#63 日本語教師×社長が話す現在の日本語教育(前半)【野上先生×樋口さん】
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みなさん、こんにちは。『うれしい たのしい 日本語 さいちゃんねる』日本語教師の さいとう あきひと です。この番組は日本語を勉強している人と日本に関わるすべての人にお送りしています。
はい、今日は夏休みスペシャル ということで、すばらしいお二人にゲストで一度に来ていただきました。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
お願いします。
はい、お二人来ていただいていまして、お二人とも、あの、去年この『日本語さいちゃんねる』にゲストで出てくださったんですけれども。
去年の2月にゲストで出てくださいました、野上(のがみ)先生です。こんにちは。
よろしくお願いします。こんにちは。
そしてもう一方(ひとかた)です。株式会社RENの社長さんで、よろしいですか。はい、樋口(ひぐち)広布(ひろし)さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、樋口さんは去年の6月に『さいちゃんねる』に出ていただきました。
1年にもなるんですね。早い。
そう、もう1年以上。
で、今あの、野上先生、小学校のほうで日本語を教えられていて。
小学校と中学校と日本語学校でちょっと、です。
以前出ていただいた時にも、ちょっとお話を伺ったんですけど、そこからトピックが、野上先生に 言っていただいた。
少子化を海外からの皆さんの入ってくる流入というか、それで救えるのか?ということ なんですけど、今、日本の小中高校に通う子どもが1213万人。で、外国籍の小中高校生が13.3万人。1%ぐらい外国籍の子どもがいるそうなんですね。で、そうやって子供だけが入ってくるわけじゃないんですけど、そうやって子どもがどんどん入ってきて、この数というのが10年でもう1.7倍というか、この10年ですごい増えていて、なので、こういう海外から人が入ってくることによって 日本の労働人口とかね、なんかそういうのを救うといったら変なんですけど、まあちょっと、そういうところに影響してくることができるのかなって。 日本語学校にしろ小中学校、とにかくどこにしろ 、日本語教師がそれのお手伝いというか、そういうのができていくような形に 今後なっていくのかなあ?というふうに思ったんですね。
今教えられててどう感じられてます?
いやでも本当に多くて、今年は特に多くて、先生はもう本当に足りないですね。全然足りない。そのだから全体の1%が外国籍と言っても、多い自治体と少ない自治体というのがもちろんあるわけで、私はわりと多い自治体にいるので、止まらないぐらいの勢(いきお)いで増えてます。
外国の人が日本で働いてくれると、そういう人が増えると、労働的には助かると思うんですけど、よくニュースとかでも言われているように安易に雇用者側とか、いろいろなところで利用してとか、あてにしすぎるのも良くないかなと思うんですけど。
まあね、深掘りしていくと、やっぱり結局、政策的なところになってしまうとは思うんですけど、別に政策のこう、スペシャリストではないので、現場目線で話をするっていうふうにテーマを決めたとすると、現場で見てて思うのは、まずその日本語教育っていうところで考えた時に、全部ぶつ切りになってしまっているなっていうのは、すごく感じるところで、そのぶつ切りっていうのは、結局来日前の日本語教育を行われていると思うんですが、それがどうしても結局日本に来る時に、日本語学校に行きますよってなった場合、 最初からまたやり直すみたいな学校とかって、けっこう多いと思うんですよね。復習みたいな形に結局なってしまって、せっかく積み上げてきたものみたいなところとかが繋(つな)がっていかないみたいなところだったり 、あと野上先生のケースと連動させて考えた時に、小学生・中学生で勉強してくださっている方々っていうのも、いろんな形の背景(はいけい)があると思うんですよ。