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二つの戦後の詩人たち━━石原吉郎、吉増剛造、野崎有以、雨澤佑太郎をめぐって(第三回)

                               沖鳥灯

4 犠牲者の代弁としての詩

 雨澤佑太郎(一九九七ー)の第一詩集『空位のウィークエンド』(二〇二三・十一)を論じるにあたり、本書刊行以前の仕事を振り返ってみたい。雨澤佑太郎とは早稲田大学の文芸サークル「山猫文学会」を通じて二〇一九年に知り合った。当時の私は四十四歳、雨澤は二十二歳。年齢差は二倍だ。最初に読んだのは『早稲田詩人』vol.4.0(二〇一九)収録の「眼底の光景」「憧憬」「二十五億秒のショートストーリー」であった。「眼底の光景」は散文詩のエピグラフに「ぼくの心臓こそはぼくにいちばん不安を与える器官である」(ル・クレジオ「無限に中ぐらいのもの」)を掲げた。「二十五億秒のショートストーリー」は『気狂いピエロ』(一九六五)で人生の平均寿命は二十五億秒(七十九年程)とした台詞を踏まえているのだろうか。いずれにしろ雨澤佑太郎は二〇一〇年代の早大文芸サークル特有の力場で磨かれた感性の詩人だというのが私の印象だった。そして三つの詩で最も注目したのが「憧憬」である。全文引用しよう。

 憧憬

手帳のいちばんはじめのページに
「あなたは、だれ、ですか」
と書くよりも
「わたしは、だれ、でしょう」
と書いたほうが
すてきな一行だとはおもいませんか

模型の都市にも
オリジナルと同じ朝は訪れたのに
鍋の中のスープはまだ冷たいままだ
模型の模型
模型の模型の模型
模型の模型の模型の模型、そして……

おおきな翼がいたるところに
曖昧な輪郭をともなった影をつくって
表情を喪った広大な水面に
精密な再現物のような白い骨が沈んだら
きっと
「終わり」の合図だとはおもいませんか

今日までに死んでしまったものたちと
明日から死んでいくものたちの数を比べたら
果たして どちらが多いのか
永遠に死に続けていく愛すべきものたち
いかなる理由にも立脚しない
ぼうだいな無の連続

清々しい血管の浮かんだその手で
愛撫してみたいとはおもいませんか

 本作の最終段落は『空位のウィークエンド』のあとがきで述べられた「青春の墓標」「敗北主義」「退行的ロマン主義」「終末趣味」への異議申し立ての抗いが簡潔に明示されている詩列だと思う。ところで『早稲田詩人』との出合いは二〇一九年五月だが、同年七月に雨澤の短歌に関するブログを私は残してる。短歌ユニット『くらげ界』(二〇二〇─)などの短歌の仕事は別稿に譲ろう。
 さて雨澤佑太郎の仕事を私の観測範囲で年代順に整理してみる。二〇二〇年十一月『晩年はいつも水辺にあって』(私家版)上梓。二〇二二年十一月『境界』(長濵よし野、赤司琴梨との共著)刊行。他方で同人誌『早稲田暴力会』『alt+』『上陸』『崩壊系列』など広範囲で精力的な活動を展開、そして雨澤の快進撃が始まる。二〇二二年十二月「ノックする世界」で第三十一回「詩と思想」新人賞受賞。二〇二三年一月「不況の精神」が朝日新聞「あるきだす言葉たち」掲載。『とある日 詩と歩むためのアンソロジー』(二〇二三・三)上梓。不勉強から『インカレポエトリ』(七月堂)の仕事は追えていないが、雨澤のルーツを探るうえで『現代詩手帖』(二〇二三・六)「それぞれの場所で、詩とともに『とある日──詩と歩むためのアンソロジー』刊行記念会」(青木風香、雨澤佑太郎、今宿未悠、川上雨季、小島日和、柳川碧斗、吉永大地(司会))は多くの示唆を与えるだろう。
 本座談会で雨澤は戦後詩の荒地派から現代詩の世界へ入ったと告白している。中学生で現代詩文庫『田村隆一詩集』を読んで衝撃を受けたそうだ。本書の収録作は『四千の日と夜』『言葉のない世界』の全文に加え、詩論、自伝、論考などと非常に充実している。中学生で本書と出合ったことは僥倖といえよう。どうやら母校の中学校に現代詩文庫が揃っていたらしい。雨澤の出身地は公式発表にないが、東京都在住なのは確かだ。「東京」という地の利はやはり根強いものなのだろうか。とはいえなにも早熟であるから芸に秀でるわけでは必ずしもない。が、しかし雨澤が中学生で田村隆一「幻を見る人」「立棺」(『四千の日と夜』)などに触れたことはその後の詩作を十二分に予見し得る事実だろうと思う。参考までに田村隆一「立棺」を引く。

