こうめい

こうめいです。子どもの頃から日本の歴史が大好きなおじさんです。歴史から現代にも通じる学…

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こうめいです。子どもの頃から日本の歴史が大好きなおじさんです。歴史から現代にも通じる学びがあります。そんな気付きを書いてみます。

最近の記事

王朝美人夫婦喧嘩考 前編

なげきつつ ひとりぬるよの あくるまは  いかにひさしき ものとかはしる (現代語訳) あなたが私の家に来てくださらないことを、 嘆きながら、ひとりで夜をすごす私にとって、夜が明けるのがどれほど長いか、 あなたはご存じなのでしょうか❓ わからないのでしょうね❗️ どんな戦いもどちらかが勝たなければならない。負けるための戦いなどあり得ない。 夫婦戦いである夫婦喧嘩はこれにあてはまらない気がします。 この話は彼女は夫婦喧嘩の勝者かもしれません。 しかし夫婦喧嘩に勝てば勝つ

    • 天神さまの悩み 4回目

      怨霊  自分の受けた仕打ちに恨みを持ち、たたりなどをする死霊または生霊。 道真は失意の中いた。 「わしは位が上がることを望んでなかったのに、周りがわしのことを持ち上げて、政治の世界に引きずりこまれた。 ただただ!学問がしたかった。位の高い人の役に立てれば良かった。 なのに、権力闘争に巻き込まれて、都から遠い太宰府まで追いやられるとは、挙げ句の果てに家族はばらばらにされた! 皆、わしのことを忘れてしまっている! 誰がこんな目に合わせたのか! 藤原菅根(当時蔵人頭

      • 天神さまの悩み 3回目

        こちふかば にほひおこせよ うめのはな あるじなしとて はるなわすれそ 大鏡という平安時代後期の歴史書です。大鏡に有名な道真の歌があります。 春になって東から風が吹いたなら、 その香りを僕のもとまで送っておくれ、 梅の花よ。 主人がいないからといって、春に花を咲かすのを忘れてくれるなよ。 菅原道真が太宰権帥に左遷される時の歌と思われます。 学者博士が右大臣まで昇ったのは、奈良時代の吉備真備(きびのまきび)以来です。 道真がどうして左遷されることになったのか? そのあた

        • 天神さまの悩み 2回目

          あまのはら ふりさけみれば かすがなる  みかさのやまに いでしつきかも 阿倍仲麻呂 大空を見上げ、はるか遠くを見渡してみると、美しい月が出ている あの月はふるさとの奈良の春日にある三笠山に出ていた月なんだなあ 奈良時代の遣唐使の阿倍仲麻呂の歌です。 異国であり、航海も大変なので、遣唐使は必ずしも帰って来れるとは限りません。 道真が遣唐使に任命されます。  その辺りから話を再開します。 ◯登場人物 ・菅原道真(すがわらのみちざね)  50歳 参議→遣唐大使 ・藤原時

        王朝美人夫婦喧嘩考 前編

          天神さまの悩み 1回目

          このたびは ぬさもとりあえず たむけやま もみぢのにしき かみのまにまに 菅原道真の百人一首です。 歌の意味は 今回の旅は急にきまり、神様に捧げるぬさを用意できませんでした。 手向山のまるで錦のような紅葉を捧げるぬさとして、神の御心のままにお受け取りください。 菅家、菅公、菅丞相、天神様。 菅原道真のイメージは学問の神様が多くの人のイメージと思います。 頭の良い方が何故怨霊となり、臣下で初の神として崇められるのか?その辺りを書いていければと思っています。 僕は彼の生涯の

          天神さまの悩み 1回目

          奈良朝 妻ファーストの夫婦喧嘩考 後編

          平城京へ戻りましょう! 平城京は藤原氏の勢力圏です。 藤原氏が力を失いつつある中、生き残りの光明皇后は藤原氏の唯一の代表選手。実家の危機なので、ここは私の出番という事です。 光明皇后 「奈良に戻りましょう!都は奈良をおいて他にござませんわ」 聖武天皇 「いや奈良は困る。そんな事したら、私は祟りで死んでしまう」 光明皇后 「そんな事ございませんわ♡」 精神的に病んでいた天皇に対し、皇后はかなりしっかりしていて、男性的でやり手であった。 この頃の二人の書いた物を見る