家族滞在で来られた方だったりとか、逆に日本で生まれた方だったりとか、いろんなバックボーンがあってという形になっていると思うんですけど、その多様さに対して結局、それに対しての専門家みたいな方もなかなかやっぱりいないと思いますし、国籍がさらに多様化してくると、どの部分でつまずくのかみたいなところが さらに複雑化していくと思うんですけど、その辺のデータみたいなところだったりっていうのも蓄積(ちくせき)できてないんだろうなっていうのはすごい感じますし、そうですね、なので本当に場当たり的になってしまっているっていうところは、すごい大きいなっていうのは、まず日本語教育的なところで問題として感じていますし、 先ほどの「頼りすぎ」っていうところも、都合よく、何でもそうだと思うんですけど、結局日本人とか、人手不足だから外国人の人に来てもらえばいいよねみたいな発想になってしまってるから、都合よく頼るみたいな形で先を見通さずに、本当にすべて場当たり的になってるのかなっていうのは、現場が悪いとかじゃなくてね、全体像が見えてない状態でいろいろ制度が走っちゃってるから、現場としてはなんとかその場を回すために 翻弄(ほんろう)されてしまってる、みたいなところはあるのかなっていうのは感じますかね、はい。
でもなんか、そうですね、なんかこう、やっぱり繋(つな)がりがないので、小学校からこう上がっていって、高校出て就職してみたいなふうにだんだん、みんななっていくんですけど、子供たちは、多くは。その就職もいろいろビザの関係とかで働いて何年とかそういうルールがあるので、うーん…。
頼りすぎてる面とか、その樋口さんが言ってた安易に考えてる面があるんじゃないかっていう、なんか、それはなんかすごい 感じてて、ニュースを見る時もそうだし、日頃学生と接しててもそうなんですけど、私が働いているところは日本語学校とか専門学校なので、野上先生みたいなお子さんが来られてるとか、そういうことはないんですけど、でも将来就職して日本で働きたいって言ってくれてる学生もいっぱいいるし、でもなんか報道とか見たら、外国人だからこんな問題が起きたとか、外国人を雇(やと)うと、こういう面倒くささとかデメリットがあるとか、けっこういいことより、そういうことが多く、耳にしたりとか目にしたりするなと思うんですよね。だから働いてくれるのはすごいうれしいんですけど、なんかお互いこう気持ちよく働いたり、その人たちの、もしかしたら子供とかにつながっていくかもしれないし、なんかその辺を整備しないといけないんじゃないかって思います。 日本語を教えるっていうこともそうだけど、そのぶつ切りにもつながってきますけど、教える現場、ルールを作るところ、で、働くところ、とかがあんまり連携(れんけい)されてない感じがするので、そこじゃない?と思うんですけど、どうですか?
ですね、本当ね。介護とか医療とかのところで、けっこうやっぱり多いみたいで、働いているお友達とかの話を聞くと、うち2人いるよとか、なんかもう名前覚えられないぐらいいるよ、とかいうところもあったりとかして、で、なんかそういう話をするときにやっぱり言ってる友達の印象が、たぶんあんまり良くない、周りの空気が、っていうのはやっぱり感じるかな。 なんかそのね、入ってきてくれてありがとうっていうよりは、なんとなく入ってきててさ、なんか通じなくてさ、みたいな、なんかそういう感じがわりとある。
それってやっぱり来る前の、その事前の日本語教育に何かあるんですかね?それとも受け入れた環境というか、受け入れ側の姿勢(しせい)?
なんか受け入れ側もあるんじゃないかな、両方かな。でもね、なんかそんなね、ぽんと入ってきて、おしゃべりができて、その専門用語も全部理解して、すごいコミュニケーションばっちりで、みたいなのは、ちょっと期待しすぎてるんじゃないかなって思います。
そういうところのほうが多いんですかね? そういう「もうー!」ってなってるところのほうが。どうなんだろう?手元に統計とかがないから、あれですけど。 なんか以前、この『日本語さいちゃんねる』に出てくれた人で、栄養士の人がいるんですけど、そこがあの介護施設のようなところで、そこにミャンマーの人たちが初めて新しく何人か来たそうなんですけど、そこの現場はなんかめちゃくちゃうまくいってるらしいんですよ。 もちろんなんかトラブルとかはあると思うんですけど、なんかそのトラブルも、なんかちょっと笑ってじゃないけど、もう起きたんだから、しょうがないんだから、それをじゃあ次は起きないようにどうしていくか、みたいな、前向きな姿勢で職員の人が解決していってるっていう、一緒に。 なんかそういう話を聞いたから、それがすごい印象に残ってるんで、そういうところが多いのかなって勝手に思ってたんですけど、もちろんそうじゃないところもあるってことですね。
