第49話 衝撃の大団円! さらば超煙合体(ちょうえんがったい)エンガオン!

枯木枕さん「となりあう呼吸」シェアードワールド企画の応募・落選作です。ご笑覧ください。

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『第49話 衝撃の大団円! さらば超煙合体エンガオン!』



●セブンスタータウン・工場跡(夜)

  倒れ伏す「エンガオン」メンバー五人。
  十全なるピアニコ、資材の上に立っている。
  ピアニコ、両腕を広げ、
ピアニコ「話にならないわね、エンガオン! 不完全な「崩れやすい子供たち」では、この十全なるピアニコには傷一つ与えられない!」
  ピース、身を起こす。
  脚が崩れかけていることに気づくが、立ち上がり、
ピース「確かに俺は、俺たちは不完全だ! けどなぁ……五人いる。五人いるんだ!」
  ワカバ、ボロ、マイルド、セッタ、それぞれ頷く。
ピース「欠けたヤツ同士で支え合ってるから……一人っきりよりずっと、優しくって強いんだぜ! いくぞ、みんなぁっ!」
  『エンガオン』メンバー残る四人、立ち上がり、
五人「エンガオン・チェンジ!」
  五人が胸を叩く。
  身体が煙となり、溶け合って、光に包まれ———
(変身バンク)
ナレーション「説明しよう。崩れやすい子供たちは、身を寄せ合って奇跡の力を得た! 五人がエンガオン・チェンジするとき、五つの身体は煙となって混ざりあい、ひとりの戦士に生まれ変わる。煙でありながら鋼の拳を持ち、鋼でありながら煙のように身を翻す。その名はエンガオン、超煙(ちょうえん)合体(がったい)エンガオン!」
  変身したエンガオン、飛び上がって鉄骨の上に乗る。
  人型をした煙に、ファイナルフォームの装甲が装着されている。
エンガオン「エンガオン・ファイナルフォーム! 今、全てが終わるときだ!」
  エンガオンの身体から細く立ち上る煙。
エンガオンの身体が赤く輝く。
  一段とけぶる空の向こうに、朧な月。

●オープニングアニメーション

 俺の名はジッポ。探偵だ。楽な稼業ではない。肩がぶつかっただけで相手が塵になるような世の中では、失踪人など珍しくもない。それを金を出して探す人間は、ずいぶん減った。餌は山程あるが、ゴーサインを出す飼主がいない。お預けを喰らった犬コロのように、舌を出して依頼を待ち続ける日々だ。
 情報屋の『たわごとジェイ・ティ』は、潰れた劇場の受付を根城にしている。嘘八百で夢を見せる劇場は、奴には似合いの場所だった。ジェイ・ティが持ち込む情報は与太ばかりで、誰もまともに取り合わない。ところが無用の探偵と無用の情報屋同士、俺たちは馬が合った。たまの夜、塗装の禿かかった看板の下で、俺たちは酒を酌み交わした。
 街の鼻息が、いつにも増して荒い夜だった。工場からの煙が、古いドレッシングの油のように、低いところで沈殿していた。ジェイ・ティが言った。
「『ナイト・ファイト』について、聞きたくはないか」
 このセブンスタータウンでは、一年ほど前から、夜毎に謎の存在が鎬を削っていた。二つの勢力は正体を巧妙に隠したまま、ただ闘いの痕跡だけが街に刻まれる。
「ついに尻尾を掴んだ。『崩れやすい子供たち』が何かしてる。一方は五人いる。一人は、煤で傷んだ緑の髪、なくした腕の切れ口に鎖をぐるぐる巻いている」
 ジェイティはくたびれたスーツの、タイをわざとらしく締めなおした。そして言った。
「心当たりがあるだろう?」
 ワカバは俺の助手だ。
 ある日、風のように吹き込んできて、雇ってくれとぬかしたガキだ。素性は知らない。脆い世代の少女で、すでに崩れていた腕の先に、鎖を巻きつけていた。おしゃれでしょう、とワカバは宣った。俺には分からない感覚だった。俺は頑丈にできている世代だ。さらさらと崩れていく世の中に取り残されて、まぬけに突っ立ったまま死ぬ世代。
新しい何かを期待していたから、俺はワカバを雇った。どん詰まりの毎日を変えようと思っていた。だから、ワカバが夜な夜な事務所を忍び出ていくことにも、何も言わなかった。そのツケを払う時がようやく来た。踏み倒す気など最初から無かった。

