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逆転の秋 - 短編小説

紅葉谷村は、四方を険しい山々に囲まれた秘境の地だった。村の中心には樹齢千年を超える大楓があり、その幹には無数の刻み目が刻まれていた。それは、過去に力を得た者たちの記録だった。

美咲は、19歳の誕生日を迎えたばかりだった。彼女は村で最も若い大人として、毎朝、大楓の世話をする役目を担っていた。その日、美咲が大楓の落ち葉を掃いていると、一枚の紅葉が彼女の頭上から舞い降りてきた。それは通常の紅葉とは違い、まるで血のように赤く、そして淡く光を放っていた。

美咲の手が震えた。この瞬間を、彼女は3年間待ち望んでいたのだ。

3年前、美咲は親友の結衣と取り返しのつかない喧嘩をした。発端は些細なことだった。美咲が結衣の日記を勝手に読んでしまい、そこに書かれていた秘密の恋心を村中に広めてしまったのだ。結衣は激怒し、美咲を許さなかった。そして翌日、結衣は荷物をまとめ、誰にも告げずに村を出て行った。

それ以来、美咲は自分を責め続けていた。結衣の両親は毎日のように娘の行方を探し、村人たちは美咲を冷ややかな目で見るようになった。美咲は孤独感に苛まれ、毎日が生き地獄だった。

「これで、あの日に戻れる」美咲は呟いた。彼女の手には、赤く輝く紅葉の葉が一枚。それが、過去を変える力の象徴だった。

美咲は目を閉じ、3年前のあの日を思い浮かべた。紅葉が風に舞う中、彼女の意識は過去へと飛んでいった。

目を開けると、そこには16歳の自分がいた。結衣の日記を手に取ろうとしている場面だった。美咲は急いで過去の自分に駆け寄った。

「やめて!」美咲は叫んだ。過去の自分は驚いて振り返った。「その日記を読んではダメ。それは結衣の大切な秘密なの」

過去の美咲は困惑した様子で尋ねた。「あなたは誰?なぜ私のことを知っているの?」

美咲は深呼吸をして、真摯に語り始めた。「私はあなたの未来の姿。もしその日記を読んでしまえば、結衣との友情は永遠に失われてしまう。そして、あなたは3年間、後悔し続けることになる」

過去の美咲は信じられない表情を浮かべたが、未来の自分の切実な訴えに心を動かされた。彼女は日記を元の場所に戻し、その場を立ち去った。

美咲はほっと胸をなでおろした。しかし、その瞬間、彼女の体が透き通り始めた。

「何が起こっているの?」美咲は混乱した。

突然、彼女は現在へと引き戻された。目の前には村の長老、智子が立っていた。智子は百歳を超える老婆で、村の歴史書の管理人でもあった。

「美咲、お前は過去を変えた。だが、それには代償がある」智子は厳しい表情で言った。

美咲は周りを見回した。村は変わっていなかったが、何かが決定的に違っていた。彼女の記憶の中に、ある人物の存在が薄れていくのを感じた。

「結衣...彼女はどこ?」美咲は叫んだ。

智子は悲しげに首を振った。「結衣はもういない。お前が過去を変えたことで、彼女は別の道を選んだ。結衣は村を出て、都会で夢を追いかけた。しかし、2年前の大地震で命を落とした」

美咲は膝から崩れ落ちた。彼女の行動が、親友の命を奪ったのだ。村を出なければ、結衣は生きていたはずだった。

「どうすれば...どうすれば元に戻せる?」美咲は涙ながらに訊いた。

智子は静かに答えた。「すべてを元に戻す方法はある。だが、それには己の最も大切なものを捨てなければならない」

美咲は苦悶の表情を浮かべた。最も大切なもの。それは結衣との思い出だった。幼い頃から一緒に過ごした時間、互いの秘密を打ち明けた夜中の会話、将来の夢を語り合った日々。それらすべてを失うことは、自分自身の一部を失うようなものだった。

しかし、結衣の命を救うためなら...

「わかりました」美咲は決意を固めた。「私は、結衣との思い出を捨てます」

智子は頷き、美咲の額に手を当てた。一瞬、まばゆい光が走った。美咲の脳裏に、結衣との思い出が走馬灯のように駆け巡る。そして、それらは徐々に霧散していった。

目を開けると、美咲は元の世界に戻っていた。村は以前と変わらず、平和そのものだった。結衣は生きていて、村で暮らしていた。しかし、美咲の中で結衣は"知らない人"になっていた。

数日後、美咲は結衣とすれ違った。二人の目が合い、なぜか懐かしさを感じた。

「こんにちは」結衣が笑顔で挨拶した。

「こんにちは」美咲も笑顔で返した。

二人は知らぬ間に、新たな絆を結び始めていた。過去は変わり、思い出は失われたが、新しい可能性が生まれていた。

その夜、美咲は大楓の下に座り、星空を見上げていた。そこに智子が近づいてきた。

「美咲、お前は大きな犠牲を払った」智子は静かに語りかけた。「しかし、それはお前だけのものではない。結衣もまた、お前との大切な思い出を失った。二人の絆は、運命によって一度は断ち切られたのだ」

美咲は驚いて智子を見つめた。「では、私たちはもう二度と...」

智子は微笑んだ。「いや、そうではない。運命と自由意志は、常に綱引きをしている。お前たちには、新たな絆を紡ぐ自由がある。それは、以前とは違う形かもしれないが、きっと素晴らしいものになるだろう」

美咲は深く考え込んだ。彼女は大切な思い出を失ったが、同時に後悔という重荷からも解放された。そして何より、結衣の命が救われたのだ。

「新しい始まり...」美咲は呟いた。

智子は頷いた。「そうだ。お前の選択は、新たな可能性を開いた。これからは、過去ではなく未来を見つめるのだ」

美咲は立ち上がり、決意に満ちた表情で村を見渡した。明日から、彼女は結衣と新たな関係を築いていく。それは困難かもしれないが、同時にわくわくするような挑戦でもあった。

紅葉が舞い落ちる中、美咲は微笑んだ。選択には重さがあり、時に大きな犠牲を伴う。しかし、そこから生まれる成長こそが、人生の真髄なのだと、彼女は悟ったのだった。

そして、大楓の新たな葉が芽吹く頃、美咲と結衣の新しい物語が始まろうとしていた。

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