群の存在感を放っており、愛くるしい(個人評)そのデザインがかなりのお気に入りだった。

 ところがこの800DEは、このVstromのデザイン言語を理解したうえで、やや捻りを加えた形で送り出されたように思えるデザインだった。
GSX-S1000のような無機質な縦2灯のヘッドライトに、まるで80年代当時のような角ばった造形のカウリングと嘴。
 明らかにオフロードを意識した21インチのフロントホイールはワイヤースポークで、ストローク量を誇るような長く太い倒立フォークと一緒にゴールドカラーが奢られており、なんとまぁ、ビッグオフらしいデザインだろう。

 明確にDR-BIGの血を感じさせる見た目でありながら細部のパーツは実に現代的で、ある種のネオレトロと言えるんじゃないか、というデザイン。
タンクの横側の誇らしげなSUZUKIの文字が示す通り、一目でスズキの産物だとわかるビビッドかつちょっと変わった好き嫌いがはっきりする造形だ。

 私は一目見て、このバイクの事が好きになった。
大型バイクらしい逞しい車格に、乗り心地の良さを担保するかのようながっしりしたフォーク。全体的に無骨で凛々しいデザインながら、ほんのりと愛らしさを醸し出す縦二灯のつぶらなLEDライト。
スペック的にも公道で乗るに不足なく、過剰すぎでもない。ゴツゴツしたオフタイヤも「どこにでもいけそう」という信頼感を感じさせる。
 シート高が855mmである事も、ハイオク指定である事もどうでもよい位に気に入っていた。もう、パンアメリカへの未練は残っていなかった。次に買うならこれがいいと思いながら、惜しみつつもその日は帰った。
……それから数日後、忘れられなくなってしまい、結局住民票と認め印を持って、同じ店に舞い戻ってくる事にはなったのだが。

Vstrom800DEの実力───リフトアップストリートファイター

 見た目に惚れ込んだのが半分、Vstromというビッグネームなら大丈夫やろ、という安易な名前への信頼感が半分で選んだこのバイク。
当然、発表から半年くらいのバイクなので、店頭に並んでいて、私が購入した個体はデモ車上がりで未走行の、ピッカピカの新車だった。

 正直、慣らしの1000kmが一番大変だったかもしれない。
800ccという排気量、そしてツアラー然としたVstromシリーズの在り方から、高いギア、低い回転数でトトトッ、と軽く駆けるイメージを想像していたのだが、それはちょっと間違っていた。
 無論、排気量が排気量なので、高いギアで走るのは全然無理ではなく、フラットなトルク特性と合わせてむしろ得意な部類になる。しかし本当の問題は「出来る出来ない」ではなく、「もっと先へ」を求めてしまう事にある。

 このバイクは、先に発表されていた同社の800ccのストリートファイター、GSX-8Sとエンジンを共用している。このバイクとVstrom800DEは、明確にキャラが違い、ギア比やポジション、タンク容量などを比べればわかる通り、全然違うタイプのバイクであるのは火を見るよりも明らかである。
 しかし、どうやらスズキのエンジニアが試作車のECUを使い回したまま替えるのを忘れたか、あるいはお得意のコストカットであえてそのままなのかはわからないが、どうやら800DEのエンジンは8Sのそれがそのままである。

 幸か不幸か、これが800DEの運動性能をぐっと引き上げ、そして慣らし中の制限である「4500回転以下」を守るにあたって実に問題となった。
 このエンジン、回さなくても走るのだが、回す事を結構に要求してくる。もっと回せ、まだまだこれからだぞ、と主張するかのように、3500回転からグッ、とパワーが立ち上がってきて、爆発的に回転数を上げようとする。

 おまけに新型の2軸バランサーがとてつもなくいい仕事をしており、エンジン本体の振動をほとんど車体に伝えてこないので、吹け上がりの良さと合わせ、油断しているとすぐに4500回転を超えてしまいそうになってしまう。
 見目麗しく、セクシーな美女が目の前に横たわり「こっちにおいで」と誘惑をしてくるのに、ズボンを下ろす事を許されないままずっとその足を撫で回しているようで。兎に角、この1000kmが終わるまでがもどかしかった。

 そして慣らしが終わってしまってからというものは、最早美女との逢瀬に他ならない。この黄色い夢魔は跨った者の魂を弄び奪う…という事はないが、虜にさせてくれるだけの魅力を備える、実に素晴らしいバイクだった。

