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異世界探偵と時空を超えた恋-中編小説

第1章:霧の向こう側

東京の下町、雨に煙る路地裏。探偵事務所「佐藤探偵事務所」の看板が、薄暗い夜空に浮かんでいた。窓から漏れる灯りが、湿った空気を僅かに照らしている。

佐藤勇太は、デスクに山積みされた書類の中から顔を上げ、疲れた目をこすった。彼の前には、最新の依頼に関する写真と メモが散らばっている。

「やれやれ、また厄介な案件か」

彼は溜息をつきながら立ち上がり、コートを羽織った。湯気の立つコーヒーを一口飲み干し、探偵帽を被る。鏡に映る自分の姿を確認すると、勇太は口角を少し上げた。

「さて、行くか」

雨の中、勇太は依頼人との待ち合わせ場所へと足を進めた。街灯の光が雨滴に反射し、幻想的な雰囲気を醸し出している。しかし、彼の頭の中は次の仕事のことで一杯だった。

待ち合わせ場所に着くと、そこには不安そうな表情の中年男性が立っていた。男性は勇太を見るなり、慌てて近寄ってきた。

「佐藤探偵さんですね?お願いです、私の娘を...」

その瞬間だった。突如、世界が歪み始めた。街灯の光が渦を巻き、地面が波打つように揺れる。勇太は混乱し、バランスを崩した。

「な...何だ...これは...」

意識が遠のく中、勇太は自分の体が何かに吸い込まれていくのを感じた。そして、完全な闇に包まれた。

* * *

「ん...」

勇太は、柔らかな草の感触と鳥のさえずりで目を覚ました。まぶしい陽光が瞼を通して差し込む。ゆっくりと目を開けると、そこは信じられない光景だった。

青々とした草原が一面に広がり、遠くには鮮やかな緑の森。空は想像もつかないほど澄んでいて、白い雲がゆったりと流れている。

勇太は慌てて立ち上がり、周囲を見回した。東京の雑踏は消え、代わりに牧歌的な風景が広がっている。遠くには、中世ヨーロッパを思わせる石造りの塔が見える。

「これは...夢か?」

自分の腕をつねってみるが、痛みはリアルだった。混乱する勇太の耳に、突然悲鳴が聞こえてきた。

「誰か、助けて!」

反射的に声のする方へ走り出す。小さな丘を越えると、そこには恐ろしい光景が広がっていた。

若い女性が、巨大な獣に追いかけられていたのだ。獣は狼のような姿をしているが、普通の狼の倍以上はある。そして、その目は不気味な赤い光を放っている。

「くそっ...」

勇太は躊躇なく女性の元へ駆け寄った。探偵という職業柄、護身術には自信がある。しかし、この化け物のような獣を相手に、果たして太刀打ちできるだろうか。

「こっちだ!」

勇太は女性の手を掴み、最寄りの木立へと駆け込んだ。獣は彼らの後を追って来る。木々の間を縫うように走りながら、勇太は周囲を必死に観察した。何か、武器になるものはないか...。

そのとき、目に入ったのは地面に落ちていた一本の枝だった。それを拾い上げ、勇太は女性に言った。

「木の後ろに隠れていてください。俺が奴の注意を引きつけます」

女性は怯えた表情で頷き、指示通りに隠れた。勇太は深呼吸し、獣と向き合った。

獣は低い唸り声を上げながら、ゆっくりと近づいてくる。勇太は枝を両手で握り締め、獣の動きを注視した。獣が飛びかかってきた瞬間、勇太は身を翻し、枝で獣の脇腹を強打した。

「うおおっ!」

予想以上の衝撃に、勇太は腕の痺れを感じた。しかし獣も怯んだようで、一瞬たじろいでいる。その隙に、勇太は再び攻撃を仕掛けた。

獣との死闘は数分間続いた。勇太の服は獣の爪に引き裂かれ、体のあちこちに傷を負っている。しかし、なんとか獣を撃退することに成功した。

獣は苦しげな鳴き声を上げながら、森の奥深くへと逃げていった。

「はぁ...はぁ...」

勇太は膝をつき、肩で息をしながら獣の去っていった方向を見つめていた。

「大丈夫ですか!?」

隠れていた女性が駆け寄ってきた。彼女の目は心配と感謝の色で潤んでいる。

「ええ...なんとか」勇太は苦笑いを浮かべながら立ち上がった。「あなたは怪我はありませんか?」

女性は首を振った。「私は大丈夫です。でも、あなたが...」

その時、馬のいななきが聞こえてきた。森の向こうから、甲冑に身を包んだ騎士たちが現れたのだ。

騎士たちは二人を見るなり、馬から降りて駆け寄ってきた。

「無事でよかった」騎士の一人が女性に向かって言った。「姫様、みんなで必死に探していたのです」

勇太は驚いて女性を見た。姫...だと?

