漫画版日野香穂子という一度も勝利しない主人公と、彼女が17巻かけて勝ち得たものの話①


祝!!!!大学生編全キャラifルート実装決定!!!!!!!

金色のコルダシリーズ最新作、スターライトオーケストラが発表され大いにTLが湧きたつ今日この頃、全国100万人の金色のコルダファンのみなさんはいかがお過ごしだろうか。私は上記の記事の、

 また、月間LaLaにて連載中の漫画版「金色のコルダ 大学生編」、2021年6月よりifルートの開始が発表された。 火原、柚木、土浦、志水と結ばれる、「もしも」の世界が描かれる。

という文を100回くらい読み返しています。

そう、実は漫画版金色のコルダは2011年に本編が完結。その後2017年から続編である大学生編が開始している。本編はメインヒーローである「月森エンド」ともいえる内容で終わったが、今回の大学生編では各ヒーローと結ばれるifの世界が描かれるとのこと。つまり「僕たちは勉強ができない」方式である。やで、あじがたやあじがたや。呉先生がいらっしゃる方角に一日5回礼拝したい。


さて、そんな金色のコルダ大学生編だけれども、17年の連載開始時にはクラスタ内で激震が走った。それは

「あれで付き合ってないっていうんだからね あの二人」「だから、あの子はまだ月森くんのものではないわよ?」

という、香穂子の友人天羽のセリフである。



いやお前らまだ付き合ってなかったんかーーーーーーい!!!!!



あんなにお互いに想いを確認しあって!?!?!?!?

最終回でガッツリ抱きしめあっておいて!?!?!?

という風に、てっきり月森と付き合ってラブラブハッピーエンドだと思っていた読者は大いに驚かされたものである。

とはいえ、もう一回注意深く全17巻を読み返してみると、確かにこれは「付き合っていない」といわれてもおかしくないかもしれない。というよりも、漫画版金色のコルダ全17巻は、日野香穂子という主人公と、その運命の相手である月森の物語ではあるけれども、二人が恋をする物語ではなかったんじゃないか、というふうに思えてきたのだ。


日野香穂子という、一度も勝利することがない主人公


金色のコルダのあらすじを説明しておくと、主人公は音楽科と普通科のある学校に通う普通科の生徒、日野香穂子。ひょんなことから学院に住む「音楽の妖精」と出会った香穂子は、妖精に与えられた誰にでも弾くことが出来る魔法のヴァイオリンと共に、音楽家の才能溢れる強豪ひしめく学内コンクールに出場することになってしまう。その中で出会った同じ楽器、ヴァイオリンを弾くサラブレッドの天才、月森蓮との関係を主軸に漫画版は進んでいく。

ごく普通の少女が、あるきっかけから今まで全く興味のなかった音楽と出会う。最初はまったく気乗りがしないままコンクールに挑んでいたが、強烈な才能をもつライバルと出会い、どんどん音楽にのめりこんでいく…

このあらすじの中の「音楽」を他の競技やスポーツに置き換えて、思い浮かぶ作品は多くあるのではなかろうか。けれども、漫画版コルダがそれらの漫画と大きく異なる点が一つある。

それは、「主人公が作中で一回も勝利しない」ことである。

 

漫画版コルダにおける主人公、日野香穂子の戦績をまとめると、

第一セレクション……6位(最下位)
第二セレクション……2位 
第三セレクション……7位(最下位)
第四セレクション……7位(最下位) 

という、客観的に見れば負けっぱなしともいえる結果である。加えて言うならば、学内コンクールの後に挑んだ外部のコンクールでも、「入賞どころか特別賞にもひっかからなかった」と語られている。唯一第二セレクションの2位が良い成績ともいえるかもしれないが、この時は天才月森蓮がアクシデントで欠場した上、香穂子自身もいろいろあってそれを喜ぶことができるメンタル状況にはなく、とても華々しい勝利とはいえなかった。