 次の夜が来た。
 俺は狸寝入りを決め込んだ。ほどなく、与えていた一室の扉が細くひらき、ゆっくりと押し開けられて、ワカバが出てきた。ワカバは足音を殺したまま、音もなく窓を引いて、闇の向こうに降りていった。
 俺はワカバの後を追った。
 堂々としたものだった。ワカバは、けぶる街なかを、しなやかに走り抜けた。闇と煙の向こうに、幽かなシルエットが躍った。追跡は容易かった。明らかに、ワカバは尾けられることを望んでいた。俺がやってくることを、ずっと望んでいたのだ。
 第七塔は、最も古い工場のひとつだ。製品と同時に悲劇を量産し、一帯を塵芥の街に変えた。いまは全機能を最新の第二十塔に移し、廃物置き場として敷地だけが残っている。投棄された資材を乗り越えて、ワカバは工場の奥まで潜りこんだ。木材と鉄骨が織りなす迷路を抜けるたび、異なる影が合流した。それは五人にまで膨らみ、一丸となって闇のなかを進んだ。
 あたりが開けた。雑多な機材類が壁面に押しのけられ、闘技場を思わせる空間が丸く整理されている。奥のほうに廃材が玉座のように組まれ、何者かが座していた。ワカバと同じ年頃の少女だ。そうと分かるのは、彼女が薄く発光していたせいだ。崩れやすい世代だろうに、そのからだは十全で、腕にしろ脚にしろ溌剌と伸びていた。
 何かが始まろうとしている。
 俺は、廃材に隠していた我が身を乗り出した。丸い舞台へと躍り出ようとした。
 とたん、脳天が揺れた。後頭部に一撃を喰らったような。俺は否応もなく倒れていく。まるで、こうなることが運命づけられていたかのように。
 俺の目は閉じられた。俺の口は閉ざされた。
 視界が暗転する。
 暗転。
 暗転。

●暗転

●劇場(夜)
  舞台上、探偵事務所のセットが組まれている。
  さっと幕が下り、幕の前に現れるマントを着た巨躯の男・ガガムジ。
ガガムジ「いやあ、お見事。昏倒! ハードボイルドには付きものです、後頭部にガツン。そして暗転! これは場面転換にはうってつけ。そういうわけで、お役目ご苦労様でした。あんたの出番は終わり、あんたの目と口はお取替え! 客席につくときが来たんですよ! さてわたくしは『ビッグベルト』が大幹部・天眼通のガガムジと申します。わたくしの目は天の高みにあり、全てを見通します。なんとなれば、あれはわたくしが生まれて直ぐのことです。縁側に寝かされた、いたいけなガガムジくん。その愛らしい赤ん坊に、一羽のカラスが急降下! あろうことか、わたくしの左目をついばんで、咥えたまま飛び去って行ったのです!」
  ガガムジ、動きを止める。
  舞台袖から描写の声がする。
描写「鴉の嘴におさまった眼球は瑞々しく、黒瑪瑙のような妖しい輝きを湛えていた。ガガムジは生涯忘れない。艶やかな曲面に映りこんだ、血濡れの幼いかんばせを。自分同士で見つめ合ったあのひとときが、ガガムジの物心ついて初めての記憶だ。ガガムジは天啓を得た―――もうひとりの自分がこのとき生まれたのだと。永遠に空を巡る分身。全世界を見通す左目としての命」
  ガガムジ、シルクハットを取り、一礼する。
ガガムジ「やぁやぁ、また一つ、世界が新しい口を使ったな。満足、満足。次は何だろう?」
  ガガムジの左目の義眼が白く光る。
  映写機のような音。

●自宅・シャワー室(夜)
  女性がシャワーを浴びている。
  子どもの形をした煙が、ゆっくりとドアの隙間から入り込む。
  足首に纏わりつく煙……。

●海(昼)
  ぼくが散っていったら
  どうぞ小瓶に詰込んで
  青い海に流して下さい
  ぼくは心になっていて
  どこまでも旅ができる
  水に透かした日の光り
  揺籠のようなさざなみ

●テレビ局・スタジオ(昼)
  ラメ入りスーツ姿の若者1・2が二人、立っている。
  1がおどけたポーズをとる。
  2が1の頭を叩くと、頭が吹き飛ぶ。
SE(ボヨヨ~ン)
  頭のないままおろおろする1。
  客席から笑いが起こる。

●アイキャッチ
  手花火やきえるいのちのかたちかな

●劇場(夜)
  ジッポ、ガガムジ、客席に座っている。
  ガガムジ、拍手する。
ガガムジ「お付き合いに深甚なる感謝を! 次はエンガオンをお目にかけましょう!」
ジッポ「(戸惑い)エンガオン……?」
ガガムジ「説明しよう! 五人の少年少女が、自らの肉体を意図的に崩して合体する。一つに融合した五人は、変幻自在の煙の戦士『超煙合体エンガオン』に変身するのだ。彼らの目的は、『工場』を司る悪の組織『ビッグベルト』を打倒すこと!」
ジッポ「合体? 変身? 馬鹿げてる」
ガガムジ「みんな馬鹿げているんですよ。あなただって、探偵だなんて理外の仕事、『あの世界で成り立たない』ことは自分で分かっていたでしょう。だから、あなたの出番もまた終わったのです。私はずっと見てきましたよ。あらゆる目と口がうまれ、次々に閉じていった」
   舞台袖から声がする。
描写「エンガオンの変幻自在の肉体は、煙となった五人全員の粒子を任意の箇所に固めることで成立する! いまエンガオンは片腕から手首までを全てほどき、球状のエネルギー体に凝縮した。体と分離して浮かんでいる片手に、球体を持った!」

