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研究における認識論の整理 「社会科学の考え方」野村康

注 研究者向けのコラムなります。

研究を進めるにあたり、「世の中をどのレンズを通してみるのか?」というスタンスを明確にする必要があります。それを認識論と言います。

アンケート調査など定量研究の方は基本的に実証主義に乗っているので、認識論を意識することは定性研究より少ないかもしれません。

私は、定性研究をしているんですが、研究方法を検討する段階で認識論を理解していきこれは奥深いな、、、(汗)となりました。認識論と調査方法がミスマッチだと、それだけで査読が通らないので、定性研究をされる方には必修知識です。(もっと早く知っておけと言われそう涙)

この記事が定性研究をはじめる初学者の役に立つとうれしいです。

参照した書籍

今回、認識論を整理するにあたりこちらの書籍を参考にしています。
「社会科学の考え方―認識論、リサーチ・デザイン、手法」野村 康, 2017
先生方にも勧められた本で、私はこの本を読んでかなり考えが整理できました。

研究の方法論概要

はじめに大事な部分を書くと、次の図の通り。
(これが一番大事な図かなと思います)

研究の「方法論」は、「認識論」「リサーチ・デザイン」「手法」がロジカルにつながっている必要があります。ここがうまくつながっていないと、学術研究として受け入れられるものにはなりません。

私の場合、アンケート調査をやろうとか「手法」や「リサーチ・デザイン」については、先行論文を読んでいて選択肢のイメージが浮かんでいました。(もちろんここも深いので全然浅い理解です汗)
ただ「認識論」については、個別論文でそこまで深く説明されないし全然理解できてませんでした。

ただ、この認識論が一番重要だなと今では思っています。

著者の野村先生も「認識論は手法やリサーチ・デザインを規定する土台」と表現していまして、ここをしっかり理解していないと、上に素晴らしい手法を持ってきて建造物をつくっても、すぐに崩れてしまいます。

では、さっそくその認識論とは何なのか見ていきましょう。

超大事な認識論とは?

物理とか自然科学では、「誰がどう見ても同じ物事が起こる」という前提で考えて差支えありません。誰が見てもリンゴは木から落ちるのです。

ただ、社会科学はそうではありません。ある人にとっては成長につながったと見えることでも、他の人から見たら苦痛でしかないように見えるということがあります。
そのため、社会科学では「研究者自身がどのように人間社会を認識しているのか」というスタンスを明確にする必要があります。冒頭で書いたとおり、どのレンズを通して世の中を見るのかを決めなければいけないということです。

こうした認識論はひとつの論文の中で一貫している必要があります。Furlong and Marsh(2010)は、これは「皮膚」のようなものであり、すぐに着替えることができる「セーター」ではないと言っています。
認識論はAだけど、手法は認識論Bに基づいたものを使う、というのは研究者のご都合主義と受け止められて、論文としてNGになるということですね。

それでは、その認識論。具体的にはどんなものなのか3種類の認識論を見ていきましょう。

3種の認識論:実証主義、批判的実在論、解釈主義

認識論には主にこの3種類があります。

認識論の土台に存在論のレイヤーがあり、そこで大きく2種類に分かれます。

  1. 基礎づけ主義
    ・誰が見ても同じように見える客観的で強固な真実が存在すると考える
    ・「実証主義」と「批判的実在論」は基礎づけ主義に属する

  2. 反基礎づけ主義
    ・社会的な事象が存在するかどうかは人の解釈による。(独立して存在する真実はない)
    ・「解釈主義」は反基礎づけ主義に属する

それぞれを詳しく見ていきましょう。理解しやすいようにまず「実証主義」から始め、その次に反対の「解釈主義」、最後に「批判的実在論」という順番でご紹介します。

実証主義

まず、この実証主義が最も多く使われている認識論です。現代人として普通に生活をしている分には当たり前のように、この考え方を利用しているといっていいでしょう。ですので、身近な考えで理解がしやすいです。

実証主義では、「世の中のは私たちの知識にと関わらず、独立して存在している」と考えます。物理法則のような自然科学と同じように人間社会も認識できるという立場です。ですので、研究者の誰が行っても同じ条件であれば同じ事象が見られると考えます。研究者はなるべく主観を排除し、中立的な立場から客観的に調査を行います。

条件を満たせば成立する法則や理論があると考えるので、データを集めて仮説検証をしたり、因果関係を特定したり、未来予測をしたりします。

ここまで書いてきたことは、一般的に「科学的」と受け止められる考え方ですよね。それくらい実証主義的な考え方は当たり前になっていると思います。(特に私が理系出身というのもあるかもしれません)
これよりほかに認識なんかあるの?と疑問を持つ方もいるでしょうが、あるんです。それが次にご紹介する解釈主義です。

解釈主義

解釈主義は、先に紹介した実証主義の対極に位置する考え方です。
解釈主義では、「世の中は社会的あるいは言説的に構築されている」と理解されます。私たちとは関係なく客観的に社会現象があるのではなく、私たちがどのように解釈しているかが決定的に重要という考え方です。
ポストモダンや社会構成主義という言葉を聞いたことあるかもしれませんが、それらも解釈主義に属しています。

分かりやすいように本にある例をご紹介します。
たとえば、ジェンダーの問題について女性の意見をインタビューする場合を考えてみます。
実証主義者の場合は、調査する人の性別や年齢に関わらず、調査方法が適切であれば同じ回答が得られると考えます。影響があると判断した場合は、調査方法の工夫や調査者のトレーニングをするなどの対策をとり影響を小さくしようと試みます。

