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モヒートに沈む(小生おじさん選手権)

小生と5点ラジオの出会いはまだ蝉の声が木々に木霊しているある夏の日の夕方であった。

その日、学生時代以来久しぶりに京都を訪れた。町並みはあの頃のままなので迷うことなく京都四条通からひとつ東の木屋町通りの喧騒を抜けて、涼やかな高瀬川を横目に小生はCOACHのビジネスバッグを片手にジャケットを肩に掛けて歩く。

三条通りとの交差点の少し先の地下にその店はあった。その店は高瀬川に面していて地下1階のテラス席がちょうど川の水面の少し上に位置していて春には桜を見ながらお酒が飲める隠れ家的なカフェバーであった。そう、何を隠そうここが小生のアナザースカイなのである。


少しきしむ音がする扉を開けると彼女はすでに窓辺に座って待っていた。

「待った?」と小生が問いかけると
「ううん、今来たとこ」と彼女。
「とりあえずモヒート二つ」と小生は店員にオーダーをした。


沈黙が続く。なにか言おうと口を開くが何もでてこない。「あれから大分時間が経っちゃったね…」と彼女が呟くように言った。


1X年前、小生と彼女が某出町柳あたりの大学の学生だった頃、小生たちは付き合っており、このカフェバーで毎回逢瀬の〆を行っていた。最初に来たのは、あれは小生たちが三回生で祇園祭にいったときだっけか、浴衣姿で山鉾を眺める人の群れからカランコロンと逃げてきてたまたまこの店に入ったのがきっかけだと思う。烏丸から三条まで下駄で歩き通しだったため二人共疲れ切っていて開口一番モヒートを頼んだのだった。それ以来デートの〆はここのモヒートと決まったのだった。


当時バーで飲んでいたモヒート

当時、小生は総合商社に入社して世界を股にかけるという野望を抱いており、彼女もまた弁護士になって企業弁護士としてバリバリ働くという夢を追いかけていた。この店はそんな夢見る若者たちの秘密の会議室なのであった。お互い勉強やOB訪問などの合間にここで将来について話し合っていた。

大学四回生のとき院に進む彼女と東京に引っ越し憧れの商社に勤めることになった小生が最後に二人で訪れた場所もここだった。

お互いの夢のために関係を終えなければならないけれど、遠くに行っても応援しているからと言い合った、そんな甘酸っぱい思い出の場所でもあった。さながらスキマスイッチの奏でのような展開で、小生はこの曲を聞くたびに今でも涙を浮かべてしまう。そのころの記憶が今でも仕事へのやる気の源泉になっている気がする。

いけない、いけない、意識を今に引き戻して小生は言った。「今日は来てくれてありがとう」

「いきなりでびっくりしちゃった。元気してた?」と彼女。襟元に金色のバッチがキラリと見える。

「元気だったよ。実は商社の仕事をやめて今ちょっと新しいことを始めようとしてるんだ」と小生が切り出した。

「新しいこと?」と訝しげな彼女。
「折角の人生なんだからワクワクすることをしたいなと思って色々見てたんだけど、知り合いに勧められて、とあるブランドの商品を取り扱うようになって…」と小生は緊張を出さないよう努めて穏やかに語った。


彼女は笑った。
小生もつられて笑った。


「ブランドの理念も素晴らしくて、みんなが幸せになれるビジネスモデルで自分の成長にも繋がりそうな仕事なんだ」と小生は告げる。彼女が成長という言葉に弱いというのも織り込み済みの一言だった。

「私、5点ラジオで研修済みなの」
と彼女は短く言った。

「5点ラジオ…?」
「そう、成長はしなくてもいい。5点の私を愛していくの。でも常にティアラは頭に乗せてね!」と彼女は畳み掛けるようになんだかわからない5点ラジオなるものを布教し始めた。

本当は自分がビジネスについて話す場にしようとしてたのにどうしてこんなことに…小生は滔々と話す彼女に圧倒されて呆然としていた。

そこから先は良く覚えていないが満足気な彼女と別れ、茫然自失のまま一人、三条大橋で夜風に当たっていた。遠くで角度的に平たく潰れた大文字の送り火が少しずつ小さくなっていくのが見えた。「今年の夏も終わりか…」そう呟くと小生は一粒の涙を流した。

これが小生と5点ラジオの出会いだった。
(ちなみに彼女の鞄はバーキンだった。)

あとがき
ギリギリになりましたが、マルチに勧誘しようとする小生おじさん元商社マンに5点ラジオを布教し返す弁護士の女を書いてみました。

京都の夏の終わりの五山の送り火にからめてちょっと余韻が残るような雰囲気にしてみたのですが内容が内容なのでひたすら残念な感じに仕上がりました。

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