騎士たちは次に勇太に注目した。「あなたは...?姫様を助けてくれたのですか?」

勇太は状況を理解しようと必死だった。姫、騎士、そして先ほどの化け物のような獣。これが現実だとしたら、自分はもはや日本にはいないのかもしれない。

深呼吸をして、勇太は冷静に答えた。「はい、偶然通りかかって...。私は佐藤勇太と申します。ここがどこなのか、教えていただけませんか?」

騎士たちは不思議そうな顔をしたが、姫が口を開いた。

「ここはアルカディア王国です。勇太様、私を救ってくださって本当にありがとうございます。きっと、父上もあなたにお会いしたいと思うはずです」

勇太は困惑しながらも、姫の言葉に頷いた。アルカディア王国...。どうやら、自分は本当に異世界に来てしまったようだ。

「では、私たちと一緒に王都へ参りましょう」姫は微笑みながら言った。「きっと、素晴らしい冒険が待っているはずです」

勇太は深く息を吐き出した。探偵としての直感が、これから起こる大きな出来事を予感させる。異世界での新たな人生が、今まさに始まろうとしていた。

第2章:王都の謎

アルカディア王国の王都は、勇太の想像を遥かに超える壮麗さだった。高くそびえる白亜の城壁、色とりどりの旗が風になびく塔、そして空中を漂う不思議な光の球。全てが新鮮で、勇太の心は興奮と緊張で高鳴っていた。

騎士団に護衛され、勇太と姫は王宮へと向かう。道中、街の人々は好奇心に満ちた眼差しで勇太を見つめていた。彼の服装や振る舞いが、明らかにこの世界の者とは違うことは一目瞭然だった。

王宮に到着すると、彼らは豪華な謁見の間へと案内された。そこには、威厳に満ちた表情の国王アーサーが座していた。

「我が娘を救ってくれたそうだな、若者よ」

国王の声は低く、しかし部屋中に響き渡った。勇太は一瞬たじろいだが、すぐに姿勢を正した。

「はい、陛下。佐藤勇太と申します。お嬢様のお役に立てて光栄です」

国王はじっと勇太を観察してから、ゆっくりと微笑んだ。「遠い国から来られたそうだな。その勇気と機転は、我が国にとって貴重な才能となるだろう」

そして、勇太は思いもよらない提案を受けた。アルカディア王国の特別顧問探偵として、王国に仕えないかというのだ。

「しかし、陛下。私はこの世界のことをほとんど知りません」勇太は率直に答えた。

国王は大きく頷いた。「だからこそ、君の新鮮な視点が必要なのだ。我が国には、解決できない謎が山積みなのだよ」

勇太は深く考え込んだ。確かに、この世界で探偵として活動することは、自分の能力を最大限に生かせる方法かもしれない。そして何より、この不思議な世界の真実に迫れる可能性がある。

