発達障害とお勤め ~2年の節目はマンネリ化~

パートですら、短くて1ヶ月・長くても1年、という目安でしか
続かない私でしたが、今月をもちまして、2年を迎えました。
これからも…よっぽど唐突で大規模な人事異動…などが行われない限りは、
まず半年から1年先は大丈夫だろうかと見ています。

ここまで続かせるまでには、やはり色々ありましたが。
ありすぎて、毎月のように就労支援所に通ってた時期もありました。
今は幸い、ほとんど担当者へのメールも、出向く頻度もなくなっています。
(あいかわらず掛け持ちの件を置きっぱなしにしていますが…)


初めの頃、今の会社には「クローズ」で面接を受けておりました。
落ちるだろうと思って期待してない時に限って意外と受かり、
なんとか勤めていました…が、1年もすると、無能な自分と対峙する環境に耐え続けるのがかなり苦痛でした。半年毎の契約更新時、店長から
「なにか問題や困ってることはありますか?」と儀礼的に質問を受ける際、
『実は面接では言わなかったが、私はこういうタイプの障害を持っており
 周りの人に迷惑をかけているようだ』と漏らしてみました。
が、「あなたの悪い噂は聞いていないし、誰かがフォローするから大丈夫」
的な回答だけをいただき、「だから辞めたい、とかは思ってないよね?」
なんて念を押されるだけであしらわれてしまいました。

いや、辞めたいというか、むしろ「続けたい」から相談しているのだが。
とは内心思ったものの、たぶん面倒なのだろうと感じ、そのまま退出。

その後も支援所に通いつつ 状況は改善されないまま耐えるだけの日々で、
13年の9~10月頃、とうとう限界を感じ、就労支援の人に
「とりあえず辞める前に まずは店長以外の現場にもカミングアウトしたい、 障害という前提でお付き合いいただけるか、様子を見てから考えたい」
ということをお話してしまいました。

その時の支援所のお返事は、
「どのようにアプローチするべきかを、本社の人事部に電話で訊いて
 みます。お返事次第で、あなたの会社へ伺う日取りなどを決めます」
というものでした。

…で。
実際に、支援所の方が、我が店舗へ挨拶へ出向いてくださったのかは…
その後は実は不明です。

「本社の人事部へ電話する」というメールを受けてからわずか数週間後に
社員のうち2名が異動
となったからです。
そのうち1名は、私が極端に苦手意識を持っている人物でした。
かなり、突然でした。
どこの会社でも ある程度は突然に連絡が入るのかな、とは思いますが
私はやはり「人事部への連絡」と、このことを結びつけずには居られず、
しばらくは罪悪感もありました。

しかし現実的には、関係ないのかな…という気もしています。
なぜなら私は、店長にも、支援所への相談でも、「誰々が云々」という
他人の正式なお名前を挙げたことは一度もないからです。
あくまで自分の欠点により問題が起きているし、
そりが合わない相手がいることも、抽象的な表現でしか言っていない。
だから私が苦労している人物の名前を、支援所からの電話だけで
人事部が見抜いた ということは…………在り得るかもしれないけど、
考えにくいよなぁ、とは思ってはいるのですが。

このへんはもう、知りようがないことですが…幸か不幸かですが。
あの異動があって以降、私のお勤めは ほぼ平和になってきています。
ミスしても、「ちゃんと確認してね・次は気を付けてね」と
余計な感情交えず淡々と説明されるだけだったり、あるいは
「ガハハハこりゃしょうがねーだろう!」と爆笑とジョークだけで
終わってしまうこともある、
「なんかチョットゆるい人たち」しか
残っていないからなのですが。
職場体質的に、「キレのよさ」や「完璧さ」は、以前と比べてズッポリと
抜け落ちたはずですが、それでも売上に大差なければ、そんなものなの
だろう…か?

以前は、出勤するときは毎日のように、それこそ戦場へでも出向くような
心積もりをしていかなければなりませんでしたが、
今は「あまり気乗りはしないが知人のトラブルをボランティアで手伝う」
ぐらいの気分だけで行くことができる。(絶妙にこういう気分)
へたすれば、実家よりは会社に居るほうが気が楽だと思う程度で、
精神的な圧迫感は、かなりなくなりました。ありがたいことです。

そして不思議なことに、これまで何ヶ月やってもできなかった作業が、
先の人事異動後の1~2ヶ月で、形を習得することができました。
滅多に信用されることがなかったのも最近は、「じゃあ、お願いね」と
私ひとりぐらいを残して上司の面々が昼食休憩(交代制)に入ることも
あまり躊躇われなくなりました。これはわりと嬉しいことでした。
できることが増えたり、些細でも頼られるケースが増えることは、
人間にとってはやはり間違いなく、幸せを感じる事象なのだろう。

ここへ来れたのは、私が何かを覚えようとする姿勢に対し、
周りの方々の寛容さと協力があったからなのです。
遅くなる とか 経費に無駄が出る とか いうことを一旦横において、
とりあえず見守っていただけることが多かったからです。
最近の数ヶ月で、このことを強く感じます。

要するにこれは、以前までの環境では
質問しても そっけなくされたり、「スピード遅くなるから、もういいよ」と
取りかかろうとした課題から追っ払われたりする事が多かったがために
元々の物覚えの悪さに、「覚える機会が少ない」という要素が加わって
悪循環を加速させていたのだ、という結論にならざるを得ません。

これは障害者相手ではなく、健常者の場合でも言えることだろうと
思うので書きます。
“新人にほとんど育成らしい経験を与えず即戦力だけを求めたりする時”
にも、このような構図が幾らかは当てはまるはずです。

その事態の中で、うっかり不器用を呈してしまった人々が
無用な挫折を迫られることのないように願いたいのです。心から。


この数ヶ月は、能率は相変わらず悪いですが、それでも
新しいことを覚えながら進歩を自分でも感じられることが楽しかったし、
そんなときに東京デートも数回あったし、服も買ったし、noteも始めたし、
今年の春は、まさに 小さな春爛漫 というところでした。

そして夏。
「あまり気乗りはしないが知人のトラブルをボランティアで手伝う」
という気分の繰り返し
に、マンネリを感じ始めているのも また事実です。

厳しくされてるときは、常に、「あの人に認められなければ」
という課題が影のように体に付き纏っていましたが、
その厳しさを見ることは 今は残念ながらほとんどありません。
何か工夫して刺激を取り入れなければならない段階に来ているかなぁ、
と思っています。まだ思いつかないので ここで立ち止まってみてますが。



…今日はとりあえず紅茶でも飲みたいなぁ。(切らしてます


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