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社内潜入:消えた経営者の謎

第1章 突然の失踪

東京の高層ビル群が朝日に輝く中、佐藤雄一は急ぎ足で本社ビルに向かっていた。大手IT企業「テックイノベーション」の中堅社員である彼の頭の中は、今日のプロジェクト会議の最終確認でいっぱいだった。

エレベーターに乗り込み、25階のボタンを押す。ドアが閉まる直前、「ちょっと待って!」という声と共に細い腕が差し込まれた。

「ああ、藤田さん、おはようございます」

同じ部署の先輩である藤田美咲が息を切らせながら滑り込んできた。

「佐藤くん、大変よ!」彼女は声を潜めて言った。「今朝、緊急の全体ミーティングがあるって」

「え?どういうことですか?」

「詳しいことはわからないけど、何か重大な発表があるみたい」

雄一は眉をひそめた。通常、全体ミーティングは週の始めに行われる。今日は水曜日だ。

エレベーターが25階で開くと、オフィスは普段とは明らかに違う空気に包まれていた。社員たちが小さな群れを作って、興奮した様子で何かを話し合っている。

「何が起きているんだ?」雄一は自分の席に向かいながら、周囲の様子を窺った。

その時、人事部長の山田が大きな声で告げた。「皆さん、会議室に集合してください。緊急の全体ミーティングを行います」

会議室に入ると、既に経営陣が揃っていた。しかし、一つだけ目立つ空席があった。社長の椅子だ。

取締役の一人、中村が前に立ち、深刻な表情で切り出した。

「皆さん、大変残念なお知らせがあります」

会議室内に緊張が走る。

「昨夜より、高橋社長と連絡が取れなくなっております」

ざわめきが起こる中、中村は続けた。「警察にも届け出を行いましたが、現時点で社長の所在は不明です。我々は全力を挙げて捜索を行っておりますが、皆様にもご協力をお願いしたいと思います」

雄一は唖然としていた。高橋社長は、テックイノベーションを一代で築き上げた立志伝中の人物だ。その社長が突然姿を消すなんて、信じられない。

「社長の失踪に関する情報は、厳重に管理してください。マスコミへの対応は広報部が一括して行います」

中村の言葉に、社員たちは重々しくうなずいた。

ミーティングが終わり、雄一が席に戻ると、デスクの上に一枚の付箋が貼られていた。

「18時、喫煙所で」

署名はなかったが、雄一はその筆跡を知っていた。開発部の先輩で、最近社長付きのプロジェクトに携わっていた鈴木健太郎の文字だった。

雄一は時計を見た。まだ10時だ。長い一日になりそうだ。

第2章 闇の序章

その日の夕方、雄一は指定された喫煙所に向かった。鈴木健太郎が一人、窓の外を見つめていた。

「鈴木さん」

健太郎は振り返り、雄一を見つめた。その目には普段見せない緊張の色が浮かんでいた。

「佐藤、来てくれてありがとう」健太郎は周囲を確認してから、小さな声で続けた。「実は...社長の失踪、ただの事故じゃないと思うんだ」

雄一は息を呑んだ。「どういうことですか?」

「最近、社長付きのプロジェクトで気になることがあってね。会社の中に...何か問題があるみたいなんだ」

健太郎はポケットからUSBメモリを取り出した。「これを預けたいんだ。社長から託されたものなんだけど...俺、明日から海外出張なんだ。長期になりそうで」

雄一は戸惑いながらもUSBメモリを受け取った。「僕に...ですか?」

「君なら信頼できると思ったんだ。このUSBの中身を見て、真相を突き止めてほしい。でも気をつけて。誰も信用しちゃダメだ」

「でも、警察に...」

「警察では手遅れになる可能性がある。内部の人間でないと、この状況を把握できないんだ」

突然、喫煙所のドアが開く音がした。健太郎は素早く身を隠した。

「佐藤くん、まだいたの?」藤田美咲の声だった。

雄一は慌てて振り返る。「あ、ちょっと...」

美咲は不思議そうな顔をしたが、それ以上は追及しなかった。「みんな帰りの準備してるわよ」

雄一はポケットのUSBメモリを握りしめ、深呼吸をした。彼の平凡だった日常が、今、大きく変わろうとしていた。

その夜、雄一は自宅のアパートで落ち着かない様子で部屋を行ったり来たりしていた。ポケットの中のUSBメモリが、まるで燃えるように熱く感じられた。

「見るべきか、見ないべきか...」

数時間の葛藤の末、雄一は決心した。彼はデスクトップを開き、USBメモリを差し込んだ。

画面に現れたのは、暗号化されたファイルだった。パスワードを要求している。

「くそっ」雄一は舌打ちした。しかし、すぐに思い当たることがあった。高橋社長が常々口にしていた言葉...