「分かりました、陛下。お引き受けいたします」

国王は満足げに頷き、すぐさま勇太に最初の任務を言い渡した。それは、王女エリザベスの婚約指輪の盗難事件だった。

「この指輪は、我が国の守護霊が宿る貴重な品なのだ。必ず見つけ出してほしい」

勇太は真剣な表情で頷いた。「全力を尽くします」

調査を開始した勇太は、まず事件現場となった宝物庫を訪れた。そこで彼は、宮廷魔術師のモーガンと出会う。

長い金髪と神秘的な碧眼を持つ彼女は、まるで絵画から抜け出してきたかのような美しさだった。しかし、その目には鋭い知性の光が宿っていた。

「あなたが噂の異世界の探偵ですね」モーガンは微笑みながら言った。「私にできることがあれば、何でも協力させていただきます」

勇太は彼女の魅力に一瞬気を取られたが、すぐにプロフェッショナルとしての態度を取り戻した。

「ありがとうございます。では、婚約指輪が保管されていた場所の様子を詳しく教えていただけますか?」

モーガンは丁寧に説明を始めた。指輪は魔法の結界で守られており、それを解除できるのは限られた人物だけだという。

「犯人は、高度な魔法を使える者に違いありません」モーガンは真剣な表情で言った。

勇太は眉をひそめた。「となると、容疑者の範囲はかなり絞られますね」

二人は協力して調査を進めていった。宝物庫の隅々まで調べ、関係者への聞き込みを行う。しかし、決定的な証拠は見つからない。

日が暮れ、勇太は自室で事件の全容を整理していた。壁に貼られた地図やメモを眺めながら、彼は深く考え込んでいる。

そのとき、ノックの音が聞こえた。

「どうぞ」

ドアが開き、モーガンが部屋に入ってきた。彼女の表情には、何か言いづらそうな雰囲気が漂っている。

「勇太さん、あなたにお話ししたいことがあります」

彼女の声には、僅かな震えが混じっていた。勇太は勇太は椅子から立ち上がり、モーガンを部屋の中へと招き入れた。彼女の緊張した様子に、勇太の探偵としての直感が鋭く反応する。

「どうぞ、座ってください」勇太は優しく言った。「何かお茶でもいかがですか?」

モーガンは首を横に振り、深呼吸をした。「ありがとうございます。でも大丈夫です」

彼女は窓際に立ち、夜空を見上げた。月明かりが彼女の横顔を柔らかく照らしている。勇太は、モーガンの美しさに再び心を奪われそうになったが、すぐに我に返った。

「モーガンさん、何か分かったことがあるんですか?」

モーガンはゆっくりと勇太の方を向いた。その瞞には、決意と恐れが入り混じっているように見えた。

「勇太さん...私、本当は全てを知っているんです」

勇太は息を呑んだ。「全てを...?それはつまり...」

モーガンは頷いた。「はい。婚約指輪の盗難について、私が知っているんです」

部屋の空気が一瞬で張りつめた。勇太は慎重に言葉を選びながら尋ねた。

「それは...あなたが盗んだということですか?」

モーガンは苦しそうな表情を浮かべた。「違います。でも...私はその現場を目撃したんです」

勇太は黙って彼女の話を聞く姿勢を示した。モーガンは深く息を吐き出し、話し始めた。

「あの日、私は夜遅くまで魔法の研究をしていました。そのとき、宝物庫から物音がしたので、確認しに行ったんです」

彼女の声は震えていた。「そこで私は...王女様の婚約者であるレオン王子が、指輪を盗むところを目撃してしまったんです」

勇太は驚きを隠せなかった。「レオン王子が...?しかし、なぜ彼がそんなことを?」

モーガンは悲しげに微笑んだ。「レオン王子は...実は隣国のスパイなんです。彼は結婚を利用して、アルカディア王国を乗っ取ろうとしているんです」

勇太は眉をひそめた。「なぜ今まで黙っていたんですか?」

「怖かったんです」モーガンは涙ぐみながら答えた。「レオン王子は強大な力を持っています。彼に逆らえば、私の家族や大切な人たちが危険に晒されるかもしれない...」

勇太は深く考え込んだ。モーガンの話が真実なら、これは単なる盗難事件ではなく、王国の存亡に関わる大事件だ。しかし、証拠がない。

「モーガンさん」勇太は真剣な眼差しで彼女を見つめた。「あなたの話を信じます。でも、レオン王子を告発するには証拠が必要です」

モーガンは頷いた。「分かっています。だから...私、協力します。レオン王子の正体を暴くために」

勇太は決意を固めた。「よし、一緒に真実を明らかにしましょう」

その瞬間、二人の間に奇妙な空気が流れた。互いの目を見つめ合う中で、信頼と何か別の感情が芽生えつつあることを、二人とも感じていた。

しかし、今はそんな感情に浸っている場合ではない。勇太は気を取り直し、作戦を練り始めた。

「まず、レオン王子の行動を密かに監視する必要があります。彼の部屋に...」

話し合いは夜遅くまで続いた。月が西に傾き始めたころ、ようやく二人は作戦の詳細を固めた。

「では、明日から行動開始です」勇太は疲れた表情で、しかし目には決意の光を宿しながら言った。

モーガンは頷き、部屋を出ようとした。ドアの前で立ち止まり、彼女は勇太の方を振り返った。

「勇太さん...ありがとうございます。私を信じてくれて」

勇太は微笑んだ。「あなたこそ、真実を教えてくれてありがとう」

モーガンが去った後、勇太は窓際に立ち、夜空を見上げた。星々が瞬いている。この異世界で、自分は重大な使命を担うことになった。故郷を思い出す暇もないほど、事態は動き始めている。