 4500回転以降を解禁された800ccの新型パラツインは、スペックこそ84馬力に過ぎないが、パワフルで豪快な加速をどの回転数からも絞り出せる。
ギア比もツアラーとしてはかなり高めで、100㎞/h走行時の回転数は6速で4000回転程度あるが、逆にここからの加速はギアを下げる必要もなく、高速道路での迅速で安定した追い越しを可能としている。

 足回りの出来も良い。長いストロークの倒立フォークは路面のギャップを軽々といなしながらもしっかりと情報をハンドルに伝え、でこぼこ道や高速道路のつなぎ目の段差も、全く安定して穏やかに乗り越える事が出来る。
 また、サイズが21インチで幅が約8cmのフロントホイールにも関わらず、ハンドリングは驚く程素直で、大きな切れ角と相まって小回りも効き、山中のカーブでも鼻歌を歌ってクリアしていける操縦性も持ち合わせている。

 また、名前のDE(Dysfunction of Erectile、ではない。Dual Explorerだ。)が指す通り、オンロードとオフロード、両方に踏み込んでいける、いっても大丈夫と思わせてくれるのもこのバイクの魅力だ。
 オフロード未経験の私が、納車直後に未舗装の砂利道に突っ込んで60km/hで走らせても、このバイクは恐怖感一つ私には与えなかった。
砂利道でもちょっと緩いオンロードを走っているような、不思議な安定感があり、「もっと先へ」という乗り手の気持ちを高めてくれる。本当に、このバイクとならどこにでも行けるような気持になる。

 パワフルでありながら、乗り心地は良好。どんな道でもスムーズに乗り越え、コーナリングもオフロードバイクらしからぬ小回りと安定感。そして実際にオフロードに持ち込んでみても、全然問題なく走る。
 車に例えるならGR86のように安定してカーブを駆け抜ける事が出来るRAV4といった感じだ。ストリートファイターをそのままリフトアップし、ポジションとシートを安楽にしたようなもので、それでいて破綻していない。

 無論細かい欠点はあるにはある───低すぎてほぼ意味をなしてないウィンドスクリーンだとか、今時この排気量でハイオク指定である事だとか───が、わざわざそれを選ばない理由にするほどではなく。
本当に欠点がなく、楽しいバイクだ。足着きを我慢出来て見た目さえ好きならば大手を振ってオススメできる、素晴らしい一台と言えるだろう。

後述───幸せの黄色いバイク

 
 散々べた褒めたが、更に褒める事がある。それは燃費と航続距離だ。
このバイクは800cc2気筒、ハイオク指定。1600km走った平均燃費は25.2km/Lである。もっと燃費がいいバイクはあるが、十二分ではないか。
 パンアメリカはどう乗っても絶対にリッター19キロだったし、SV650の平均燃費はリッター23キロ程度だった事を思えば、優秀の一言だ。
 それでいて、燃料タンクは20Lも容量がある。これが意味するのは、一回満タンにするとざっくり500km近くは走れるという事だ。

 現状、450kmに1回の給油で運用はしているが、まだまだいけそうなのも事実。空っけつから満タンにしても5000円は超えず、なんとなくお財布への安心感も高い。お財布がいつもカツカツの私でも、次は何処へ行こう、何処を走ろう、と安心して次走の妄想を膨らませる事が出来る。
 このバイクが来てから、毎週末(月曜日、という意味だ。私唯一の定休だから)が楽しみでたまらない。何処までも、このバイクと一緒に行きたいという気持ちになる。

 思えば、パンアメリカを買った時も同じ気持ちはあった。
実際、ちゃんと動く時のパンアメリカは実に頼りになる鋼鉄の駿馬で(動かないから売ったのだが)、1日で1000㎞を超える移動をしても何ともなかった。
 スズキのバッジを背負い、遠乗りバイクの代名詞であるVstromの名を刻まれて生まれて来た800DEなら、きっとあの愛おしく憎たらしい虚弱なハーレー製のアドベンチャーと同じ以上の事が出来るはずだ。

 不幸な別れを私に齎したのが黄色いバイクなら、きっと幸せを運んでくるのも黄色いバイクだろう。長い付き合いとなるだろうから、たくさん旅をして、いった所がない所に沢山行こうと思う。
 「どこへでも、どこまでも行こう」と思わせてくれ、そしてその旅を実現させてくれる信頼性を持つこのバイクは、私にとって得難い相棒である。

相棒と私の旅の安全を祈り、レビューという名の惚気を終える事とする。

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