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『 降って落ちて、夏 』




 好きな人居るの?


その質問をされたとき、一瞬だけ声が出なかった。

「ねえねえ、聞いてる〜?」

好きな人。その単語で、彼女を思い描く。


高一の時から眩しかった。
目で追っちゃって、好きになって。

『運動会のリレー、ペアになっちゃったね』彼女は明るく言う

練習の時、すごく楽しくて、舞い上がったのを覚える。

どうせ僕しか覚えていないだろうけど。

『まかせろ、私が一位にしてやる!!』

結果は2位だったけれど、ハイタッチするときの本当に嬉しそうな笑み。

自分でもちょろいと思うんだけど

そこから───



「え、うそでしょ、シカトの王ですか?もしもーし」


俺は山下美月が好きだ。

それと同時に、俺は知っている。

同じ部活のあいつも、山下のことが好きだって。


「聞いてる聞いてる」


俺は先程の質問に、「居るよ」と返す。


「えぇ〜、居るんだぁ〜、だれ?だれだれ?」

「いや、絶対言わない」

「同じクラス?ねえねえ?同じクラスなの?」

「…、いや、言わないって」

「はいはい、同じクラスなのね!」


あぁもう、久保、お願いだから落ち着いてくれ。

女子って、なんでそうやって恋バナをしてるときだけ目がキラキラするんだろう。


「運動部?文化部?ねえ、それだけは教えて!おねがい!これ以上詮索しないって心に誓う!」

「いや言わないって」

「え〜」


教室の中は休み時間と言うだけあって騒がしかった。

男子が固まっていたり、

あ、また山下、あいつのこと見てる。

楽しそうだな。

というか俺も、また山下のこと見てる。

そう思ってると、予鈴が鳴った。

一安心して、ふぅと細長く息を吐いた。

久保は名残惜しそうに「ねえ、今日絶対聞くから。ちょ、帰りまたこの話しよ」そう言って自分の席に戻った。



外周前、ランニングシューズに履き替え、外に出ると、あいつは屈伸をしながら準備していた。

なあ、と言うと、爽やかな笑顔をこちらに向けて、なに?と言ってきた。


それだけで彼が憎かった。



「最近山下と仲良いよな」


俺がそう言うと、彼は、驚いた顔で、あはは、と笑った。

作り笑い、というか、本当に余裕のなさそうに。


「あっちが話しかけてくるからさ」


そんなありふれ過ぎた返しに、「あっそ」としか返せなかった。

俺より顔は良いし、運動もできるし、まずまず席が隣だし。比べたらほぼほぼ俺が負けるから、こいつを見ていると、悲しくなる。


「でもでも、そっちも久保さんと仲良いじゃん。もしかしてそういう感じ?」

「いやいや、ないない。普通にない。」


すぐそうやって、話題を曲げる癖、正直ムカつく。


「またまた〜」

「うざ」


外周が始まって、持久力がない俺は、3番目に後ろの方になった。

胸が押しつぶされそうになって、息の音が耳に反響する。

ふと、あいつには勝つ。そう決め、ペース配分フル無視で、駆ける。

だけど、届かなくて、足が遅くなってって

はぁ、はぁ。

さっきまで話してた、あいつの背中が遠く感じて

あぁ、うざい。

だる。俺だってなんでも出来るようになりたいよ。

腹立つ。俺だって、好きな子に好かれるような人になりたかった

ムカつく。

俺だって、を繰り返したところで、何も変わらないのは知ってる。でも、次第にその想いは大きくなる。

ムカつく。ムカつく。

1周、2周、3周、4周、山下とあいつのことばかり考えているとすぐに終わった。

一旦休憩の合図で、みんな水筒を取りに行った。

ふらふらして、その場に座り込んだ。

しばらくぼーっとしていると


「はい、水筒」と言って


睨んで、黙って、水筒を奪い取る。

喉を鳴らしながら水を流し込んだ。

自分だって、自分だって。をまた心の中で念じる。

そんなの意味ないってわかってるし、どっかで割り切れてる気もするのに

だけどなんで、こんなにも、泣きたくなるんだろう。



「おっそ〜」


スクールバッグを両手でぶらぶらしながら彼女は言った。

外はもうすっかり暗い。


「部活終わって、1時間も待ったんだけど」

「いやしゃーないって。バスケ舐めんなよ」

「それにしてもこーんな時間までしなくてもいいと思うんですけど。その点どうお思いになります?」

「自分もそう思います。顧問に言ってください。」


クラブの愚痴をタラタラ言いながら校門を出た。

俺たちの足取りが、歩道橋を差し掛かった時、彼女は思い出したように訊ねた。


「あ、そうだ、好きな人って誰なん?」

「うわ、忘れてると思ってた。」

「へへーん、忘れませーん」

「でも今日あれ以上言わないって言ったから」

「えぇ〜…」と言いながら久保は拗ねたように、頬を膨らませる。


「私も居るよ、好きな人。」


彼女はそう言うと、何か隠すように、下を向いた。

あ、まずい、と思った。

後ろに、誰かと帰宅する山下が見えたから。

久保はそんな俺の視線に気づいて、後ろを見遣る。


「あ、山下さんじゃん」

「…うん」

「あれ、誰?」


気づきたくなかった。


「あぁ!バスケ部の…」


沈黙が流れる。


「あは、あそこ付き合ってたんだね」

「いや、あぁー、なのかもね。」

「いいなぁ、知ってた?仲良かったでしょ?なんか言ってなかったの?」

「うーん…」言ってなかったよ。そう言いかけて、辞めた。

「…久保は、好きな人、居んの?」

「えっ…」一瞬追い詰められたような目をして


久保はおもむろに口を開く


「…好きです、付き合ってください」


楽しそうに笑う山下とあいつは、もう見えなくなっていて

結局、あいつには、なれないのか。

俺は、あいつには。

それだけでまた胸の奥の奥が痛かった。

ごめん、と正直にそう言わないといけないのはわかってるし、


そう言うつもりだったんだけれど

断れなかった。


だめだってわかってても、俺は頷く。




久保は嬉しそうに笑った。



ろくでもない、夏の匂いがした。




#桜の匂いを栞代わりにして

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