禍話リライト:人呼びこっくりさん


 

 ――馬鹿な人間がいるものだ。

 ポケベルの全盛期、携帯電話が大きかった90年代の話である。
 エンジェル様やキューピッド様など、こっくりさんの類いが思うように『来なくなった』クラスがあった。当初は十円玉が動いていたのだが、回数を重ねるにつれて反応がなくなってしまったのだ。

「不特定多数を呼ぶから来ないんじゃないの?」

 言い出したのはクラスの中心人物でもあるAちゃんだった。区内の団地でも有名なお金持ちで、人を見下しがちな態度を取る女の子だった。
 当時、団地で悲惨な交通事故があった。夜間に黒い服を着ていた歩行者が車に二台連続で轢かれたのだ。
 団地など狭い地域だ。被害者の男性の名前などすぐに広まり、どこの息子が亡くなったのだと知れ渡った。身近な存在の事故現場には花が添えられるなど、周囲からの弔いの念が寄せられたのは言うまでもない。
「その人呼ぼう」
 Aちゃんは言い切った。不特定多数で来ないのだから逆に最近死んだばかりの人間を呼べば来るだろうと、とんでもない理屈を持ち出したのだ。周囲は彼女に反論できず、おそるおそる彼を呼び出し始めた。
 結論として十円玉は『はい』のところに移動した。が、周囲が尋ねるのは明日のテスト内容や、クラスメートの好きな相手は誰かなどの他愛ないものだった。呼ばれたはずの死人への質問などひとつも無い。本当に彼が来たとしても訊ける度胸はなく、別の何かが来たのなら余計に訊けるわけがなかった。場がしらけるのも当たり前だ。
 気乗りしないメンバーにAちゃんはムキになり、意地を張ってこんな質問をした。
「死んだときはどんな感じでした?」
 ぐちゃぐちゃな答えが返ってきた。【い】【た】【い】と示す間に十円玉が無茶苦茶に紙の上を動き回るような返事だ。怖いもの知らずなのか、Aちゃんはまだ質問をする。
「やりたいこといっぱいあると思いますけど、なにかありますか?」
 彼女以外の全員が表情を曇らせた。何を訊いているんだと、彼らは思った。尻込みするメンバーの様子などお構いなしにAちゃんは他にも失礼な質問を続けていき、呼び出した時間は終わった。
 否定されると怒りを露わにするプライドの高いAちゃんを逆撫でしないようにしながら、付き合ったメンバーは声をあげた。
「やっぱり良くないよ」
 心ない無神経な質問は誰がどの状況であってもしてはいけない。災害の当事者に無遠慮な質問をぶつけるマスコミが反感を買うのはそのせいだ。
 しかし、Aちゃんは軽くいなした。
「大丈夫、大丈夫」
 彼らの心配と怯えによる訴えもどこ吹く風だった。

 その翌日。まだ土曜学級のあった学校にAちゃんは来なかった。
 どうしたんだろうか。風邪かな。バチが当ったんじゃないか。最初は全員がそんな噂をした。
 ところが月曜日が始まり、火曜日、水曜日になってもAちゃんは登校してこなかった。おかしく思って担任に理由を尋ねたが、担任も答えに困っていた。彼女の不登校の理由を保護者から聞かされず、家族で遠方へ行くらしいとしかわかっていない。
 家族旅行かな。なんだろうね。
 登校してこない理由を考え出したクラス。そのなかにひとり、兄がいる女子生徒がいた。

 彼女の兄は夜に団地をジョギングすることが好きだった。
 団地を走っていると現れる、多数の自販機が立ち並んだスペースでよく休憩していた。その夜も珈琲を買って一息つきながら、彼は近くにAちゃんの住宅があることを思い出していた。妹から彼女が死んだ人の霊を呼び出して遊んだと聞かされ、それから不登校になっているのも知っていたのだ。
 馬鹿なことをするよな。関係ないとは思うがバチが当ることはあるだろう。特に同情もせずに、いつもどおり五分ほど休んでいた。
 そろそろ彼が動こうかとする頃、誰かこちらへ走ってくる。この団地にはあまり若者がおらず、夜に出歩く人自体が珍しい。自分以外がいることに関心を持ち、ジョギング仲間に出会えたと思って彼はおのずと相手を見てしまった。
 相手は彼自身と同じくらいの背格好だった。フードを被り、「うー」「あー」と唸りながら走っている。どこか体が痛いのではなく、ひとりでリアクションや相槌をしているらしい。顔は見えないが男だということは声の高さでわかった。
 奇妙な走者だと感じた彼は距離を置いた。男も気に止めずに腕組みしながら走り去っていく。そのあいだも「うーん?」「ああ~」「えー」と呟き続けていた。
 この人はどこに行くのだろうか。少し興味が湧いた彼は相手の後をつけることにした。追っていくと、どうやら件のAちゃんの家に向かっているのがわかった。
 Aちゃんの家は金持ちということもあってか、当時としてはかなり珍しく防犯用ライトが設置されていた。センサーが反応して、パッと照明が点灯する代物だ。少しでも近付けばすぐに反応されるくらいの判定なのだが、どれだけ男が距離を縮めても明かりはなにひとつ灯らない。
 元の電源が切られているのか。追っていた彼はそう考えたが、すぐにおかしいと思い直した。妹から、此処の家族が出掛けているらしいと聞いている。
 ならば、余計に切る必要はない。むしろ留守にする今こそが必要とされている状況のはずだ。
 この家の住人が何を考えているのかわからぬまま、観察対象の唸る男は門を開けていた。庭を勝手に歩き進んでいく唸る男は明らかに不法侵入で、どう見ても不審者だ。一旦家に戻って警察に連絡したほうがいいのかもしれない。
 考えながら様子を見ていると、男は家の玄関へと移動していく。距離を取りながら移動する彼が近付いても、防犯ライトは一向に明るくなる気配がない。そこで近付いてわかったのだが、駐車場には高級そうな自家用車が2台あった。使われた形跡はなく、どうやら旅行へ出ているわけではないらしい。
 つまり、Aちゃんの家族は家に居るということだ。一歩も外に出ずに、誰にも言わずに。
 疑問点だらけのなかで男は今も玄関の前で腕組みをしながら、奇妙な唸りを続けている。
 こんな夜中にインターフォンでも押すのかと思ったとき、男は取っ手に手をかけた。ドアは自然に開いて客を迎え入れる。厳重に鍵がかけられているはずの場所が何の引っかかりもなく、普通に開かれた。
 開いた理由はわからないが住居侵入までするなら、いよいよ警察に電話しなければ。
 だが、男は玄関から一歩も動こうとはしなかった。代わりに棒立ちのまま、闇色の内側に向かっていきなり叫んだのだ。

