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食事センスのある男

合コンで知り合った吉田くんと初めて二人きりで会ったのは事あるごとに取皿を持ってきてくれる居酒屋だった。吉田くんと私は悲しいことに事実上余り物同士ではあったが、実は私は悲しくなかった。今日はざっくり編まれたセーターの中に白いシャツを合わせていた。悪くない。「仕事忙しいのに来てくれてありがとう」と呟きながらおしぼりが入っていたビニール袋を御神籤みたいに結んだ。何を祈っている。でもまあ悪くない。
酒が進むにつれて話は盛り上がり、私は初回の飲み会で終電を逃してはなるまいと思いつつも「結局1番最強なのはV6だ」でこの飲み会の絶頂を迎えた。終盤に差し掛かった時に、こちらの様子を探るような顔で「ごめん、ちゃうかったら良いねんけど、ハムエッグ食べたくない?」の一言で、完全に落ちた。飲み会の終盤のハムエッグ。芸能人がスピード婚のときの理由として良く使うあの電気、「ビビビと来る」とはこのことか。半熟の卵が潰れて天の川みたいになった。

2回目は創作餃子専門店だった。「ここの餃子、ワインに合わせて作ってあるねん。お口に合えばいいねんけど。」ありがとう。もう既にお口に合っている。その日は「この世の帝王は鈴木愛理だ」という話で盛り上がった。帰りしな、「そうだそうだ」とカバンの中から小さい小包を渡してきた。何ですか?と尋ねると老舗和菓子屋のあんみつ。しかもガチャガチャの入れ物ぐらいの小さいの。家に帰り緑茶と一緒にほっこり頂こうと思ったが、1度くらいいいだろうと思い、棚に飾ってそれを見ながら缶ビールをあけたら罪悪感に苛まれた。

3回目はカウンターだけの焼き鳥屋さんだった。隣で笑う吉田くんの腕が当たった私の皮膚から倖田來未の「恋のつぼみ」が流れてきたので、急いでEGO-WRAPPINに変えたが今の私には助平が過ぎたのでひとまずマリーゴールドにした。
吉田くんがおもむろに「砂ずりのタレ」を頼んだ。これまでの飲み会では映画を1本見たかのような充実感のある食事センスで魅了し、私の身体の中の袋という袋を鷲掴みしてきた吉田くんに初めて黄色信号が点滅した。砂ずりは絶対塩である。塩でなければならない。これはやってはいけないのではないかと思ってはいたが、吉田くんがクチャクチャの笑顔でこちらを見るので私は恐る恐る「砂ずりのタレ」を食べた。私は笑うとクシャッとなる人が好きだと気がついた。

店を出ると警察が待ち構えていた。避けて帰ろうとすると警察が「待ちなさい」と私の腕を掴んだ。

「あなた砂ずりをタレで食べましたね?」と警察に言われた。私は「いや、でも吉田くんが!」と抵抗したが、吉田くんの姿はもうなかった。程なくして手錠をかけられた店長が連行されていった。
この日本の法律では砂ずりを「塩」以外で食べることは禁じられている。私は、それを知っていた。連日センスの良い食事と会話とクシャッとなる笑顔に侵食された私は越えてはならない一線を簡単に超えてしまった。

そんな私の服役中の愛読書はSAVVYである。

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