スピード(旅の終わり)
オレは今サイコーに気分がいい。もっとスピードをあげるんだ。もっとだ。チューンナップしたオレの愛すべきマシン、海沿いの道をひたすらに飛ばす。目的地なんてない。ウゼエ過去がまとわりついてくるからスピードをあげるだけだ。過去も、憂鬱も、罵倒も、凌駕するのは、速さ。スピードなんだ。オレは逃げ続けているんじゃない、前に進み続けている。
このスピードについてこられない奴は振り落としてしまえばいい。賞味期限切れの退屈な人間に興味はないんだ。オレはスリルで遊びたい。危ない橋は弱い他人に渡らせろ。女と子供は暴力で黙らせろ。約束なんかバックレてしまえ。全部全部、スピードを上げ続ければ、すぐに遠い過去になる。単純な話さ。だけどオレにとっちゃ世紀の発見。これがオレにとっての進化論。サイコーだろ? しがらみだらけの社会の中、誰とも繋がった糸をハサミで切って、オレはたったひとつスピードだけと手を取り合ったんだ。するとほら、ゼロコンマで新しいオレに生まれ変わっていく。わかるか? 加速するんだ。もっと。もっと。峠の坂を登りきると、海が見える。悪くないご褒美だ。肉体論も精神論もオレは知らない、ほしいのはこんなふうに心がグッとくる瞬間だけ。そうだろう? そしてオレはスピードの中にそれを見出した。ただそれだけのことさ。
坂の頂点を過ぎて、ここから待ちに待った下り坂。オレのマシンは一気に加速する。渋滞はなく、車は順調に流れている。停滞のない景色は悪くない。むしろイイ! 走る対向車を見定めて、坂をくだり始める。加速する。オレの体は風になる。さらに加速する。加速する。
サイコーの人生に、もっとスピードを。すべてを振り切る速さをくれ。
オレは固く目を閉じ、対向車の大型トラックに向かってハンドルをきる。
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