ミッシェリーの魔法

 −物語の中で、観客が最も魔法にかかり易い時間は、最後の10分である。–

この言葉は、イギリスの喜劇作家ミッシェリー・K・ブラントンが遺した名言である。
今回は【物語の魔法使い】と呼ばれた彼女の名言と共に、物語に宿る魔法について探っていきたい。

あまりこういう言い方をすると偉そうになってしまうので嫌だが、演劇に携わっていて彼女を知らない人は、いないだろう。
それほど彼女が演劇界に残したものは偉大であり壮大だ。
かくいう私も彼女の作品構造には心酔しきっているし、私から言わせれば彼女は劇作家というよりも稀代の魔法使いである。

だが、デビュー当時の彼女に対する風当たりは相当に強かった。
現に当時のメディアは彼女に容赦ない罵声を浴びせている。
それが垣間見える文章が残っていたので、一部を抜粋して載せて頂く。

以下、英の劇評雑誌『S.H.M.S』より一部抜粋
「偽物の魔法使いに唱えれる魔法はない。」
「魔法を使えるなら、彼女はいますぐに自身の魔法を使い消え去るべきだ。」
「彼女は今すぐに魔女狩りを受けるべきである。」
訳:たかしま まゆこ


だが世間はすぐに自らの愚かさに気づくことになる。
彼女の才能は、そんな心ないメディアを黙らすには十分すぎたのである。気づけば彼女を支持する者は次々と増えていき、彼女に向いていた稚拙な言葉が消える頃には、彼女はイギリス1の劇作家になっていた。
それこそ、まるで魔法のように。

彼女は劇の始まりから魔法を使うことはなかった。
それに関しては、英の演劇雑誌『Brand New Diary』の中で若い頃の彼女が非常に興味深いことを発言している。

以下、英演劇雑誌『Brand New Diary』より一部本文抜粋。
記者    「世間では、君をペテン師だと言っている者もまだ多い。」
ミッシェリー「ええ。愉快な話ね。でもいずれそういう声もなくなると思う。」
記者    「だが僕も不思議なんだ、もしも君が魔法使いだと言うなら、どう して物語の最初から魔法を使わないんだい?」
ミッシェリー「いくら魔法を自由に使えるからといって、演劇という限られた時間の中で魔法を使い続けていたら、効果が薄れてしまうと思わない?だから私は最後の10分に魔法を使うの。それに私の魔法はまだ未完成だから。」
記者    「ではいつ魔法は完成するのですか?」
ミッシェリー「そんなの私にはわからないわ。」
記者    「こりゃあ傑作だ。では、まだまだ君は半人前の魔法使いというわけですか?」
ミッシェリー「失礼な人ね?魔法がいつ完成するかは分からないけど、貴方とは2度と会わないということは分かるわ。」
                           訳:たかしま まゆこ

彼女の代表作『死して、尚』でこの言葉を擬えるのであれば、最後、死んだと思われていたクワン一家が蘇り、友人の葬式で突然踊り狂うラストシーンの部分はこの10分の魔法と称される部分なのであろう。

彼女の作品はラスト10分で突然脈略のない事件が起きるのだ。それも彼女の魔法の一部である。
彼女の作品にかかれば、ご都合主義だと言う偏屈家の言葉すらも、ラストのハッピーエンドに向かうエネルギーによって消し去ってしまう。

物語の最後が気にならない観客はいない。全員がそこに注目する。
だからこそ効果は絶大であり、そのラスト10分に全てを注ぐのである。

−大きな声を出したら終わり。だからとりあえず、最後は皆大きな声を出すの。−

これは中期の彼女の名言である。
彼女の作品はラストに向かうにつれ役者の声のボリュームも上がっていくことでも有名だ。
とりあえず意味もなく、役者達の声が大きくなるのである。
奇作『晴れた日に、また』のラストでは、役者が唐突に「うわああああ!」と大きな声を出し、ラスト10分の魔法に突入する。これは、あくまで噂として囁かれている話だが、最後の最後まで脚本が思いつかず、とりあえず役者に叫ばせたのだという。
彼女の遅筆はイギリス全土に知れ渡っていた。
だがこのアイデアこそ、この作品が奇作と呼ばれる所以である。
そこからは、知っての通り決められたセリフはなく、役者達の叫びと音響の咄嗟の判断による爆発音のみで、最後10分の魔法を成り立たせたのである。
この作品以降、役者の声が大きくなるにつれ、そろそろ物語終盤なんだという、観客との間に暗黙の了解が生まれたのである。