今その、野上先生が小学生とか中学生とか教えられてて、日本で働きたいって言ってる人が多いんですか? もうはっきり。
いや、働きたいって言ってないんだけど、もうどっちかっていうと、勉強して、勉強してっていうか、卒業して、高校は行くかなみたいなぐらいの感じで、その後はもういいわ、みたいに。 大学とかまで行って勉強はもう難しすぎるからっていう、なんかそういうふうに、なんか思う人が多い気がする。今私が見てる中だけではなんですけど。
じゃ、高校出たらもう働くっていう、なんか自然な、あれというかイメージが彼らの中にあるんですね。
で、高校も、もう卒業までできない子もけっこういるらしくって、難しすぎて。そうなると退学して、どこかでちょっと働いて、アルバイトとかできるのかな、なんかそういうことをしたりとか、してるみたいなんですけど。
日本で働くっていうと、いろんな資格の形があったりルートがあると思うんですけど、そういう小学生とか中学生から日本語教育で入って勉強していてる人を考えると、やっぱりなんかそういう声を聞くと何とかしてあげたいなと思いますよね。
そうですよね。
そういう人たちが将来働くために、どういうことをしていけばいいかっていうか。
やりたいことができるようにね、してあげられたらいいんですけど、ちょっとそういうふうにもね、いかないことが多いんじゃないかなって。
なんかまだ小学生だし、とか、まだ中学生だから、この先やっていけばもっと大学とかも行けるんだろうなっていう思いじゃないんですね。
そうですね。すごいできて、すごい私はもういいところ行って、いい大学行って働きます、みたいな、そういう子もいるんですけど、 もう多くの場合はもう勉強が難しすぎるんですよね。 もうわかんない、やさしい日本語をどんなに使おうとも、もうそんな歴史とか理科のなんとかとか、もうわからない。
限度はありますよね。歴史をやさしい日本語にする。
無理無理無理。
お城を作りました、みたいな。
簡単に説明してくださいって言われたこともあって、いや簡単には歴史は説明できないって言って。
うーん。そこを改善していくのに、どうやっていけばいいとかありますか?現場でされてて。非常に難しい問題だと思うんですけど。
非常に難しい。でもなんか、同じ試験を、日本人と同じ試験を受けるし、というのが、だって入った先の学校で、やっぱりその今、他の子がやってることと同じの次の勉強をしていくわけなので、 そこをクリアしてないと入れないっていうふうになっちゃってるのかなと思ったら、もうどこをどうしたらいいものやら、本当にわかんないんですけど。なんかね、担任の先生と、たまにお話しできるときがあるかなぁというぐらいで、あとはもうその外国人専用、専門というか、担当みたいな先生とお話ししたりとかすることはあるんですけど、 なんかだいたい、こう、みんなこう、日本語の力の捉(とら)え方が低めになっていることが多いかなと。 私はわりと最初の初期指導って言って、もう本当に日本語学校だったら初級ぐらいの文法しかやらないんですけど、その辺でみんな卒業というか修了(しゅうりょう)になるんですけど、 だから、でも初級ができたら、おしゃべり、言いたいことは言えるはずでしょ?何でも。何でもたぶん言えると思う。言いたいことだけは。 言われてることはわかんなくても言いたいことは言えてるはずだけど、みんな言わないんですよね、たぶん。学校であんまり。 自分の日本語に自信がないっていうのもあると思うんですけど、あんまり聞かれてないんじゃないかな?と思って。日本語で今どう?とか、そういう声かけ少ないんじゃないかなっていう気がする。
これもよく聞きますけど、小学校と中学校の先生もそれどころじゃないんですか。回ってない?
もうお忙しいので、むちゃくちゃにお忙しいので、なんかこうでしたよっていうことを言うと、「え、そうなんですね」みたいな。 そういう反応がけっこう多いので、先生たちは「じゃ、もうちょっと話してみます」とか、そういう感じで言ってくださるんですけど、もうね、他の30何人の子どもたちがいる中の1人とか。
樋口さんそういう子どもたちに接することってあるんですか?