 立棺

わたしの屍体に手を触れるな
おまえたちの手は
「死」に触れることができない
わたしの屍体は
群衆のなかにまじえて
雨にうたせよ

   われわれには手がない
   われわれには死に触れるべき手がない

わたしは都会の窓を知っている
わたしはあの誰もいない窓を知っている
どの都市へ行ってみても
おまえたちは部屋にいたためしがない
結婚も仕事も
情熱も眠りも そして死でさえも
おまえたちの部屋から追い出されて
おまえたちのように失業者になるのだ

   われわれには職がない
   われわれには触れるべき職がない

わたしは都会の雨を知っている
わたしはあの蝙蝠傘の群れを知っている
どの都市へ行ってみても
おまえたちは屋根の下にいたためしがない
価値も信仰も
革命も希望も また生でさえも
おまえたちの屋根の下から追い出されて
おまえたちのように失業者になるのだ

   われわれには職がない
   われわれには生に触れるべき職がない

わたしの屍体を地に寝かすな
おまえたちの死は
地に休むことがない
わたしの屍体は
立棺のなかにおさめて
直立させよ

   地上にはわれわれの墓がない
   地上にはわれわれの屍体をいれる墓がない

わたしは地上の死を知っている
わたしは地上の死の意味を知っている
どこの国へ行ってみても
おまえたちの死が墓にいれられたためしがない
河を流れて行く小娘の屍骸
射殺された小鳥の血 そして虐殺された多くの声が
おまえたちの地上から追い出されて
おまえたちのように亡命者になるのだ

   地上にはわれわれの国がない
   地上にはわれわれの死に価いする国がない

わたしは地上の価値を知っている
わたしは地上の失われた価値を知っている
どこの国へ行ってみても
おまえたちの生が大いなるものに満たされたためしがない
未来の時まで刈りとられた麦
罠にかけられた獣たち またちいさな姉妹が
おまえたちの生から追い出されて
おまえたちのように亡命者になるのだ

   地上にはわれわれの国がない
   地上にはわれわれの生に価いする国がない

わたしの屍体を火で焼くな
おまえたちの死は
火で焼くことができない
わたしの屍体は
文明のなかに吊るして
腐らせよ

   われわれには火がない
   われわれには屍体を焼くべき火がない

わたしはおまえたちの文明を知っている
わたしは愛も死もないおまえたちの文明を知っている
どの家へ行ってみても
おまえたちは家族とともにいたためしがない
父の一滴の涙も
母の子を産む痛ましい歓びも そして心の問題さえも
おまえたちの家から追い出されて
おまえたちのように病める者になるのだ

   われわれには愛がない
   われわれには病める者の愛だけしかない

わたしはおまえたちの病室を知っている
わたしはベッドからベッドへつづくおまえたちの夢を知っている
どの病室へ行ってみても
おまえたちはほんとうに眠っていたためしがない
ベッドから垂れさがる手
大いなるものに見ひらかれた眼 また渇いた心が
おまえたちの病室から追い出されて
おまえたちのように病める者になるのだ