「イノベーションは挑戦から生まれる」

試しにそれをパスワード欄に入力すると、画面が切り替わった。

そこには膨大な量のデータが。財務報告書、メールのやり取り、そして...内部告発のような文書の数々。

雄一は夜通し資料に目を通した。そこから浮かび上がってきたのは、テックイノベーション内部で行われていた不正の数々。架空取引、裏金作り、そして産業スパイ活動まで。

「なんてこと...」

朝日が差し込み始める頃、雄一は全てを把握した。高橋社長は、この不正を暴こうとしていたのだ。そして、それを阻止しようとする者たちによって、社長は姿を消された...

雄一は震える手で携帯電話を取り出した。鈴木健太郎に連絡を取ろうとしたが、電話はつながらない。

その時、玄関のドアをノックする音が響いた。

「佐藤さん、警察です。お話を伺いたいのですが」

雄一の心臓が高鳴る。警察?なぜ?

慎重にドアを開けると、二人の刑事が立っていた。

「佐藤雄一さんですね。高橋社長の失踪に関連して、お聞きしたいことがあります」

雄一は平静を装いながら答えた。「はい、何でしょうか」

「昨日、社長付きプロジェクトの鈴木健太郎さんと接触があったそうですね」

雄一は一瞬、言葉に詰まった。どうしてそれを...?

「ええ、ありました。何か問題でも?」

刑事の一人が言った。「鈴木さんが今朝、出張先に向かう途中の空港で突然倒れました。最後に目撃されたのが、あなたとの接触の後でした」

雄一の頭の中が真っ白になる。健太郎が...?

「私たちに話せることはありませんか?」もう一人の刑事が尋ねた。その目は鋭く、雄一の反応を観察しているようだった。

雄一は一瞬のうちに決断を下した。「特に...何も」

刑事たちは怪訝な表情を浮かべたが、それ以上の追及はなかった。

「では、また連絡させていただきます」

ドアが閉まると同時に、雄一は深いため息をついた。彼は今、大きな選択を迫られていた。真実を追求するか、それとも...

携帯電話が震えた。差出人不明のメッセージ。

「君の選択が、全てを左右する」

雄一は決意を固めた。彼は真実を追求する道を選んだのだ。

第3章 蜘蛛の巣を紡ぐ

翌日、雄一は慎重に行動した。オフィスでは普段通りに振る舞い、同僚たちの様子を観察した。誰もが社長の失踪について話していたが、その中に不自然な態度を示す者はいないだろうか。

昼食時、雄一は会社を抜け出し、近くの公園のベンチに座った。周囲を確認しながら、携帯電話を取り出す。鈴木健太郎の番号にもう一度電話をかけるが、やはり応答はない。

「どうすれば...」

雄一は頭を抱えた。そのとき、背後から声がした。

「佐藤くん、こんなところで何してるの?」

振り返ると、藤田美咲が立っていた。雄一は動揺を隠しながら答えた。

「ああ、藤田さん。ちょっと頭を冷やしに」

美咲は雄一の隣に座った。「みんな緊張してるわね。社長の件で」

雄一は慎重に言葉を選んだ。「ええ、大変なことになりましたね」

美咲は雄一をじっと見つめた。「佐藤くん、あなた何か知ってるんじゃない?」

雄一の心臓が高鳴る。「え?どういうことですか?」

「昨日、鈴木さんと会ってたでしょう?」美咲の目が鋭く光る。「警察が来てたみたいだけど」

雄一は平静を装った。「ああ、はい。でも特に...」

美咲は急に表情を和らげた。「ごめんね、しつこく聞いて。みんな神経質になってるのよ」

彼女は立ち上がり、雄一に背を向けた。「でも、気をつけた方がいいわ。この会社、見えない目がたくさんあるから」

その言葉を残して、美咲は去っていった。雄一は彼女の背中を見つめながら、心の中で問いかけた。「味方?それとも敵?」

午後、雄一はデスクに戻り、通常業務をこなしながら、こっそりとUSBの内容を精査し始めた。財務データの不自然な動き、海外子会社との不透明な取引、そして...

