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お誕生日への考え方の話

おはこんばんは。マキタネルです。
3日目のカレーをうどんにしてみました。美味です。

さて、お誕生日への考え方が、お話ししていた皆と少し違ったのでこちらにも共有しておこうかと。

365日毎日が誰かのお誕生日、
毎日がめでたい日、なんてよく言われますが。
私は何がめでたいのかさっぱりわからないタイプで。
ちなみに成人式も同様にわからない。
だから入学も卒業ももちろんわからないわけです。

おめでとう、と言われるたびに、
違うだろと思っている。

理屈はわかるんです。
10年間無事生きてこられた、11年目を迎えることができておめでとう。
わかるから私も時たま使ったりするんですが。使うんかい。

でも、おめでとうを貰うたび、
今日まで私を育ててくれてありがとうを必ず先行して伝えるべきだし(友達や先生も問わず)、私と付き合い続けてきたその懐広さに敬意を払うべきだし、そもそも今日まで何食わぬ顔で生きてきてしまったことに謝罪をすべきだということを痛感して苦しかったりする。
そして恩も感謝も何も渡せない自分に心底うんざりする。

おめでとうを素直に受け取ってありがとうと返すことが1番だよ、と言われました。
そんなスペシャルなお返し、私にできるのかしら。
おめでとうの文化を生んだ先人たちとは分かり合えない気がします。
皆様はどんな言葉でお誕生日を彩られるんですか。

次回、お腹が空いたらイライラしちゃう話。

節目は救いですか。
流れるような日々の合間で、時たま石や棒にぶつかりながら、木々の青さを感じて幸せになればいいですか。
なんて、捻くれたことを言ってしまうタイプです。どうぞご自愛ください。

ネル

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