いや、今はないですね。で、これって、大学時代に、その神戸(こうべ)だったので、神戸って、そういった多様(たよう)な背景を持った方々が多かったんで、 日本語とか勉強、学習支援をサポートするみたいなボランティアサークルがあって、そこで一時期、活動させてもらったこともあったんですね。 でも思ったのは、今も変わってないと思うんですけど、そのたぶん年齢に応じて、そのままその学年にたぶん、入れさせられますよね、きっと。 そうですよね。今も。
ほとんど、ほとんど。
そういう形だったりとか、なんかたぶん、やっぱり制度面が結局のところ、なんていうんですかね「日本のやり方に、はい、合わせてくださいね」、みたいなことになってしまっているのも、やっぱり大きな問題だと思いますし、 あと、こう、なんていうんですかね、方針(ほうしん)だったりとかっていうのが、たぶん見えないから、結局その個別判断というか、個人がどうしてあげたらいいだろうか、みたいなことだったりっていうふうになって、 全部現場に、しわ寄せが行っていると思うんですよ。国としてこういうふうにやっていきましょうねとか、やっぱりあくまでも公教育なわけだから、小中だった場合、 それが明確な指針(ししん)みたいなのがちゃんと出てて、それも関わっておられる日本語教師の方々にも伝わってたらいいんでしょうけど、 そこら辺も曖昧(あいまい)なままで、本人たちもきっと、結局帰りたいと思っている人たちも本音(ほんね)の部分であるかもしれないわけですから、じゃ日本語教師目線で考えた時に、じゃ、この人たちにどんなアプローチをしたらいいんだろうか?みたいなのって難しすぎると思うんですよね。 で、じゃ、そのメンタルケア的な領域(りょういき)だったりとか、その社会福祉領域的なところとかもどんどん関わってくると思うんで、 なんかこう、「外国人=(イコール)日本語教師」みたいな背負(せお)わせ方にどうしてもなってしまってたりすると思うんで、 なんかそんな日本語教育に背負わせないでっていうのが、最近の。なんかもう、なんでもあるじゃないですか。 なんか「進路指導(しどう)」って簡単に言ってますけど、なんかやっぱそこも専門的な知識がないとできないことだと思うんで、 じゃそのね、日本の、ずっと日本で生活されてきた人で、ずっとこのまま日本で進学して就職してみたいなルートを歩(あゆ)む、 別にそこの国籍が関係なかったとしても、難しいと思うんですよね。 じゃ、僕らが自分たちが小中の時に、こういうふうになりたいなって明確に思えてたからって言うと、そうじゃないと思いますし、 逆に思ってた夢と今やってることって違ったりとかするわけだから、なんかこう、指針(ししん)とか方針とか、 何のために私たちは勉強するんだろう、みたいなところからの、動機付(どうきづ)けまで日本語教育に押し付けられているみたいなところがあると思って、 それはなんか全体でやっていくことだよね、みたいなところは思うんですよね。だから、はい、なんかこう、ちょっと日本語教育に背負わせすぎじゃないかっていうのが最近の持論(じろん)です。
確かに。なんかどんどん範囲(はんい)が広くなってきてる気がします。 仕事もなんかすごい増えてる。 日本語学校だと、専任の先生とかは特に、人手(ひとで)不足もありますけど、 学生のニーズもすごく、仕事、就職したいっていう人も増えてるし、で、学校にもよると思うんですけど、そんなにまだ就職に強いわけじゃないっていう学校さんもわりとあるんじゃないかなと思うし、でもなんとかしないと、みたいな。進学もしないと、みたいな。
あと、さっき野上先生の学力の話もちょっと出たと思うんですけどね、たぶん、フルでちゃんと言葉として理解できてたら、そんなに成績悪くないはずなのにな、みたいな方ってたくさんいらっしゃると思うんですよね。 それが進学とつながって考えたときに、日本語学校に通っている学生の方も、 なんかこう、日本語の水準だったりとか、じゃ、EJUだったり、大学に進学するって考えたときに、 EJUの点数だけで結局そのときの学力を一時的に測られてしまうから、実際の学力、母国での学力とを比較(ひかく)したときに、本来もっと学力、偏差値(へんさち)、あんまり好きじゃないですけど偏差値帯(へんさちたい)って考えたときに、 もっと上の偏差値帯の学校に行けるはずなんだけれども、結局、日本語が引っ張(ぱ)られて、日本語で引っ張られて、 実際は合ってない学校に行ってるみたいなケースって、けっこう多発しちゃってると思うんで、 なんかそういうのも本当にちょっと、何なんだろう、この歯車のズレは、みたいなことは最近すごく感じているところですね。
そうですね。なんか制度とか決めてる人が、そもそも日本語の現場とか知ってるのかな?って。なんか、…と思うんですがね。
この間、関係者会議みたいなのがあったんですけど、傍聴(ぼうちょう)できて。オンラインで見てたんですけど、 そのたぶん、とにかく聞こえづらくて、通信の問題?