「これは...」

雄一は息を呑んだ。画面に映し出されたのは、取締役の中村と、ある外国企業の幹部との密会の写真だった。日付は、高橋社長が失踪する2日前。

突然、肩に手が置かれた。

「佐藤君、ちょっといいかな」

振り返ると、人事部長の山田が立っていた。その表情は、普段の柔和さを失っていた。

「はい、何でしょうか」

「ちょっと、個室で話がしたい」

雄一は冷や汗を感じながら立ち上がった。山田に導かれ、小さな会議室に入る。ドアが閉まる音が、妙に大きく響いた。

「佐藤君、君は優秀な社員だ」山田は椅子に座りながら言った。「だからこそ、君にはわかってほしい」

「何をですか?」

「この会社の...複雑さをだ」山田の目が鋭く光る。「高橋社長は素晴らしい経営者だった。しかし、時代に合わなくなっていたんだ」

雄一は動揺を隠しきれない。「それは...」

「我々には、会社を守る責任がある」山田は続けた。「時には、難しい決断も必要になる」

雄一は喉が渇くのを感じた。山田の言葉の意味するところは...

「佐藤君、君はどう思う?」山田が問いかけてきた。「この会社の未来のために、君は何をする?」

雄一は一瞬、言葉を失った。しかし、すぐに決意が固まる。

「私は...真実のために戦います」

山田の表情が凍りついた。「残念だ。君のような人材を失うのは」

突然、ドアが開いた。

「山田さん、そこまでです」

声の主は、藤田美咲だった。彼女の背後には、警察の刑事たちの姿があった。

「藤田...お前」山田の顔が歪んだ。

美咲は雄一に向かって言った。「佐藤くん、あなたの勇気に感謝します。私たち、ずっとこの不正を追っていたの」

雄一は混乱しながらも、状況を把握しようとした。「藤田さん、あなたは...」

「内部調査チームよ」美咲は微笑んだ。「高橋社長の指示で、密かに動いていたの」

その瞬間、雄一の携帯が鳴った。画面に表示された名前に、彼は驚きの声を上げた。

「高橋社長...?」

第4章 真実の行方

雄一の手が震える。携帯電話の画面には確かに「高橋社長」の名前が表示されている。彼は深呼吸をして電話に出た。

「も、もしもし?」

「佐藤君か」電話の向こうから、高橋社長の落ち着いた声が聞こえた。「君の勇気に感謝する。今すぐに、秋葉原駅の北口に来てくれないか。全てを説明しよう」

電話が切れる。雄一は混乱した様子で周りを見回した。

美咲が優しく微笑んだ。「行きなさい、佐藤くん。私たちがここの後始末はするわ」

雄一は頷き、急いでオフィスを出た。

秋葉原駅に到着すると、そこには高橋社長と鈴木健太郎が待っていた。雄一は驚きを隠せない。

「社長...鈴木さん...」

高橋社長は微笑んだ。「佐藤君、よく来てくれた。君の協力のおかげで、我々の計画は成功したよ」

「計画...というと?」

鈴木が説明を始めた。「実は、社長の失踪も、僕の入院も全て演技だったんだ。会社内部の腐敗を暴くための作戦だった」

高橋社長が続けた。「私は以前から、会社内部に不正があることを疑っていた。しかし、証拠を掴むことができなかった。そこで、私が姿を消すことで、彼らの動きを誘発しようと考えたんだ」

「でも、なぜ僕に...?」雄一は困惑した様子で尋ねた。

「君の誠実さと能力を信頼していたからだ」高橋社長は真剣な眼差しで答えた。「そして、君が外部の人間から見れば、さほど目立たない存在だったからこそ、この作戦に適していた」

鈴木が付け加えた。「僕たちは、君が正しい選択をすると信じていたんだ」

雄一は複雑な思いに包まれた。「では、藤田さんも...」

「ああ、彼女も我々のチームの一員だ」高橋社長は頷いた。「彼女の演技力には感心させられたよ」

高橋社長はポケットから小さな記録装置を取り出した。「これに、山田との会話が録音されている。彼の自白と言っていいだろう」

「で、では次は...」

「そうだ」高橋社長の表情が引き締まる。「いよいよ最後の段階だ。中村たちを追い詰める」

その時、雄一のスマートフォンに通知が入った。会社の緊急ニュース。

「速報:テックイノベーション株式会社 高橋社長失踪事件に進展 複数の役員が関与か」

高橋社長が静かに言った。「始まったようだな」

鈴木が雄一に向かって言った。「佐藤、最後まで我々と一緒に戦ってくれるか?」

雄一は迷わず答えた。「はい、もちろんです」

高橋社長が満足げに頷いた。「よし、それでは作戦の詳細を説明しよう。我々には、あと48時間しかない」

3人は近くのカフェに入り、作戦会議を始めた。雄一の心の中で、不安と期待が交錯する。これから起こる出来事が、彼の人生を大きく変えることになるだろう。そして、テックイノベーションの未来も...

