人間関係とMBTI

最近、人間関係について色々と考えることがあったのでその備忘録として。

社会生活をしている限り、人間と関わる機会って色々あると思います。
友達、家族、会社の上司、スーパーの店員さん。
一言も交わさない関係性から何時間も会話をしたり、取っ組み合いの喧嘩をするような関係性というところまで、程度の差はあれど人は多くの他人と関わって生きざるを得ません。

この他人との関係性についての話。

突然思想の強いことを言いますが、人間関係というものは、それが対等な関係性である限り、いつでも絶ってしまえるものだと思っています。

LINEをブロックすればほとんどの友達との関係性は切れるでしょう。(それでもなお人伝てに連絡を試みてくれるような友達が少ないことを自白しているようで悲しくなりますが)
家族とか雇用主みたいに法律が関係してくる関係性はちょっと複雑ですが、リスクを一切気にしないのであれば、関係性を切ることそれ自体が不可能であるケースは少ないのではないかと思います。

問題は、切ることは可能だけど、どのくらいまでに達したら本当にそれを実行するのかというところだと思います。

例えば、ちょっと喧嘩をしたとか、嫌なことを言われたとかで、さっと関係性を切っていたら、まともな長期の関係など続くはずがありません。
そして、そういった人との繋がりがあまりにも少ないと、人間というのは精神的に参ってしまうものです。少なくとも自分はそう。
かと言って、自分にダメージしか与えないような人との関わりを持ち続けると疲弊してこれもまた良くないです。

だからこそ、そこの閾値は慎重に設定するべきところだと思うのです。

その辺りをちゃんと言語化してみるために、あえて人間関係というものをメリットデメリットの視点から考えてみます。(あえて、です。普段からこんな思考をしているわけではないので悪しからず)

この人とは趣味がとても合うし話も盛り上がって楽しい。メリット。
この人はときに暴力を交えて執拗に自分をいじめてくる。デメリット。
この人と会うといつも自分の自慢話に付き合わされて疲れるんだよなー。でもその代わり毎回食事は奢ってくれる。メリットとデメリットの両方。
みたいな感じです。

自分は、もちろん明確にスコア付けしているとかではないんですが、総合的に考えてざっくりプラマイプラスならその人との関係性は続ける努力をしますし、逆にマイナスなら消極的か積極的かの違いはあるにしろ、関係が切れ疎遠になる人が多いです。

こう書くとわかりやすいように思えますが、実際はそう簡単でもなくて、今自分が悩んでいるのは、プラマイプラスの関係性でもプラスが100あってマイナスが90あるみたいなケースなんですよね。

それならプラスだからいいじゃん、という話でもなくて、シンプルに90のマイナスが辛いんですよね。プラス10、マイナス0の総合10の関係とは訳が違います。

ちょっと話を変えますが、最近MBTIって流行っているじゃないですか。人間の性格を16に分類してそれぞれのタイプで相性がわかるやつ。
あれの相性が「×」の友達がいます。学生の頃からの関係でかなり付き合いは長いです。
 MBTIの相性が最悪らしいと知ったときに、自分としてはずっとその人に感じていた居心地の悪さに説明がついたような気持ちになりました。

具体的にどう噛み合わないのか言語化するのは難しいんですけど、シンプルに相手との価値観が色々合わないんだと思います。
2つほど違いを書きます。

1つ目はNGゾーンの違い。
例えば一緒にご飯を食べようとなったときにこっちが10段階中6くらいのおいしさのお店を提案したとします。そしたら相手は俺は8のおいしさじゃないと嫌だからこっちにしよう、と言われて結局そっちに決まります。
別に8のお店はおいしいので良いのですが、こっちの希望が毎回通らないとなんだかモヤモヤします。