では、解釈主義者はどうするでしょうか?
解釈主義者は、客観的・中立的に調査することは不可能だと考えています。それは、調査者の文脈によって主観的にしか物事をみることはできないと考えるからです。また、インタビューを行う際に調査者と調査対象者がお互いに影響を及ぼし合っていると考えます。

そのため、解釈主義では調査者がどのような特徴、文脈を持って調査しているのか、それが調査対象にどう影響しているのかを論文に記述する必要があります。(誰が調査しても同じ結果がでるとは考えません)

解釈主義のGTA(定性調査の手法)では、同じインタビュー結果から研究者が異なることで違うアウトプットが導出されるという結果も示されています。

調査方法については、人びとの解釈に焦点をあてているので、数値化される定量調査ではなくインタビューなどの定性的な手法が用いられます。

抱井(2015)に実証主義と解釈主義についてわかりやすい例があったので補足的に紹介します。

「痛み」に関する研究のクエスチョンの違い

◆実証主義
・どのように痛みは経験され,対処されているのだろうか
・いつ痛みが起こり,いつ痛みを軽減させるのか

◆解釈主義
・痛みを痛みにしているものは何か?
・もし何かできるとすれば,その人は痛みについて何をするのか

抱井, 2015,理論からストーリーへ ―構成主義的グラウンデッド・セオリー法とは―, 
青山国際政経論集94 号,2015 年5 月

では、最後3つ目の認識論。批判的実在論にうつります。

批判的実在論

批判的実在論は、客観的真実があるとする基礎づけ主義に属していますが、実証主義よりもやや解釈主義の立場に近い立場をとります。日本ではあまり用いられていない立場のようです。

批判的実在論が実証主義と異なるのは、目に見える事象でなく、その背後にある目に見えない「構造」こそ重要であるとする点です。これは、目の前の出来事はその背後にある構造、つまり個人や集団間の関係によってもたらされるからです。

批判的実在論では、目に見える事象を実証的に分析していくのではなく、意図的に「構造」を明らかにしていきます。この目に見える事象の分析だけでは物事を理解できないという立場が批判的実在論の特徴的な部分です。
分かりやすく言い換えると、データを積み上げても真実にはたどりつけないという考え方です。実在の領域に迫るには構造を見出す必要があると考える訳です。

そのため、批判的実在論に根差したリサーチでは、実証主義のように測定データから命題を直接検証することはありません。

一方で、解釈主義のような質的研究は行われます。これは、構造を理解するために主体の意図を解釈することが重要だからです。構造は独立した存在ではなく、私たちと相互に影響を及ぼしていると考えます。構造が私たちの言動に影響を与えているし、私たちはその構造を作り替えたりしているということです。これは、自然構造とは違って社会構造は人間から独立した存在ではないためです。
このように構造を考える上で人の解釈を考慮する必要あるため、批判的実在論は基礎づけ主義でありながら解釈主義にやや近い立場と言えます。

調査手法としては定性・定量の両方が用いられます。もちろんこれは定量と定性の手法を認識論を問わずになんでも使っていいという訳ではありません。「構造」を明らかにする上で意義がある場合にのみ活用されるものです。

また前述したように批判的実在論ではデータを積み上げても因果関係が示せるとは考えません。ここでは、仮説推論(abduction)または遡行推論(retroduction)と呼ばれる論理が用いられます。

遡行推論(retroduction)とは

ある事象が発見される
 ↓
ある構造があればその事象を説明できる
 ↓
その構造は真であると考えるべき理由がある

という形で推論が進んでいくもの。

ほかに批判的実在論が実証主義と異なる点があります。それは、事実と価値が不可分であると批判的実在論では考えられている点です。実証主義では、現実問題である客観的な事実に着目し、哲学的な価値についての問いは切り分けて考えます。

3つの認識論の感想

個人的には、実証主義の考え方になじみがありました。ある種の法則を見つけ出し、それが適用できる範囲を明確にすることで実社会で活かしていくという道筋もクリアです。

ただ、文脈によって解釈がありそれが重要であるという解釈主義も納得です。人を扱う社会科学で、再現性の高い自然科学のように広く適用できる絶対法則を見出すということは無理がありますし、中立的に見える法則でも社会的マジョリティの文脈で当てはまるだけなのかもしれません。多様な解釈があり、その中ではこんな社会現象があるんだと示していく力が解釈主義にはあると感じました。(理解あっているかな…)

まとめ

まとめます。
まず、方法論は認識論を明確にして、リサーチ・デザイン、手法を決める必要があります。繰り返しになりますが認識論は「皮膚」であって「セーター」ではないため、ひとつの研究で2つを混ぜて折衷案的なアプローチをとることはできません。

その認識論は大きく3つ「実証主義」「批判的実在論」「解釈主義」がありました。自分の研究がどの認識論に根差すのか自覚的に選択する必要があります。参照している先行研究はどの認識論に根差しているのかを理解しながら、選択するのが良いのかなと思います。
リサーチ手法をいろいろ検討しているうちに実は認識論違反になってしまうということも起こりうるの注意が必要です(自戒を込めて)

(実証主義については、さらにその中でも分類があります。こちらの本に詳しく書いてありましたが、また別の機会にご紹介します。「組織行動論の考え方・使い方〔第2版〕: 良質のエビデンスを手にするために」 服部 泰宏, 2023)

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