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短編小説「M元会長との対話」

短編小説「M元会長との対話」

[不吉なサイン]
私は占い師です。実は5年ほど前、ある番組で、
「東京オリンピックに差す不吉な影」という
テーマでお話しさせていただいたことが
あります。占星術で見ると2020年の東京五輪は
人間に例えれば「苦難の十字架を背負って生まれた」
宿命が表れていたのです。
「開催までには多くのトラブルに見舞われるだろう。
あるいは開催自体、返上などの可能性もある」と
私は番組内で述べました。

そしてその番組が放映されて一ヶ月ほど経った頃、
私のケータイに奇妙な電話がかかってきました。
その男は「オリンピック組織委員会の関係者」と
名乗り、私に委員会の顧問になって欲しいと
言うのです。
仕事の内容は毎月一回、占星術によるリポートを
提出することと、先方が依頼してきた人物に
ついてその都度鑑定し結果を報告て欲しいとのこと
でした。ただし「非公式の顧問」なので、
絶対に公表しないこと。そして、顧問料は毎月5万円。
期間はオリンピック終了まで。と言う条件でした。
大した業務内容でもないのに、月に5万円はおいしい
話でした。占い師の生活は決して楽ではありませんから。
そして、その男に「了解しました」と言うと、
驚いたことに「手付け金はもう振り込んだ」と
言うのです。私は信じられない思いで電話を切り、
銀行の残高を調べると、なんど10万円が
すでに振り込まれていたのです。
教えてもいない銀行口座…そもそも電話番号を
なぜ知っているのか。もしかして、オリンピックに
関するマイナス要因の口封じ?私はその背後に
ある不気味な影を感じたのです。

あの日から5年、私の様々なアドバイスにも
関わらず、東京五輪には多くの災難が
降りかかりました。
2019年3月、JOC会長のT氏が招致に絡む
買収疑惑の中、辞任しましたし、2020年8月、
世界中を襲ったコロナ禍の中、A総理が
病気を理由に退任してしまったのです。
これで、招致に関わった4人の内、すでに
辞めていたI元都知事を含め3人が消えたことに
なります。
副総理のAssHole氏が「呪われたオリンピック」と
こぼしたのも無理もありません。

「これはやはり開催はムリだろう」と思いながらも、
私は顧問料の誘惑に勝てず本心を言えずにいました。
しかし、気になっていたのはM会長の
星回りでした。2021年初頭、かなり
リスクの高い星が巡ってきます。会長は
高齢の上に健康面でも不安を抱えている
はずですから「これは黙っているわけには
行かない」と思い、私は担当者にメール
しました。
2021年1月8日~3月4日は要注意
であること。特に1月30日~2月7日は
突発的な出来事が起こりえるので、
健康面を含め、万全の注意が必要であると
伝えたのです。
そのメールを送った翌日でした。
また、ケータイに電話がかかって来たのです。
「会長が直に話したい」とのことでした。
そして、「明日の朝8時に迎えの車が行く」と
有無を言わせない態度でした。
「なぜ自宅を知っているのか」そんな疑問は
湧きませんでした。彼らは知ろうと思えば
何でも知ることができるのです。

[M会長との対話]
翌朝8時ちょうど、黒いセンチュリーが自宅の前に
停まりました。私は自分のノートパソコンと
タロットカードなどが入ったバッグを持ち、
後部座席に乗り込みました。
そこにはダークグレイのスーツを着た中年の
男性が座っており、「野口です」と名乗りました。
首都高速に乗って晴海で降りるまでの約1時間。
野口氏はずっとスマホをいじっていて無言でした。
何か話しかけてはまずいような雰囲気を感じ、
私も黙っていました。

「それでは今から会長のお部屋にご案内します。
次の予定があるので、話は要領よく15分以内で
収めてください。それから、余計な質問なども
控えてください」
野口は、エレベーターを降りると一気に
まくし立てた。