とはいえ、これは当然の結果ではある。楽器の腕というものは人生をかけた上でそれでも実らないこともあるもので、いくら魔法によるバックアップがあったとしても、それを十何年も続けていた人にあっさり勝ってしまうのはありえない。漫画では素人の主人公が実は強烈な才能を秘めていて、それを短期間で開花させて勝利するものだけれど、とにかく日野香穂子は勝利しない。目に見えるわかりやすい成果を得ることが無い主人公だ。

であるならば、なぜ香穂子は音楽を続けるのか?それを語るうえで欠かせないエピソードが、一巻に収録されている第三話である。

うっかりコンクールに出場することになったものの、当初、香穂子は押し付けられたヴァイオリンを練習するやる気がまったく起きないばかりか、こそっとベンチに放置してなかったことにしようと画策する始末。結局それは第三者の介入によって果たせずに終わるのだが、その後に物語の中で最も重要な出会いがある。練習室に忘れ物をしたことに気が付いて取りに戻った際、運命の音楽に遭遇するのである。そこでは、優勝候補No.1と目されている音楽科のエース月森蓮が練習をしていた。

「知らなかった ヴァイオリンてこんな綺麗な音がするんだね」

練習室で偶然耳にしたアヴェ・マリアを聞いて、香穂子は初めて音楽の美しさに触れることになる。そして、

「あんな風に弾けたら楽しいだろうなあ」

という、ヴァイオリンを弾く目的を得るのである。漫画版コルダはコンクール編の第一部、魔法のヴァイオリンを失った後の第二部と大学生編に分かれているのだが、これは物語開始当初から一貫している香穂子の行動指針である。大学生編において香穂子は自らの想いを

「私なんて ただ月森くんと同じ舞台に立ちたいって ただそれだけだから」

と語っている。香穂子にとって、月森蓮のように綺麗な音楽を奏でたいということこそが一番の音楽を続ける理由なのだ。香穂子の音楽は、ある意味では、魔法のヴァイオリンではなく月森蓮から始まっているのである。


勝利というわかりやすい報酬が与えられなくても、それでも音楽の素晴らしさに囚われ、のめり込んでいく少女の物語が漫画版金色のコルダである。そして物語においてもっとも重要と言える存在が月森蓮なのだ。

その証拠に、香穂子が物語の上で迎える転機にはいつも月森の姿がある。

1部でコンクールに参加するうち、香穂子は音楽に対する理解を深めていく。それと共に、ライバルたち、とくに月森が、どれだけの努力と技術をもって音楽に向き合っているかも理解し始める。それに対して、魔法のヴァイオリンで底上げをしている自分は、あまりに不誠実なのではないだろうか?それを理解してしまったが最後、最初は「綺麗な音楽を奏でたい」という無邪気な願いだけで奏でることが出来たヴァイオリンに向き合うことが出来なくなってしまうのだ。

またふとしたきっかけにより、月森も香穂子がゲタを履かされている状態で演奏していることに気づいてしまう。月森は音楽に対して誰よりも、誠実すぎるほどに誠実である。少しだけ香穂子を認めかけていたところを、また拒絶してしまう。

「君を…認めることはできない」

その拒絶が、香穂子を追い詰めるところまで追い詰めてしまう。香穂子にとっては、月森こそが音楽を奏でる最大の理由だったからだ。失意の香穂子はヴァイオリンを手放し、コンクールを辞退する決意を固める。

練習をしていないことを問いただした土浦に詰問されても、教師である金澤に「すべてを失くしてからでは遅い」と諭されても、彼女が音楽を取り戻すには至らなかった。そんな香穂子だが、偶然思い出の曲であるアヴェ・マリアを耳にしたことによって、今までの道のりを思い出す。

始まりは確かに月森のように綺麗な音楽を奏でたいという気持ちだけだった。それでも、その後にコンクールを通して起きた様々な出来事が、確かに自分の中に残っている。それを通して、自分がヴァイオリンをただ好きになっていたことを自覚するのだった。


