街の断片

犬猫街頭募金の人とお話をしながら、行き交う人々を眺めていたら、独りの女性が目に付いた。痩せた体が一見して弱々しい雰囲気を醸し出してはいるけれど、同時に個性的でありたい訳でも無いのにどうしようもなく個性が滲み出てしまうような、そんな立ち姿で、伏し目がちにこちらを見つめていた。

彼女は意を決したように近づいてくると、その場にいる僕と募金のお姉さんに、小さな声で早口ではあるが、はっきりとこんな宣言をした。

「犬も猫も怖いのですが、やさしい人になると決めたので、募金をします」

財布から取り出した手には120円が握られており、その手首には、リストカットの痕が無数について赤々としていた。去っていく背中にありがとうございますという言葉をかけられ、振り向いて手を振った彼女の姿は、先ほどより少しだけ凛として見えた。

彼女が怖いのは犬猫だけではないんだろうな、きっと。大まじめに「優しい人になる」と宣言をするその姿は、滑稽だが同時にとても暖かく、美しく見えた。

ある種の人間にとっては、心は折れるものだし決意なんて三日で潰えるのが常だ。常ではあるのだが、だからといってその気持ちが嘘だった訳ではない。それに、何度だって蘇ることができるのもまた人の心というものの一つの側面だ。

彼女がどうか、なりたい自分になれますように、何度でも蘇ることができますように。友達になりたかったなー。

傷つけることのできないもの、葬ることのできないもの、岩をも砕くものが、わたしにはそなわっている。その名はわたしの意志だ。それは黙々として、屈することなく歳月のなかを歩んでゆく。
わたしの意志よ、いまもおまえは、わたしにとってあらゆる墓の破壊者なのだ。健やかなれ。墓のあるところにだけ、復活はあるのだ。
墓の歌/ニーチェ

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