似たような例でファッションがあります。その友達は服装にこだわりを持っていて詳しくてそこは素直にすごいなーと思うのですが、それをもってこちらがまだ程度が足りないみたいな態度を取ってくるときがあります。
ファッションっていわゆる「ダサい」格好、つまり明らかにマイナスな域を脱していればあとはどこまでこだわるかは人それぞれだと思うんですよね。そこに対して上から何か言ってくるのはめんどいなーと思います。

つまり、NGゾーンが相手の方が広いんです。こういう関係は、より高いレベルを教えてもらえるというメリットが存在している一方で、自分が満足しているレベルの色々を否定されることになって疲れます。

2つ目は自分の話をどれくらいしたがるかの違いです。
自分は、自慢話や自身の身の回りの話をする頻度がそれなりに低い方なのですが、その友達は逆でとにかく自分のことを話したがります。
別に聞き役に回るのが嫌いなわけではないのですが、そうは言ってもたまに自分の話をしたときも「それなら俺もさ〜」といつの間にか相手の話題に切り替わっているのは流石に疲れます。
普通に面白いだけの話ならずっとでも聞けるんでしょうけど、「自分はこんなに正しく幸せな人生を歩んでいるんだ」みたいな類の話に高確率で着地するので尚更です。
逆に自分以外の他の人は疲れないんだろうか。話したがり同士だとバランスが取れるんですかね。

そもそも自分は、自分の幸せは自分だけで噛み締めていればいいので、聞かれない限り他人にあれこれ話す必要はない、という考え方をしています。
不幸な話は誰かに聞いてもらえることで和らぐことはあるかもしれないですが、幸せ話は別に誰かに聞いてもらうことでさらに幸せになるなんてことはないので…。
だから、幸せ話を積極的にしたがる人を見るとマウント欲を満たしたいだけでは?って思っちゃいますけど、どうなんですかね。

(ちょっと補足)マウント欲と言いましたが、その友達に関しては自分のことを「正しい」と自分だけでは肯定しきれないところがあるのかもしれません。誰かに自分を認めてもらって、すごいねと言ってもらって初めて自信が持てるという脆い一面もあるんだろうな、と長い付き合いの中で感じたことがあります。

さて、ここでようやく話を本筋の人間関係のメリットデメリットのところに戻すのですが、上で言及した友達がまさにマイナス90プラス100という関係性だと思っています。
疲れるんだけど、面白いエピソードトークが聴けることもあるし、高いレベルのあれこれを教えてもらえることも多いので良いこともある、という。

この関係性は本当に難しいです。
一番いいのは関わりすぎないことだと思ってます。正直会うのは半年に1回以下の頻度でいいし、それくらいが自分にとってちょうどいい距離感です。
けど、それなりにお誘いの連絡が来るんですよね。関係性は継続したいので毎回断るのも良くないけど、とはいえそんなに行くモチベも湧かないという。

まとめ。
結局、こういった関係性の悩みに万能で効く特効薬みたいなものは思いついていないんですが、それでもこんなふうに一度言語化してみることで、個別の関係性について思考を整理できたので良い機会だと思いました。
人間関係の魔物は、その存在がなんたるかを言葉で説明されたらパワーが弱まる怪異みたいなものです。これで、多少は威力が弱まってくれることを信じます。

好きか嫌いかで言ったら嫌い寄り。だけど楽しいことも良い刺激をもらえることもあるので、かれこれ長く続いている関係性。
こういうこともあるんだな、という納得の仕方をして、この記事は締めたいと思います。

追記
とある機会にソシオタイプ診断っていうのをやったんですが、以下のように診断されて、ここで書いたことに近いものが言語化されてて面白かったです。

EIIタイプの人は、批判的で競争心が強く、尊大でありすぎる人をみるとイライラしてしまいます。 マイクロマネジメントをしたり、いちいちケチをつけたり、人それぞれ違うということを許容せず、個人的な空間や価値観に侵入するようなタイプには苛立ちを感じます。 数字や影響力だけで判断し、チームメンバーそれぞれの大小様々な貢献に価値をおけないような人も得意ではありません。

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