   われわれには毒がない
   われわれにはわれわれを癒すべき毒がない

 寺山修司は『戦後詩 ユリシーズの不在』で痛烈に荒地派を批判した。雨澤は先の座談会で本書を詩の教科書として読んだという。荒地派とポスト戦後詩については第5章で述べよう。本章の結びは雨澤佑太郎と谷川俊太郎について論じたい。座談会の終盤で雨澤は大江健三郎『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』に言及し、詩と小説の違いについて意見を述べた。雨澤は大江の言説を「小説の言葉というのは落花生の殻のようなもので、読み終わったら捨て去って完了するけれど、一方で、詩の言葉はずっと刺さったままで、読む者のなかで進行しつづけている」と要約した。大江は本書以前の『万延元年のフットボール』で谷川俊太郎「鳥羽」(『旅』)の一節を章題とした(第8章「本当のことを云おうか」)。まず「鳥羽」から該当詩を引用しよう。

 鳥羽 1

何ひとつ書くことはない
私の肉体は陽にさらされている
私の妻は美しい
私の子供は健康だ

本当の事を言おうか
詩人のふりはしてるが
私は詩人ではない

私は造られそしてここに放置されている
岩の間にほら太陽があんなに落ちて
海はかえって昏い

この白昼の静寂のほかに
君に告げたい事はない
たとえ君がその国で血を流していようと
ああこの不変の眩しさ!

次に『万延元年のフットボール』第8章より引用する。

「本当の事をいおうか」といった。「これは若い詩人の書いた一節なんだよ、あの頃それをつねづね口癖にしていたんだ。おれは、ひとりの人間が、それをいってしまうと、他人に殺されるか、自殺するか、気が狂って見るに耐えない反・人間的な怪物になってしまうか、そのいずれかを選ぶしかない、絶対的な本当の事を考えてみていた。その本当の事は、いったん口に出してしまうと、懐にとりかえし不能の信管を作動させた爆裂弾をかかえたことになるような、そうした本当の事なんだよ。蜜はそういう本当の事を他人に話す勇気が、なまみの人間によって持たれうると思うかね?」
(講談社文芸文庫、258頁)

 後段で僕(根所蜜三郎)と鷹四の対話は「本当の事」というものは作家=フィクションにおいて可能と仮定されるも、その虚偽性・脆弱性が審議に諮られた。被殺人者、自殺者、狂人が身をもって語る「本当の事」を代弁するのは詩人や小説家なのだろうか。本稿でこれ以上論旨を掘り下げることはできない。エクスキューズとして雨澤佑太郎の詩を引用したい。本作は朝日新聞初出の後、『空位のウィークエンド』に収録された。われわれが「本当の事」を語るには生き延びることだろう。不況の時代で「生き延び」はキーワードなのだが、雨澤の詩はただ生き延びるための生存戦略に留まらない「本当の事」を語るための矜持と備えに満ちている。それは大江の言説「小説の言葉というのは落花生の殻のようなもので、読み終わったら捨て去って完了するけれど、一方で、詩の言葉はずっと刺さったままで、読む者のなかで進行しつづけている」なのだと思う。

 不況の精神

バッティング・センターの駐車場で
僕らは僕ら自身の亡霊と出会い
未来をしきりに懐かしがっている

僕らは遺棄された関数
僕らは不況の精神の申し子
たとえこの両脚で砂浜を歩いても
足跡すら残して貰えない

あるひとつの命令文があれば
僕らはかつての敵を固く抱き寄せ、
あるいは
容赦なく宙に放り投げるだろう
だが所詮それは不眠が生んだ空想で
路上では果てしない斜線が
鋭く横臥する経験と様式が
ただ透明な専制を敷いている

夜よりも暗い朝の下で目配せをした
見覚えのある苦い顔たち
口笛が途切れるたび
僕らは他人の恐怖の裾野に逃れ
あらかじめ泥に塗れた裸の肩へ
過剰な親しみに満ちた熱い涙を落とす

(つづきは来秋刊行予定の評論集に収録)





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