わりとなんか毎回けっこう、あるあるですよね。
はい。そういうところから改善(かいぜん)してほしいし、で、なんかその出た意見が最終、どんなふうに反映(はんえい)されてとかっていうようなことだったり、 なんかこう有識者(ゆうしきしゃ)会議みたいなところも、もっとこう本当に多様な声を届けられるような感じでね、反映させていかないと、ずっとみんなしんどいままになっちゃうなというか、ね、嫌な思いしたら、もう日本に行きたくないとかっていうふうになっていって、 どんどん少子化(しょうしか)対策(たいさく)みたいな、少子化対策というか、はい、あの、うん、来てもらえなくなりますよね。いや、なんか嫌な思いをした場所と思われて、来なくなるから。はい。
そうですね、なんかそういう声も聞きますもんね。こんなことは予想してなかった、みたいな。
はい。
そうですね、はい。
なんか話してると、お時間があっという間にたっていまして、 この『日本語さいちゃんねる』のゲストの方に毎回伺っている恒例(こうれい)の質問がありまして。突然の流れです。突然の質問なんですけど。じゃ、まず前半のほうで野上先生に、 リスナーの皆さんに曲を紹介していただきたいんですが。
えーと、もう、懐(なつ)かしの、エレファントカシマシの『俺(おれ)たちの明日』です。
これ、いい歌ですよね。
はい。
はい。がんばろうぜ。
日本語教育の明日も「がんばろうぜ」ってことです。 選ばれた理由が?
中学生の娘がね、いるんですけど、響(ひび)くらしいですよ、けっこう歌詞が。「いいね」…
世代を超(こ)えて?
…「いいね」って言って。それで調子に乗って何回も車でかけてたら、ついに歌えるようにまでなって。
フルで。
そう。
これ、けっこう前の曲ですよね、もう。
そうです、めっち前の曲ですよね。昭和かな、平成かな。
あ、平成ですよね。
平成か。
エレカシが平成だから、この曲も平成ですけど。 そうなんですね。なんか「がんばれ」とか、あんまり最近はやらないのかなと思うんですけど、でも響(ひび)くんですね、ちゃんと。
そうですね、中学生に響いておりました。
んー、わりと「がんばろう」とか、また言えるようになってきたりもしてるのかなって、ちょっと最近感じます。 わりとストレートになんか「がんばろう」とか言ってる歌もあるなぁと思って。 わかりやすいんですかね。
かな?難しいことを言うよりは。
かもしれないですね。
樋口さん、この曲、聞かれたことあります??
いや、ないです。
あ、じゃ、ぜひ聞いてください。 あれ、世代がちょっと違いますか?
どうですか?
ノーコメント。
頑張ろうぜー。
年齢はね、ただの数字というか。 なんかその、なんていうんですか、結局やっぱり感じるところとか、行き着くところみたいなのは、世代を超えて一緒なのかなみたいなのは、なんとなく最近感じますね。 やっぱり人間だから、感情だったりとか、何に心を動かされるのかみたいなとか、何に励(はげ)まされるのかみたいな本質は、共通して普遍(ふへん)的なところがあるんじゃないかなみたいなのは感じますね。
そうですね。 じゃ、今、野上先生が薦(すす)めてくれたエレファントカシマシの『俺たちの明日』が聞ける曲のリンクをこの番組の説明のところにつけておきますので、ぜひ皆さんも「がんばろうぜ」って言って聞いてみてください。はい。
で、この番組のインスタグラムがありますので、そちらもリンクもこの説明のところにつけていますので、見てみながら聞いてみてください。 私たちが今話した言葉をスクリプトという文字にして書いたものを『note』というウェブサイトに書いていますので、そちらもリンクをつけていますので、ぜひ日本語を勉強している人はそれを見ながらもう一度聞いてみてください。
はい。ということで、野上先生、樋口さん、前半ありがとうございました。 ありがとうございました。
はい、とてもじゃないけど、はい、収(おさ)まりきらないので、あの、後半に続く。 後半のほうでは、じゃ、あの、日本語学校から就職とか、もうちょっとさっきあの、小学生とか中学生のお話を伺ったんですけれども、そこから先のことを少し中心に話していけたらいいなと思います。 それでは皆さん聞いてくれて、ありがとうございました。 では皆さんに、うれしい・たのしいことがたくさんありますように、心から願っております。 体に気をつけて過ごしてください。 さようなら。
さようなら。
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