その後、本来の音楽を奏でる楽しさを取り戻した香穂子が猛練習を重ねた結果、ヴァイオリンの魔法が解けてしまい、彼女は魔法が解けたシンデレラのごとく演奏技術を失ってしまう。それでも、もう香穂子が揺らぐことはない。魔法を失っても誠実に音楽に向き合い続ける香穂子に月森が問いかける。

「好きなんだろう?ヴァイオリンが」

それに対して香穂子がこう答えたときに、ようやっと二人の関係は対等になったのである。

「好きだよ…ヴァイオリン弾くことが大好きだよ」


香穂子が勝ち得たものとはいったいなんだったのか


正直ここから最終セレクション終了!ハッピーエンド!!!だけでも成立するくらいここまでで綺麗にまとまっているのだが、この漫画には第二部が存在している。今まで香穂子が襲われた数々の試練は序盤のジャブにすぎず、本当の試練はここから始まるのである。

完全に吹っ切れた2部の香穂子は自身の目標たる月森に追いつくべく、猪突猛進で爆走していくのが面白い。月森が行く選抜合宿に潜入したり、月森が師事していた先生に突撃したり、コンクールに出たり、と。

だがしかし、ここで彼女にとって最大の試練が訪れる。月森の留学である。

真に音楽と向き合い月森を追いかけ続ける日々は、それすなわち己と月森のレベル差を思い知らされ続けるということである。とはいえ、月森が留学することそれ自体も多少の思うところはあれど香穂子はすんなりと受け入れることが出来た。初心者の自分と月森の立つ位置が違うことは最初から分かっていたことであり、その上で自分は月森を追いかけるという決意をしたのだから。

しかし、そんな香穂子が大きなショックを受ける事件が起こる。月森が留学に出発する日が、香穂子が月森に見にきてほしいと頼んだコンクールのまさに当日であり、そのことを前日まで知らされていなかったのだ。香穂子はそれによって、自分が月森を追いかけるようには、月森が自分を想ってはいないということを思い知らされてしまう。

自分がいくら相手を追いかけても、相手にとっては関係ない、それどころか相手は自分を置いて遠くに行ってしまうのかもしれない。

どうするのか。今までの道程を振り返るに、その答えは音楽しかないわけである。どんな事情があれ、その時その時の音楽を精一杯奏でること。それが自身が月森から受け取った最大のものであり、今の自分が唯一出来ることなのだから。

そうしてコンクールで弾き切った香穂子は、客席に来るはずのない月森を見つける。慌てて追いかけたところで、彼女はついに得ることに成功するのである、長らく求めていた言葉を。

「最後は…いい演奏だった」


それは香穂子にとって、コンクールで優勝する以上のこの上ない報酬だった。

「私…がんばるから」

香穂子の決意の言葉を背に、月森は留学へ旅立っていくのである。

ゲーム版の香穂子は、プレイヤーがゲームである以上全力で勝ちに行くため、突如現れた天災がコンクールを荒らし、その強烈な才能でもって攻略対象たちを引き付けていく物語であると私は解釈している。

対して、漫画版の香穂子は、もちろん短い期間である程度上達しているのだから、才能はあるのだけれど、それが示されることなくひたすらに努力を続けていく。あまりにも作中で輝かしく描写される月森の才能に追いつくことなんて難しいし、そもそも不可能かもしれない。それでもひたむきにあがき続ける少女、それが漫画版の香穂子である。

どちらがいいというわけでもなく、私はどちらも愛している。ルビー・パーティーの誇る上品さにあふれたゲーム版も、青春のきらめき輝く漫画版もそれぞれの良さがある。それこそ、「がんばっている女の子は輝いている」のだ。


ここまで語ったところで、長くなりすぎてしまったのでこの辺で。当の香穂子の目標たる月森蓮は何を思っていたのかは、②で!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?