これに関しても、中期のインタビューで、彼女は面白いことを言っている。

以下、英演劇雑誌『Brand New Diary』より一部本文抜粋。
記者    「最近では演劇シーンにおいて、あなたを見ない日はないですね?」
ミッシェリー「ええ。ありがとう。」
記者    「あなたが産み出した新しい演出法は素晴らしい。観客もいきなりラストを迎えることなく心の準備を整えることが出来るようになった。」
ミッシェリー「ありがとう。嬉しいわ。最後の10分の前に役者たちの声を大きく出させることで、より魔法にかかりやすくする導入剤の役割もあるの。おかげでまた私の魔法が完成に近付いたわ。」
記者    「私も、魔法の完成が楽しみです。」
ミッシェリー「ありがとう。貴方、私が思ってたほど嫌な人ではないみたいね。」
記者    「いえ、あの頃僕も若くて、君も若かった。それだけです。」
ミッシェリー「貴方、名前は?」
記者    「僕はティム。ティム・ロードマンです。」
                           訳:たかしま まゆこ

彼女はとても頭のいい人でもあった。
ちなみに彼女の父は哲学者としても有名で初期作の『その時は、また』に登場する、頭の堅い父親は彼女の父親がモデルと言われている。

−とりあえず良い感じの音楽をかけて、そうすれば最後が良い感じになるから−

これは晩年期の彼女の名言である。
彼女の言う魔法の完成は近づいていた。そのラストピースなるのが、音楽だったのである。彼女の作品の6割は音楽といっても過言ではない。
晩年期の名作『忘れないでいてくれたら』では、役者のセリフを本番直前に8割カットして、そこに全て音楽を当て込んだ大胆な演出で知られている。
急遽決まったことで、音が用意できなかった部分は、出番がなくなって手隙の役者を使い、実際に歌わした。

彼女はそれほどまでに、音楽に強いこだわりを持っていた。

そして彼女の終わりも徐々に近づいていた。

彼女は魔女ではない。人間だ。だから歳をとってしまう。皮肉なことに。彼女の魔法も徐々に効力を無くしつつあった。


だが、彼女は満足していなかったのである。それを窺い知ることができるのは、彼女の最後のインタビュー記事となった『New Brand New Diary』の創刊号に載っている。

以下、英演劇雑誌『New Brand New Diary』より一部本文抜粋。
ティム    「ははは。確かにそうだね。全くのその通りだ。ところで君は喜劇以外を書くことはないの?」
ミッシェリー「ふふふ。ティム。これ以上笑わせないで。苦しいわ。あーあ、あなたって本当に愉快な人ね?残念ながら、私の魔法は喜劇以外で使えないの。」
ティム    「そうか。よかった君の魔法で悲しむ人は見たくないからね。」
ミッシェリー「え?」
ティム   「え?あ、いや何でもない。ああ、そろそろ最後の質問だ。」
ミッシェリー「もうそんな時間なのね。あっという間ね。」
ティム   「ああ。とても残念だ。じゃあ最後の質問だ。ミス・ブラントン。君の魔法は完成したかい?」
ミッシェリー「魔法の完成?そうね・・。正直わからないわ。」
ティム   「君らしくないじゃないか。」
ミッシェリー「そうね。私らしくないわ。歳を取ったのかもね?正直言うと魔法も衰えてきた。もう私の魔法にかかる人はいないのかもね。」
ティム   「そんなことはないさ。」
ミッシェリー「ありがとう。いつもあなたは優しいのね。特別にここだけの話なんだけど。私、引退しようと考えてるの。」
ティム   「そんな、だって魔法はまだ完成してないんだろう?」
ミッシェリー「そうね。物語に魔法は存在する。そんなことを言ってた頃が懐かしい。」
ティム   「今でも君は若い頃のまま。何も変わっちゃいないさ。」
ミッシェリー「ありがとう。ねえ、ティム。最後まで、あなたがインタビュアーでよかった。」
ティム   「何を言ってるんだ。感謝するのは僕のほう
ミッシェリー「じゃあ行くわね。もう、最後の質問は終わってるでしょう?」
ティム   「待って。君は魔法使いだ。歳をとっても。変わらない。」
ミッシェリー「いいえ。もう誰にも魔法をかけれなくなった老いぼれよ。」
ティム   「そんなことないよ。僕にかかってる魔法はまだ解けてない。」
ミッシェリー「・・。馬鹿ね。」
  ミッシェリーゆっくりドアまで歩き、はかなげな表情を浮かべ、ドアを開け去っていく。
カメラマン「追わなくていいのか?」
ティム「良いんだ。良いんだよ。だって、彼女は脚本家で俺は一介のインタビュアーマン。交わる世界じゃないよ。」
カメラマン「そうか、後悔だけはしないようにな。」
ティム「麻由子。子供は大きくなったかい?」
麻由子「ええ。もう大学生よ。」
ティム「そうかお互い歳をとったんだな。」
麻由子「そうね。あなたと仕事を始めて、40年。結婚して、子供を産んで、離婚して。そりゃあ歳もとるわよね。」
ティム「今回が最後の仕事と言ったが、最後にもう一つ。頼みがあるんだ。」
麻由子「良いわよ。」
ティム「もしも僕が彼女のことを本にしたとき。翻訳をまた君にお願いしたいんだ。」
麻由子「いつになることやら。良いわ。それまでは死なないようにしとく。」
                              訳:小島麻由子

