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ひっくり返したおもちゃ箱


ここ最近13の頃の自分をよく思い出していた。
学年で言うと早生まれなので中学二年生。

塾とそろばんと部活を一気に辞めた年だった。

辞めたのは単なる私の努力不足だったり、性格的に未熟な部分もあった。
辞めてからしばらく後悔しまくった。

だからどんなことがあっても乗り越えたい強くありたいって思ってた。

夫さんも「負けたくない」とか自分に言い聞かせてる言葉を口にするんだけど、私もその当時そうだったのかも。

どこでもいじめはまぁまぁあって、でも当時の自分はいじめられている自分を認めたくなかったところがあった。
つらいって時は「無」を貫いた(つもりであって、ほんとに貫けてたかは知らん笑)


本当は、悲しかった。

大人になったいま、辛かったねごめんねと子どもの私に対して思うことはある。
しかし、当時の自分の感情をまだ蓋にしてきたままだったことに気付いた。

過去の傷を昇華できて今の自分があるという人もいる。そんな方がとても羨ましいし、ダイヤモンド級に輝いていると私は思う。

私の場合
こんなんじゃダメなんだって当時は思ってたし自分で自分いじめもしてしまってたから。

ネガティブなのに悲しんだらもっとダメだと思ってた。
泣くときは隠れて静かに泣いた。

家族にも自分のこの辛さをわかって欲しいと思ってた。私なりのSOSは出していたのかもだけど、甘えとか弱いとかしっかりしろ、自信持てと言われるばっかで、否定もされてきたので……


何が言いたいって
大人になってもずっと悩みもがいてることって8〜9割くらいは子どもの頃の出来事に関係するってこと。

やりたいことがわかんない。
やりたいとちょっと思ったのに行動できなかった。
なかなか動けずに焦る日々。
自分がどうしたいのか分からない。

回避ばかりしていたら自分はどうしたいのかよく分かんなくなっちゃって、
それはもう高校で将来何したいかとか、大学で何を勉強したいかとか
その先のことを考えることを苦痛にさせた。

でも回避の元を辿ると、中二で一気に全て辞めてしまったことが急に強く蘇ってきて。
その頃は人間関係も自分の無力さをとても痛感して。

さらに過去を掘り返すと自分が見られている恐怖、人と関わる恐怖もここから来たのかもなと改めて気付いたんです。
何かと注意ばかりしてくる祖母の視線とか、過去のいじめとか。

回避は今でも続いている。
結婚してからは回避するものはないけど、これからどうしようってところにずっと立ち止まっている。

こういう自分の内側に気づけたことが嬉しい。

自己分析はしなきゃと前から思ってたけどしてたけど、根っこを掘らなきゃ駄目だったんだ。
自分の過去の傷の弱さを受け入れるところから始めなきゃならなかったんだ。

強くなるには自分の弱さも受け入れる
頭ではわかっても自分の中で気づかなきゃ意味がないんだな。

本とか何かしら過去の自分を振り返るサインが来てたように感じて、今回はこのようになりました。

まだまだ続きそうです。

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