          奈良朝 妻ファーストの夫婦喧嘩考 後編

          奈良朝 妻ファーストの夫婦喧嘩考 前編

          杉浦太陽さんが「妻ファースト」で仕事も家庭も上手くいくと書いていました。 ファーストと聞くと昭和の時代の「誰の金で暮らしていけると思っている」と言われた時代は今は昔。今は令和の時代である。 僕も部屋のインテリアや改装は妻の好きなようにしてもらってます。 「妻ファースト」は昔にもありました。 時は奈良時代。聖武天皇と光明皇后の時代です。一大イベントといえば、大仏建立です。 この夫婦、異論はありますが、国の一大事業とはいえ、黄金に塗られた大仏を作ったお金持ち夫婦と思って

          奈良朝 妻ファーストの夫婦喧嘩考 前編

          古代のやきもちの夫婦喧嘩考(後編)

          僕は基本的には男性、女性のどちらに味方かと言えば、女性側に味方したい。 男性は自分のことしか考えないが、女性は周りのことも考える献身的な対応が見られます。 これは男性と女性の体の構造以外の大きな違いがあると思ってます。 磐乃媛(いわのひめ)皇后は葛城氏の出身である。黒日売(くろひめ)は吉備(今の岡山全域周辺)出身とそれぞれ古代史の有力者の娘である。 磐乃媛の父葛城曾都毘古(かづらぎのそつひこ)は神功(じんぐう)皇后の時に新羅鎮圧で派遣されたが、敵側に寝返り戦いの中で百

          古代のやきもちの夫婦喧嘩考(後編)

          古代のやきもちの夫婦喧嘩考(前編)

          あいみょんの貴方解剖純愛歌〜死ね〜って聞いたことあります❓かなり過激な歌なので、やきもち焼きの人が冷静になれる歌かも知れません。 今回の主人公は仁徳天皇と磐之媛命です。 仁徳天皇は「民のかまど」で有名です。 高い山に登られて、四方をご覧になられて仰せられるに「国内に煙が立っていない。これは民が貧しいからである。これから三年間、租税や労役を免ぜよ。」 労役が無くなったので、天皇の宮殿は雨漏りするわ、壊れてくるわでしたが、修繕もしませんでした。宮殿内の雨漏りしない所を見つけて

          古代のやきもちの夫婦喧嘩考(前編)

          日本最初の夫婦喧嘩考 2

          太古の昔、人は死ぬと黄泉の国にいくと考えられてました。 黄泉の国、よもつくにと言われている場所です。 いさなきはそこへ行き、いさなきは言った。 「愛しき我が妻よ。僕と君で作っていた国はまだ作り終えていないので戻ってきてくれ。」 いさなみは「残念ながら来るのが遅かったわ。わたしは黄泉の国の食べ物を食べてしまったの。」 「愛しきあなたがこんな所にわざわざ来てくれたことは恐縮です。地上に戻れるように交渉してみるわ。」 「その間、決して私の姿を見ないでね。」 いさなきはしばらく待って

          日本最初の夫婦喧嘩考 2

          日本最初の夫婦喧嘩考 1

          日本最初の夫婦喧嘩のお話です。 それは伊邪那岐命(イザナギノミコト)・伊邪那美命(イザナミノミコト)であります。ここでは濁らずに、男性はいさなき、女性はいさなみと呼ぶことにします。 日本の歴史はこの両神の国生みから始まった。お二人は高天原と呼ばれる天上界から何も形作られてない地上界に鉾を下ろしてかき回して、鉾を引き上げた時に鉾から落ちた塩が重なってつもって島を作りました。 これがオノゴロ島今の淡路島です。二人はこの島に降りて、ここで国生みをしました。 今の歴史の授業では

          日本最初の夫婦喧嘩考 1