このインタビューの時点で彼女の余命は残り僅かだった。

物語はハッピーエンドじゃないといけない

彼女は一貫してハッピーエンドを描く。生涯に彼女はハッピーエンド以外の物語を描いたことは一度もなかった。

賢明な読者諸君は薄々感づいてるかもしれないが、ここからあの事件に繋がる。

彼女が最後に起こした事件はあまりにも有名で、散々メディアでも取り上げられているので、うんざりしてる人もいるかもしれないが、あの事件無くして彼女の人生は語れない。

あれは彼女のラジオ番組の最終回の日だった。私は毎回生で聞いていたのだが、その時の私には彼女の最終回のラジオを聴くほどの勇気はなく、深酒を煽っていた。

だが酒は一気に抜けることになる。友人のダグから来た、彼女がラジオ曲をジャックしたと言う一報により。

これは彼女の最後の物語である。なので、ノーカットであの時の彼女の肉声を翻訳した文章を載せたい。

1828年8月10日 BCC放送局
「皆さんこんにちは。この時間だとこんばんはですかね?
ごめんね?ニック?乱暴な真似をする気はないの。もう、時間がないから。ちょっと手荒になっちゃったけど。貴方達にお願いしたら、きっと共犯者になるなんて言うと思ったから、この事件の犯人は私だけでいいの。
そんな不安な顔しないで?大丈夫だから。
私の人生を物語と例えるなら、今私はクライマックスの真っ只中です。もう私は長くは生きれない。人生を物語に例えるなんてナンセンスかもしれないわね。私は最後まで魔法使いのままで死にたい。だからこれは我がままだけど、私は私の魔法の中で死にたい。物語は最後の10分が命、今まで生きてきた物語がどんな結末を迎え、どんな形で終わりを迎えるのか、お客さんの気持ちが一体になる瞬間。その瞬間に魔法はかかる。場を整えるために、まずは突拍子のない事件が起きる、だからまずはラジオ局をジャックしたの。これで場は整ったわ。さらに感情をわかりやすくするために。役者の声の。声の!ボリュームを上げる!!ああ!終わるんだと!それは無意味でいい!無意味でいいから!声を大きくする!!そしてもう一つ!大事なエッセンスを!
  曲が入る
ありがとう。スタン。ごめんねいつも迷惑かけて。
そう!音楽!音楽が入る!!物語はより壮大になる!より明確に終わりを連想させれる!物語はよりクライマックスに!
私!感謝が言いたかった!私の魔法は私一人の力じゃ完成しきれなかったから!今まで支えてくれた友人!私のファン!家族!勿論、ここにいるスタッフ!おかげで!本当に楽しい!人生でした!本当に!ありがとう!本当に感謝しかないわ!そして、ずっと私なんかをきにかけてインタビューをしてくれたティム!ティム・ロードマン!本当にありがとう!これで悔いはないわ!楽しかった!!本当に!!え?」
  ガラスが割れる音
  しばらく沈黙。
「どうして?」
ティム 「最後は大きな音を出す。だろ?少し、大袈裟にやりすぎたかな?
「汗だくじゃない?」
ティム 「急いできたからね。それに物語はハッピーエンドじゃないといけない。」
「どうして?どうして貴方が来たらハッピーエンドになるの?」
ティム 「ならないかな?」
「今からする、貴方の行動によるわ。」
  ティム、強く抱きしめる。窓の外では花火が上がる。
「私には、もったいないくらいのハッピーエンドね。」
警察の荒々しい怒声と共に音声が途切れる。
                           日本語訳:小島麻由子

彼女は逮捕されることはなかった。

負傷者は一人だけ作家のニックが割れたガラスにより腕を少し切ってしまったが、それ以外にはいなかった。彼女を恨むものは誰もいなかった。それどころか彼女がいかに愛されていたのかを世間は知ることになる。これは余談だが、彼女が亡くなった日、世界中で殺人事件が一件も起きなかったと言う。これは彼女の最後の魔法だと思っている。

彼女はこの事件の直後に故郷のブルックリンで息を引き取った。

物語はハッピーエンドでなくてはいけない。

これは最後まで魔法使いであり続けようとした偉大なる劇作家の物語。

                       文章  :ティム・ロードマン
                       日本語訳:ロードマン・麻由子

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