自戦記:VS奨励会員
何年か前の新春将棋大会での出来事。
昼休みに地元の奨励会員A氏が遊びにやってきた。道場で過去に数回見かけただけでさほど親交はなかったが、彼はぐるりと会場を見わたすと一番ヒマそうな僕に近づき「なあ、一局指さへん?」と対戦を申し込んできた。
「あ、いえ、もうすぐ午後の試合がはじまりますので……」
僕はやんわり断ろうとするも、「まだ10分もあるやん」と彼は一向にかまわない様子で対局時計の針を12時から1目盛りずつ左へずらした。つまり「1分切れ負けの超弾丸」である。新年早々なんてこった… /(^o^)\
先手:相手の方 後手:ぼく
▲7六歩△3四歩▲2六歩△5四歩▲2五歩△5二飛▲4八銀△5五歩▲6八玉△6二玉(図)
振り駒で後手番になったので得意のゴキゲン中飛車を選択した。
図の△6二玉は「超速はずし」の一手で、以下▲3六歩△7二玉▲3七銀とあくまで超速をめざせば△5六歩▲同歩△同飛と捌いて後手不満なし。
超速▲3七銀の本質情報は「後手の3三角と5五歩へのプレッシャー」なので、そのどちらも解除されると先手は右銀が肩透かしを食らった格好だ。
▲2四歩△同歩▲同飛△5六歩▲6六歩△5七歩成▲同銀△5六歩▲4八銀△1四歩(図)
よって「超速はずし」をとがめるなら▲2四歩の一手。ぶっちゃけ後手がはっきり悪い定跡なのだが、「こちらが攻め続けている形」をとれるので時間の短い将棋ではむしろ期待勝率が高い作戦なのではないかと思った。
▲4六歩△1三角▲2一飛成△4六角▲7八玉△5七歩成▲4二歩△5八歩(図)
「超速はずし」について記載されている本は豊島本、中村本、久保本などいくつかあるが、この△5八歩を解説している定跡書は村山慈明『ゴキゲン中飛車の急所』の一冊しかない。
相手は終盤型と聞き及んでいたので、このマニアックな手の存在はたぶん知らないはずだと踏んだ。
▲4一歩成△4八と▲同金△5九歩成▲6八金△同角成▲同銀△6九銀▲7七玉△5八と▲3一竜△6八と(図)
▲4一歩成~▲3一竜でボロボロ金銀を取られてしまうが、後手玉はZ(絶対詰まない形)なのでその間に先手玉を寄せきってしまえばいい。
▲5三歩△7八銀成▲8六玉△5三飛▲4二竜△5二歩▲9六角(図)
先手玉を危険地帯に追い込んで「やったか!?」と思ったら、すぐに▲9六角という攻防手が飛んできた。これは△8五銀からの詰めろを防ぎつつ逆に▲5三竜~▲6三角成の即詰みを見せた「詰めろ逃れの詰めろ」で、こんな手をたった3秒ほどで指せるとはさすが相手は百戦錬磨のつわものである。
△9五銀▲同玉△5五飛(図)
ただ、運はかろうじて自分に味方していたようで、残り時間をギリギリまで使って△9五銀~△5五飛の順を発見した。図で7五合は△9四歩~△9五金、また6五金or銀も△同飛から金銀の重ね打ち。よって本譜は▲6五桂合だが△同飛▲同歩△8四金▲8六玉△9四桂でやはり即詰みとなった。
まともな将棋ならば万に一つも勝ち目はなかっただろうが、1切れという特殊な環境が生んだ僥倖の勝利だった。なおその後も4~5局指し、全て瞬殺されたのは言うまでもない……。
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