英語について思うことをいくつか

 最近,鳥飼玖美子氏の『やっぱり英語をやりたい!』を読んだ。鳥飼氏は,最初に,英語に上達したいと思うのなら,動機づけが重要であると強調されている。米国に留学したいとか,同時通訳者になりたいとかいう強い動機がないと勉強は続けられないというのである。同感である。私は,日本人が,中学以来,長い間,勉強しても英語を話すことができないのは,日本人には,英語を学習するための動機づけがないからであると思っている。大半の日本人は,英語ができなくとも,一生,幸せに暮らしていけるのである。英語ができないと高等教育が受けられないとか,いい職業につくことができないとかいうことがないのである。英語ができないと困る人は,必死で勉強する。貿易商社に就職した人は,英語ができないと仕事ができないので,必死で勉強して英語が話せるようになるのである。どんな教授法を使っても,日本人は,英語ができるようになりたいという強い動機がないので,英語ができないのである。
 動機が強ければ,努力もするであろう。私の個人的な経験から言うと,英会話に上達するには,血と汗と涙が必要である。私は,英語が好きであったので,高校と大学では,ESSに所属していた。高校でも大学でも,ESSでは,毎日,昼休みに集まって英語でディスカッションをしていた。暗唱大会,弁論大会,ディベートなどの行事もある。家では,ラジオ英会話講座(当時は,松本亨氏が講師であった)を聴いて会話の練習をしていた。特に語学の才能がある人以外は,毎日,努力をしないと英語は上達しない。英会話学校に週に一回か二回行っただけでは上達しない。英会話学校は,家で練習したことを,ネイティブを相手に試す場である。
 英語の発音も練習をした。高校一年の時に暗唱大会に参加したのであったが,成績は悪かった。発音ができていないのである。そこで,自分で発音練習をして,かなり正確に英語の発音ができるようになった。エル(l)とアール(r)の区別もできる。自分で,区別して発音できるようになれば,聞いてもエルとアールの区別はできるようになる。日本人でも訓練すれば,エルとアールの区別はできるようになる。
 ついでに,英語に関するつぶやきを少し。初めて,back lives matterという表現を聞いた時,私は,その意味がわからなかった。blackは「黒」,livesはliveという動詞の3人称単数現在形,matterは「物」「物質」と解釈したのである。後で,「黒人の生命は大切である」という意味であると知った時には,なるほどと思ったが,livesがlifeの複数形であるとか,matterが「重要である」という動詞であるとは思いつかなかった。matterは,名詞として使用する頻度が高いはずである(もちろん,it doesn't matter(そんなことはどうでもよい)という表現は知っているが)。
 ミュージッシャンが,よく,「自分はMCが得意ではない」ということを言う。コンサートで曲と曲の間におしゃべりをすることをMCと言うらしい。しかし,英語では,MCは,master of ceremonies(司会者)のことである。英語本来の意味からすると,このMCの使い方は,間違いである。

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