「まさか!」
 エンガオンの肉体が緑に輝き、ワカバの叫びが辺りに響いた。
「マイルド! あなた、全身をエネルギー・ボールに!」
 そう———この攻撃は、全員の意志ではなかった! マイルドが独断で合体を解き、自身を構成していた煙の殆どを攻撃手段に転じたのであった!
「馬鹿野郎! そんなことして嬉しいと思うのかよっ!」
 エンガオンが赤く発光し、ピースが吠える。それに応え、青い光と共に発されたマイルドの声は、諭すような響きを有していた。
「僕は嬉しいんだよ、ピース。皆のためにこの命、使えるんだから。さあ、行くぞ、十全なるピアニコ。支え合うってことは、強いっていうのは、こういうことなんだ……」
 エンガオンが掌をピアニコへとかざした。
そこに凝集した煙のエネルギーが、いま、射出される!
「ダイナミック・ブリンガーーーーーーーーーーーッ!」
 ―――押し負けるピアニコではない!
「ペインセルシーーーーールド!」
 六角形のシールドが、ピアニコの前方に展開した。これぞビッグ・ベルトの科学力が生み出した完全防御の盾『製品番號・九』! 無敵の盾と決死の波動。その衝突は拮抗するかに見えたが、驚くことに、やがて煙の球が轟然とシールドを削り始めた!
「完全なはずの私が、削られていく! どうして!」
シールドが、みしみしと音を立てて屈曲してゆく。
 エンガオンは、ワカバは、決死の雄たけびを上げた。
「喪ったことのないあなたには分からない! 私は喪う怖さを知ってる、乗り越える心の強さを持ってる! あなたになんか負けない!」
 本当は怖い。からだが崩れやすい世界なんて辛い。完璧が羨ましい。だから戦う。
こんな世界は間違ってるから!
 ワカバは自分の存在のおおかたを解き放ち、巨大な煙の剣を形作った。
「くらえええええっっっ! リムーザー・ソーーーーーーッッド!」
 全てがこれで決まる!

●某所・室内(夜)
  枯木枕、パソコンの前に座り、黙考している。
  窓の外で車が通行する音。
  枯木、パソコンを打鍵する。

●劇場(夜)
  舞台にエンガオンのセット。
  幕が速やかに下りる。
  ジッポ、ワカバ、客席に座っている。
  他のエンガオンの面々、ビッグベルトの面々も客席に座っている。
ジッポ「よう。惜しかったな」
ワカバ「(呆けて)……所長……?」
ジッポ「俺たちの時間は終わった、ってとこだ」
ガガムジ「左様。全ては収束いたしました。さぁさ、気楽な観客を決め込むとしましょう!」
  ワカバ、深く座席につき、
ワカバ「(溜息)……みんな幸せになるお話じゃなかったら、わたし、ただじゃおかない」
  と、ポップコーンをつまむ。
ジッポ「どんなことが始まっても、きっと俺たちよりマシさ」
ワカバ「(食べながら)呆れた。これだから、おカタい世代のオヤジは」
  一同、じっと舞台を見つめる。
  ゆっくりとカメラが引いてゆく。揺れていた形式は定着し、語られるべき物事は然るべき語られかたを手にした。この試演も終わりに近づいている。どんな場所にも、あらゆる子供が生まれる。土地に適さない忌み子にも、どれだけ馬鹿げた生にも、スポットライトが当たる瞬間がある。その輝きを、祝福を信じたい。無限の可能性に無限の祝福を! 遊び時間が終わった。これよりは、私の手によらない、全く新しい可能性の物語。舞台の幕が静かに上がった。子供をうむには適さない土地でも子供はうまれる。その日その街で分娩室にはいった親子は二組だけだった。ひとりは夕暮れの始点にうまれ、もうひとりはぼやけた陽を西の地平がじゅうぶんにまきとり終えたあとにうまれた。


覚書
・「となりあう呼吸」において選択されなかった無数の可能性で遊ぶ
・本作で描かれた世界観があくまで「二次創作」という遊びの上でしか成り立たないものであることを提示し、物語の最適解としての「となりあう呼吸」へと収束する幕引きとする
・「となりあう呼吸」と同じ土俵には昇らない。応募作は文章に凝ったアプローチが多いものと思われるので、異なる方向性でやってみる
・選考に疲れた枯木さんを笑かしてリフレッシュしてもらう

以上のコンセプトで書きました。字数が足りなかったですね。急に、何も為さないまま終わってしまった感じが否めません。でもまあ、こういうことは一度やりたかったので書き手としては勝手に満足しています。
ちなみに本来は、登場するガガムジを主人公として、工場の建て増しを続けて鳥より高い場所へ到達しようとする話「鳥の高みで」を考えていましたが、なんか普通だなぁと思ったのでやめてしまいこうなった、という経緯があります。

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