部屋に入ると、テレビや新聞でしか見たことが
ない会長がソファーに座っていました。
想像していたより若々しい感じ。
射るような眼光が印象的でした。
横の椅子には秘書らしき若い男性がパソコンを開いて
座っています。
私も自分のパソコンをセットし会長のチャートを
開きました。
すると会長は私をジロリと見てこう言いました。
●「最近の占い師はパソコンを使うのか?」
★「はい、主に占星術のチャートを見るのに使います」
●「ふむ…で、何か私にリスクがあると?」
★「はい、それでは説明いたしますが、会長の出生時の
天王星に現在進行中の天王星が差し掛かって…」
●「天皇制?そうだよ!天皇制は復活させるべきだ。今の
日本は国体の中心を失っておる」
★「あの…会長、今、申し上げているのは惑星の天王星の
ことで、これは84年~85年で一周するのです。
つまり現代人の平均寿命にほぼ匹敵します。ですから
この時期は特に健康面には注意すべきなんです」
●「病院には定期的に行っておるよ。今のところ癌の
再発もないし、問題はないがね」
★「それならよろしいのですが、さらに別のリスクが
あります。それはやはり天王星に関わることなんですが、
進行中の火星がこの牡牛座の天王星に乗って来ますし、
その後も元々蠍座にある火星の対極に来ますから、注意が
必要です。時期はもうすでに1月8日から入っており、3月の
4日まで続きます」
すると黙ってキーボードを叩いていた秘書が
▲「具体的にはどんなことに注意した方がよろしいでしょうね?」
★「会長はもうリスクの高いスポーツや運転などはなさらない
でしょうから、おそらくスキャンダルですとか…いや、
ご本人だけでなく組織全体に影響するようなことですね。
もしも、今現在、何か問題が生じる可能性のあれば、早い
内に手を打っておくことをお勧めします。そして、もうひとつ、
1月の31日からは水星が逆行しますから…」
すると会長が突然こう言ったのです。
●「お~!それならワシも知っとるぞ。彗星!ハレー彗星だろ?」
★「いや…あのぉ水星は太陽系の惑星のひとつて」
▲「会長、水の星と書いて『水星』です。それでは先生、お話を
進めてください」」
良かった。秘書が救ってくれた。
★「はい、で、この水星の逆行中は言葉やコミュニケーションによる
トラブルに注意が必要なんです。これは話す言葉だけでなく文章など
にも注意が必要です」
●「その水星の問題、何とかならんのかね?金なら用意するが…」
★「いや、これは星の動きですから、金銭ではどうにもなりません。
人間自身が注意するしかないでしょうね」
●「しかしだね、君、日本は神に守られている国だよ。神が星に
負けるはずはないだろう?ええ?そう思わんかね?」
★「会長、これは私の考えですが、特定の国や民族だけを守る神は
いないと思います。守るなら人類全て、地球全体を守るでしょう」
●「何を言っているんだ!君は古事記を読んだことがないのか?」
★「あれは神話ですよね。神話は昔から世界各地にありますし、
日本独自のものではないと思います」
●「そっそれは…」
▲「先生、あまり時間がないので、その『水星の逆行?』ですか、
対策を教えてください」
またしても秘書が助けてくれた。
★「やはりスピーチや取材の場合は必ず原稿を用意した方が良いでしょうね。言葉尻を捉えたり、発言の一部を切り取って批判する人たちもいます
から、完璧な原稿を用意してそれを読み上げる方が安全でしょう」
●「ワシは原稿を読むのは好かんな~。そんなのは頭の悪い奴のやる
ことだ。昔からその場の雰囲気に合わせて、アドリブで話す方が性に
合っているんだ」
★「はい、もちろん会長の自由なスピーチはよろしいと思います。
しかし、この時期…具体的には1月31日~2月20日は、可能な限り
原稿を用意し、取材の場合も事前に質問を通告してもらう方が
よろしいと思います」
●「うむ…」
▲「了解です。こちらで対策を考えましょう。先生、今日は朝から
ご苦労様でした。私がエレベーターまでお送りしましょう」
★「では、会長、失礼します」
●「うむ…」
会長は軽く手を挙げた。
廊下に出ると秘書の男は名刺を差し出し、こんな話をした。
▲「会長は10分のスピーチでも30分を超えてしまうことが
珍しくないんです。話し出すと止まらないんですよ。
ですから、原稿を読ませるのはかなり難しいと思いますね」
★「私はただ情報をお伝えしただけです。後は皆さんのお仕事
ですよね。ええと…前川さん」
▲「とにかく、何とか無事にオリンピックを開催すること…それが
我々の使命だと思っています」
★「はい、頑張ってください」
(無理じゃないのかな…開催って)
私は内心そう思いながらエレベーターのボタンを押したのです。

M会長の「女性蔑視」とされる暴言事件が起きたのは翌週の
2月3日でした。
「ああ…やっぱり原稿なしのフリースピーチをやってしまったか…」
私は、どうにも防ぎようのない大きな運命の流れを感じていました。
それは「東京オリンピック」の過酷な宿命から発するものでした。
「運命は変えられる場合もある。しかし宿命を変えることは
ほぼ不可能に近い」このことを改めて胸に刻んだ出来事でした。

※この小説はフィクションであり、実在の人物、団体とは
関係ありません。


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