禍話リライト:甘味さん譚【布の下】


 ツイスターという海外発祥のパーティーゲームを知っているだろうか。

 前提として、四色の丸が並んだシートの上で複数人が行う。ルールは簡単だ。ルーレットで指定された手足を、同じく指定された色に置く。それぞれの四肢が必然的に交差する、軽い下心も見え隠れするようなゲームだった。
「アメリカのあれですよ、パーティーで男と女が引っ付きたがるヤツ」
 そう称したのは、廃墟巡りを趣味とする『甘味さん』と呼ばれる女性である。
 酷い言い草だが的確な表現をした彼女が教えてくれた話は、結論から言えば「彼らはツイスターゲームが嫌いになっているらしい」というものだった。
「私の体験じゃないんですけどね。廃校みたいなところに遊びに行ったんですって、馬鹿だから」
 ひとりでも平気で様々な廃墟を巡っては、異様なものも見てきている女性に言われたくはない。そのような馬鹿に馬鹿と言われてしまった、友人の体験談だという。


 飲み会が終わり、酔いも回って気分が高揚した友人たちはとある廃墟に向かっていた。目的地の廃校はB級映画や低予算のホラーなどで使われたらしいと噂があった。度胸試し。物見遊山。つまるところ、満場一致で冷やかしに行こうと決まったらしい。
 廃墟でも誰かの所有物だ。当然ながら管理者もいるだろう。しかし、いたところで酔っぱらいが許可を取るはずもない。無断で校内へと侵入した彼らは写真を撮りながら、いわゆる特別教室を巡った。
 音楽室。理科室。家庭科室。次は美術室だ、と足を踏み入れた彼らを待っていたのは布に覆われた大きめの物体だった。隠されているのは場所柄、銅像かマネキンだと全員が予想した。被った埃の多さと厚みで、かなり放置されているのがわかる。わざわざ埃を舞い散らせてまで見るほど面白いものではないだろう。
 どうせつまらないもんだろ。まあ、いいや。
 彼らはさっさと美術室をあとにして、他の教室へと向かった。
 噂はただの噂だ。実際撮影に使われたとしても、痕跡が残っていることのほうが珍しい。校舎を一通り見ても美術室以外に特筆すべきことはなかった。薄っぺらい好奇心を満足させるようなものは何もなく、彼らは見事に肩すかしをくらわされた。
「撮れ高がない」
 帰る間際に意見したのは、ひとりの男性だった。折角侵入したリスクに対して特段面白くなかったのが気に入らないらしい。
 この期に及んで撮れ高とは。周囲が怪訝そうに帰りたがるなか、彼は美術室にある物体をやり玉にあげた。
「あれ、やろうぜ」
 確かに、布の下にある正体は興味を引かれる。出たい気持ちもあるが、強く否定はできなかった。彼に言われるまま、他のメンバーも再び美術室へと訪れた。しん、とし静まりかえった室内に鎮座する布の存在感は改めて見ると異様でもある。
 男性は高揚した気分を保ちながら近づき、布を握った。
「3、2、1……オッケェェェイ!!」
 まるで動画配信者にでもなったかのように、盛大に埃を舞い上がらせながら布をはぎ取る。ぶわりと綿埃の吹雪くなか現れたのはーー彼らが想像したものとは全く違っていた。
 現れたのは、塊だった。彼らは呆然とした。有り得ない。信じられないと思った。
 塊はかろうじて人、もしくは集団と呼称していいのだろうか。いや、双方とも違う。そう呼んではならない。言葉として言うならば、裸体の人間がいくつも重なり、絡まり、四方八方へと手足を突き出したまま固められたもの。常軌を逸した、普通の人間には到底形容しがたい塊が布の下には残されていた。
 闇に浮かび上がるものは、全体的に小柄だった。今にも呻き出しそうに歪んだ手足は小さく、元の形がわからないほどもつれた腕は細い。
 これは子どもたちだ。全員がそう直感するには十分だった。
 誰が、これについて話し出すべきなのか。会話を始められる雰囲気など一切なく、張り詰めた緊張と恐怖に顔も見合わせられない。
 硬直する場で動いたものがあった。誰でもない。布でもない。眼前の、塊だった。
 のそりと慎重に、だが大胆に。幾重にもなった腕や脚を蠢かせ、べたべたと音を立てて彼らを追ってきたのだという。いつから放置されたかもわからない、埃を被った布に隠された塊が。


「だから、そういうゲームが嫌いになったんですって」


 これは廃墟を巡るのが趣味という、仮称として甘味さんと呼ばれる女性が教えてくれた話である。



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この文章はツイキャスで毎週配信されている、怖い話が聞ける『禍話』のシン・禍話 第三十六夜(2021/11/27)にて約16:03から語られたものを書き手なりに編集および再構築、表現を加えて文章化したものです。

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