レベリング ~あなたの人間レベルはいくつですか~(2)
〇第1章
目の前には、遮る物のない満天の星々。床に寝そべって見上げる星空は距離感を狂わせ、手を伸ばせば自分の腕が伸びてどこまでも届きそうな錯覚を起こす。
もちろんそれは思い込みだと自覚している。実際、自分の手は何にも届いていないし、この星空も偽物にすぎない。だがそれでも、たとえひと時でも感じられる雄大さは、自分はどこにでも行けそうな希望を抱かせてくれる。
そんな空想に包まれながら星を眺めるのが、アキナは好きだった。
今、アキナはとある廃ビルの屋上で大の字になって寝そべっている。のっぺりとした特徴のないローブとフードで全身を覆い隠しているものの、見え隠れする豊かな金髪と青い目は、よく晴れた日の太陽と青空のようだった。
不意に夜空の星と星の間に線が引かれ、一つの星座を形成した。そちらに目をやると、星座の近くから一つ、また一つと流星が放射状に流れ始める。アキナはそちらを指さして、
「ねぇリキ、あれは?」と問うた。
「あん? ああ、ありゃ『しぶんぎ座流星群』っつうらしい」
同じく床に寝ていたリキが答える。アキナとは反対に髪は青く、目は金色の組み合わせ。衣装にも差があり、日本の神社の神職が着るような白衣と紺の袴を身に着けている。白衣は袖の部分が切り落とされてたくましい肩が露になっており、不自然に改造された服装だが、リキの風貌にはさらに異様な部分があった。
額から二本の角が生えているのである。浅く日焼けした肌とは明らかに色が異なる黒々とした二本角は、まさしくおとぎ話に出てくる鬼のそれだった。
さらに両腕には日本の甲冑の一部である籠手を着けている。見た目にも重厚な作りの逸品は、もはや本来の防具という用途を逸脱して、これ自体が武器として振るえるのではないかと思わせた。
「しぶんぎ座?」
「ああ、今じゃ使われてない星座らしいぜ」
「使われてない? そんなのあるんだ」
「まぁ星座自体、実際には途方もなく離れてる星同士を、人間が勝手に線で結んで作ってるだけだからよぉ。時代の流れに合わせて、あれは使う、これはもう使わない、だ」
「空とか星座早見盤とか平面的に見てるから忘れてたけど、そういえば何光年も離れてるんだったね」
「おうよ。だが、実在してねぇのに人間の想像ひとつでそこに在ることになる。人間に存在を補完されてるって意味じゃ、俺たちミミクリも星座みてぇなもんだ」
「ふぅん……」
アキナが相槌を返したときだった。突如としてサイレンの音と広域放送の音声が辺りに響き渡った。
「緊急任務発生。緊急任務発生。当該区域内に未確認のエネミー三体の侵入を確認。付近のリプレイヤーはミミクリを連れて討伐に当たってください。繰り返します……」
「やっと来たぁ」
「ホントにな。待ちくたびれたぜ」
広域放送を聞いた二人はおもむろに立ち上がる。背伸びをしたり、服の埃を払ったりと呑気に構えていると、そこへ荒々しい獣の息遣いが聞こえてきた。
「この鳴き声、ケルベロス・タイプだ」
音のほうを見やると、隣のビルの屋上から三体の巨獣がこちらのビルに飛び移ってきた。いずれも見上げるほどの巨体にどす黒い毛並みを持ち、その名前通りに犬の首を三つ生やしていた。さほど目立った傷もないのに、そこかしこに赤い血がこびりついているところを見ると、既に誰かが犠牲になっているらしい。
「やってくれやがったなぁ。いくら同じ世界の仲間とはいえ、てめぇらこのままのさばらしちゃおけねぇぜ」
うそぶいたリキの頭上に、不意に小さな光の輪が生じた。それは瞬く間に肩幅まで広がり、まるで天使の輪のように浮かぶ六角形のリングとなった。
それを見た獣たちが雄叫びを上げ、猛然と襲い掛かってくる。
並の人間ならば万事休すの状況、だがアキナは迎撃するように身構えてリキに呼びかけた。
「それじゃ行くよ、リキ!」
「おうよ、アキナ!」
そしてリキの体が粉微塵に砕け散った。
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