「〇〇さぁーん! 聞こえてますよね!」

 急な呼びかけに、聞いていた彼も肩を強張らせる。

「こういうふうにね、意味ないんですよ!」

「こっちはね! 行こうと思ったらいつでもこうやって、入ってこれるんですよ!」

「だからそのぉ……設備とかをどれだけよくするとかぁ、そういうことじゃないんですよ!」

 抽象的だが、とてつもなく怖いことを言っているのは盗み聞きする彼でもわかった。
 大きな声はまだ続いている。

「色々ね、されてるみたいだけど」

「宗派が違うとか、レベルが段階がどうだとかぁ」

「もう、そう言う話じゃないんですよねぇ!」

 宗派? レベル? 何を言っているんだ。
 彼は戦慄いた背筋につられて、ふと男の足下に視線を向けた。真っ暗な足下には紙が散らばっていた。直感で、お札のようなものだと彼は思った。よく見れば玄関の上がり端にも和紙らしき何かが広げられている。様々宗教やまじない、お祓いの類いのものが所狭しと鎮座させられているのだと彼は気付いた。

「もうそう言うのじゃなくて、もう、意味が無いんですよ」

「こういうことするのは、こういうことになる前の段階でないと意味が無いことで」

「こうなっちゃたからにはね、もう俺はいつだって来れるんですよ」

 フードを被った男が放つ異様な言葉と場の雰囲気に、彼は息を潜めて聞き続けるしかなかった。

「本当は今、上がっていってもいいんですけど」

「今日はいまお話したことを、ちゃんと理解していただきたくて」

「意味が無いんだってことを、伝えたかったんで」

「それがわかっていただけるみたいなんで、帰ります」

「また来ます」

 締めくくった言葉を聞いた彼は男がこっちにくると思い、大急ぎで物陰から離れる。怖さのままに大股で走り出て、家の角まで逃げていた。思考を整理する間もなく、塀の向こうからは玄関の閉まった音が聞こえた。鉢合わせるかもしれないと怖れる彼の予想は外れ、奇妙な唸り声は別の方向へと走り去っていった。
 呆然と場に立ち尽くしていると、閉まった玄関に幾重もの鍵が掛けられる音も聞こえた。
(やっぱり人が居たんじゃないか……!!)
 この場から一刻も早く去りたくて、彼は家の前を走る。防犯ライトの前に踏み出した瞬間、長い自分の影が道路に伸びた。半身にまぶしさを感じながら、電気が切れていたのがあの男がいたときだけと考えるのすら怖くて、ひたすらに走った。

 ほとほと疲れきって帰宅した兄から顛末を聞かされた妹は、始めはあまりにも有り得ない話に疑ってかかった。兄の顔は鬼気迫るもので、冗談を言っているようには見えなかった。女子生徒も怯え、明日になったらクラスの全員に聞かせようと思っていた。

 一夜明けたクラスは女子生徒の兄が見た話よりも、Aちゃんが引っ越すことになった話題が席巻していた。
 朝にやってきた担任が一方的に説明し、彼女からの挨拶もない。すると、数名が名指しで呼ばれる。どうやらAちゃんと一緒にこっくりさんを行ったメンバーらしく、Aちゃんから彼らへの手紙を預かったようだった。担任も中身は見ていないという。受け取った生徒は正直に気持ち悪いと思いながらも受け取り、休み時間に封を開けた。
 便箋には鉛筆かシャープペンシルで殴り書きされた文字で、こう書かれていた。

『あんた達のところにも来ると思うけど、もう自己責任だから。自分達で頑張ってね。』

 受け取った手紙はすぐに捨てられた。


 あれから十何年が過ぎたが、他のメンバーの元には何も来ていないという。


(終)

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この文章はツイキャスで毎週配信されている、怖い話が聞ける『禍話』のTHE 禍話 第26夜(2019/01/18)にて約40:14から語られたものを書き手なりに編集および再構築、表現を加えて文章化したものです。

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