第5章 最後の戦い

カフェのテーブルに広げられた資料を前に、高橋社長が話し始めた。

「我々の目的は二つ。一つは中村たちの不正の証拠を確実なものにすること。もう一つは、彼らが計画している大規模な情報漏洩を阻止することだ」

鈴木が補足する。「情報漏洩というのは、我が社の最新技術を海外の競合他社に売り渡すという計画だ。これが実行されれば、会社の存続にも関わる」

雄一は息を呑んだ。「そんな...どうやって阻止するんですか?」

高橋社長は雄一をじっと見つめた。「君の役割が最も重要になる。中村たちは君を信用していない。だからこそ、君が彼らの監視の目をかいくぐれる可能性が高いんだ」

「具体的には...?」

「明日の取締役会を利用する」高橋社長は静かに言った。「君は会議の準備を手伝う形で、会議室に入れるはずだ。そこで、彼らのパソコンにこの特殊なUSBを挿入してほしい」

高橋社長がポケットから取り出したのは、一見普通のUSBメモリだった。

鈴木が説明を加えた。「このUSBには、彼らのデータを抽出し、同時に情報漏洩を防ぐプログラムが仕込まれている。挿入後、30秒で全ての処理が完了する」

雄一は不安そうな表情を浮かべた。「でも、もし見つかったら...」

「その時は、即座に身柄を拘束する手はずは整っている」高橋社長は断言した。「警察とも連携済みだ」

鈴木が雄一の肩に手を置いた。「心配するな。我々が全力でバックアップする」

雄一は深呼吸をした。「わかりました。やります」

高橋社長が満足げに頷いた。「よし、では細かい手順を確認しよう」

3人は夜遅くまで作戦の詳細を詰めた。

翌日、雄一は緊張した面持ちで出社した。普段通り仕事をこなしながら、チャンスを待つ。

午後2時、ついに取締役会の準備が始まった。雄一は資料を持って会議室に向かう。

会議室に入ると、中村を含む数人の取締役がすでに席についていた。雄一は平静を装いながら、資料を配布し始める。

「ありがとう、佐藤君」中村が言った。「君がいてくれて助かるよ」

雄一は微笑みを返しながら、中村のパソコンに近づく。そして、さりげなくUSBを挿入した。

心の中で30秒をカウントダウンする雄一。「29...28...27...」

突然、会議室のドアが開いた。

「おや、準備は順調かな?」

現れたのは、高橋社長だった。

中村の顔が驚きで歪む。「高橋...!」

高橋社長は悠然と会議室に入ってきた。「やあ、諸君。久しぶりだね」

雄一は動揺を隠しながら、USBを抜き取る。「10...9...8...」

中村が立ち上がった。「どういうことだ、高橋!」

「どういうことも何も」高橋社長は冷静に答えた。「私が戻ってきただけだよ」

「3...2...1...」

雄一のスマートフォンが振動した。成功の合図だ。

その瞬間、警察が会議室に突入してきた。

「中村常務、あなたを産業スパイ容疑で逮捕します」

混乱の中、雄一は深いため息をついた。長い戦いが、ついに終わりを告げようとしていた。

エピローグ

1ヶ月後、テックイノベーションの臨時株主総会が開かれた。

高橋社長が壇上に立つ。

「株主の皆様、このたびは多大なるご心配とご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありませんでした」

高橋社長は深々と頭を下げた。

「しかし、この騒動を通じて、我が社の問題点が明らかになり、そして同時に、我が社の底力も示すことができたと考えております」

会場にざわめきが起こる。

「我々は、この経験を糧に、より強固なガバナンス体制を構築し、さらなる飛躍を遂げる所存です」

高橋社長の目が、会場の後方に立つ雄一に向けられた。

「そして、この困難を乗り越えるために尽力してくれた社員たちこそが、我が社の最大の財産です」

雄一は静かに頷いた。彼の隣には、藤田美咲と鈴木健太郎の姿があった。

株主総会が終わり、雄一が会場を出ようとしたとき、高橋社長が近づいてきた。

「佐藤君、ちょっといいかな」

「はい、社長」

高橋社長は雄一の肩に手を置いた。「君には感謝してもしきれない。これからの君の未来が、輝かしいものになることを確信しているよ」

雄一は深く息を吐いた。この1ヶ月の出来事が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

彼は空を見上げた。青い空に、白い雲がゆっくりと流れている。

新しい時代の幕開けだ。テックイノベーションと共に、彼の人生も新たなステージへと踏み出そうとしていた。

雄一は微笑んだ。未来は、きっと明るい。

(完)

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