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アフターストーリー『落園』〜桐生 咲〜

CoC『落園』のネタバレを含みます。

殺人や死を扱う描写があるため、苦手な方はご遠慮ください。

他PLのキャラクターの名前を勝手に使用しております。

問題があれば消します。

https://iachara.com/char/684607/view

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原稿が擦れる音が鳴り、堅苦しい音楽に僅かな人の気配が混ざる。いつもと同じスタジオ、いつもと同じ顔ぶれの中で、咲はニュースを読んでいた。


「ーー2人の命を奪った被告には、現在、死刑が求刑されています」


目は原稿を追い、口はすらすらと言葉を紡ぐ。

なんの変哲もない日常。きっとカメラの向こう側では、数ヶ月前と変わらない桐生咲が映っている。


こちらに来てからの日々は、驚くほど何も無かった。

美奈先輩とは、今までと同じようにひと月に1、2回会って遊ぶ程度の関係を続けている。

最初の頃は質問責めにあったが、「悪夢なんて忘れようよ」といつもの調子を崩さずにいたら、根負けしたのか何も聞いてこなくなった。

今では相変わらずの社畜生活を楽しんでいるらしい。


変わったのは、カオルと連絡がつかなくなったことくらい。

でも、特に用事も無いので支障はなかった。3人で料亭に行く約束が果たせないのが、唯一惜しいかもしれない。

元々正義の人だ。心を整理する時間が必要なのだろう。また会えるまで、こちらから連絡はしないでおこうと思う。


「今後は計画性と責任能力の有無が争点となるでしょう」


文字の羅列である原稿の中身を、咲は特に気にしたことがない。

痛ましい事件ならば無感情に読み上げ、楽しげな出来事であれば少し声を高くして読む。その程度でしか認識をしない。だが……。

ーーわたしと被告、どう違うんだろう?

今日はやけに事件が気になった。


咲は、自分勝手な理由で、自分の意志を持って、計画的に、もう1人の自分ともう1人の美奈先輩を殺した。

2人の殺人は死刑のボーダーラインだ。

3人ならば死刑の確率が高く、1人だと死刑にならない可能性が高い。2人は事件の性質によって罪が変わりやすい立ち位置にある。

ーーだとしたら、わたしの罪はどれくらい?

被害者遺族の感情に変化は無いだろう、社会的影響もほぼ無い。前科は無いが、事件後の情状は微妙かもしれない。


「世間では、自分勝手な理由で2人の命を奪った被告に死刑を求める声が多く聞かれます」


最近、裁判員制度のせいで1人の殺人で死刑になることが増えた。

世論はヒトゴロシを許さない。

ーーじゃあ、わたしの殺しは世間ではどう思われる?

考えて小さく首を振る。

それは意味のない問いだ。カオル以外、あの殺人を理解できる者はいないのだから。


咲は口の中をひと舐めし、言葉を紡いだ。

「それでは、次のニュースです」


ーーーーー

仕事が終わり、帰路に着く。

早朝に始まり夜中まで続いた。

意外と美奈先輩のことを社畜と馬鹿にできないかもしれない。

そんなことを考えながら、彼女はゆっくりと"自宅"の戸を開け、仕事着から着替えてキッチンへと向かった。

ーー今日は煮物にでもしよう。

不規則な生活だからこそ、きちんとした物を食べたい。

咲は鶏肉を1枚取り出してまな板に並べ、キッチン下の扉を開く。

扉の裏にある包丁入れ。

かつて2本刺さっていたそこには、今は1本しか存在していない。

"もう1本はあの夜に埋めたから"

「はぁ、あのニュースのせいかな?」

やけにあの日のことを思い出す。

フラッシュバックする映像を消すように咲は震える手を包丁に伸ばした。

「意外とわたしも人間だったみたい」

黒い柄を掴んだ右手の感触を確かめて、目の前に包丁を掲げる。

銀色に反射する咲の顔は少し泣きそうだった。

ゆっくりと包丁を鶏肉へ向けて手前に引く。切れ味の良い刃が繊維を簡単に割いていく。


あの選択を後悔していない。

美奈先輩の居ない世界に興味なんて無かった。何一つ変わらない日常を、彼女と一緒に過ごせている。咲は幸せだ。


あの選択以外考えなかった。

もう1人の自分を殺した時も、もう1人の美奈先輩を殺した時も、やけに冷静だった。

苦しまないように心臓を一突きし、血を処理して山に遺体を埋めた。

美奈先輩が今も変わらず暮らしているということは、咲は上手くやったのだろう。

心が動かなかったことも、冷静に人を殺せたことも解釈通りだ。

ーーでも……。

時折こうして思い出す。消えない罪を背負ったのだと。

包丁の先で命が消える感覚がいつまでも消えてくれない。


鶏肉を切っていた手を止めて、鞄からスマホを取り出した。

指が、覚えている電話番号を自動で打ち込む。

5回のコールの後、彼女が出た。

「どうしたの? 咲」

聞きたかった声が雑音に混じって返ってくる。

「特に何って訳じゃないんだけどさ、今、煮物作ってるから、美奈先輩も食べに来ないかな? って」

彼女の声を聞くと自然と軽口が飛び出た。この声の前では、いつもの桐生咲でいられる。

「え、今から? 何時だと思ってんの?」

「んー、25時?」

「あのねぇ、こんな時間に食べたらお肌に悪いの。わかる? それに私は疲れてるの」

どんな無茶なことを言っても、ちゃんと話を聞いてくれる。だからこの人は好きだ。

「えー、そっか来ないんだ。美味しそうに出来そうなんだけどな〜」

まだ鶏肉しか出していないキッチンを横目に、明るい声でうそぶく。

「じゃあ、仕方ないか〜。いいもん、わたし1人で食べるから」

不貞腐れたように電話を切ろうとした時、向こうからため息が聞こえた。

「いいよ、行く。今から準備するね」

そして、返す間もなく切られた。

咲はしばらくその状態のまま硬直し、崩れるようにソファへ倒れ込んだ。

「また悟られちゃったかな、これは」

いつもならこの手の電話は、ふざけたやり取りをして終わる。

だけど、たまにこうやって気遣われる。全国へ演じた心を届けている声が、あの人だけは騙せない。

「あーあ、あの時みたい」

エーテルタワーの屋上で彼女の姿を求めた時間。

あの時は、焦りながら美奈先輩が来るのを渇望していた。

今は、気遣われる情けなさと気遣ってもらえる嬉しさ、彼女と会える喜びで美奈先輩が来るのを渇望している。


時計の針が進むのを今か今かと待つ。

でももう、世界の滅びを恐れなくて良い。


「わたしって幸せだな」

小さく呟き、咲はキッチンへと向かった。








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