「さて、どうする、探偵さん」勇太は自分に言い聞かせるように呟いた。「これが、君の本当の仕事の始まりだ」

彼は深呼吸し、ベッドに横たわった。明日からの調査に備えて、少しでも休息を取らなければならない。しかし、頭の中はモーガンの言葉と、レオン王子の陰謀で一杯だった。

眠りに落ちる直前、勇太の心に一つの決意が芽生えた。

この王国を守る。そして、モーガンを守る。

それが、異世界に来た自分の使命なのかもしれない——。

第3章:闇の中の光

翌朝、勇太は早くから動き出していた。レオン王子の行動を監視するため、彼は宮廷の様々な場所に潜伏ポイントを設けた。モーガンの協力を得て、魔法で姿を隠す特殊な装置も用意した。

「これを身につければ、一般の人々の目にはほとんど映らなくなります」モーガンは小さな宝石のような物体を手渡しながら説明した。「でも、長時間の使用は体に負担がかかるので気をつけてくださいね」

勇太は感謝の言葉を述べ、さっそく装置を使って王子の見回りを始めた。

数日間の監視で、レオン王子の不審な行動が少しずつ明らかになっていった。深夜に城の地下室に潜入する姿や、謎の暗号文を書き記す様子など、明らかに普通ではない行動が目立つ。

ある夜、勇太はレオン王子が城外の人物と密会するのを目撃した。森の中で、王子は黒いローブを着た男と言葉を交わしていた。

「もうすぐだ」レオン王子の声が聞こえてきた。「婚約式の日に、アルカディアは我々のものとなる」

勇太は息を殺して聞き入った。証拠が欲しかったが、このままでは会話の内容を記録できない。

そのとき、彼の足元で小枝が折れる音がした。

「誰だ!?」レオン王子の鋭い声が響く。

勇太は咄嗟に身を隠したが、王子の魔力に反応したのか、姿を隠す装置が機能を停止してしまった。

「見つかったか...」勇太は焦りを感じながらも、冷静さを保とうとした。

しかし、その時だった。

「あら、レオン様」モーガンの声が闇 の中から聞こえてきた。「こんな夜更けに、何をなさっているんですか?」

勇太は驚いた。モーガンが自分を庇うために現れたのだ。

レオン王子は明らかに動揺していたが、すぐに取り繕った。「モーガン卿か。私は...ただ夜の散歩をしていただけだ」

モーガンは優雅に微笑んだ。「そうですか。私も眠れずに散歩に出てしまって。お邪魔でしたら失礼します」

レオン王子は渋々頷き、城へと戻っていった。黒いローブの男も、いつの間にか姿を消していた。

モーガンは王子の姿が見えなくなるまで待ってから、勇太の方を向いた。

「大丈夫ですか?」

勇太は安堵の息を吐いた。「ありがとう、モーガン。助かったよ」

二人は静かに城に戻りながら、今後の方針を話し合った。

「もう少しで決定的な証拠が掴めそうだったのに」勇太は悔しそうに言った。

モーガンは優しく勇太の腕に触れた。「焦らないで。私たちにはまだ時間があります」

その優しい仕草に、勇太は胸の鼓動が速くなるのを感じた。月明かりに照らされたモーガンの横顔は、まるで妖精のように美しい。

「モーガン...」勇太は思わず彼女の名前を呼んだ。

モーガンも勇太を見つめ返した。二人の間に、言葉では表現できない感情が流れる。

しかし、その瞬間は長くは続かなかった。城の方から物音が聞こえ、二人は我に返った。

「明日、また作戦会議をしましょう」モーガンは少し頬を赤らめながら言った。

勇太は頷いた。「ああ、そうだな」

二人は別れ、それぞれの部屋へと向かった。勇太は自室に戻ると、ベッドに倒れ込んだ。

頭の中は、レオン王子の陰謀とモーガンへの想いが入り混じって混沌としていた。

「俺は...一体何をすべきなんだ」

勇太は天井を見つめながら呟いた。この異世界で、彼は探偵として真実を追い求めている。しかし同時に、モーガンへの感情も日に日に強くなっている。

使命と恋。二つの想いが交錯する中で、勇太は決断を迫られていた。

夜が更けていく。月の光が窓から差し込み、勇太の悩める表情を静かに照らしていた。

明日こそは、全てを解決する糸口を掴まなければならない——。

そう心に誓いながら、勇太は疲れ切った体を休ませた。明日への備えを、しっかりとしなければならないのだから。

第4章:真実への道のり

朝日が王都の尖塔を照らし始めた頃、勇太は既に目覚めていた。昨夜の出来事が頭の中で繰り返し再生される。レオン王子の不審な行動、そしてモーガンとの一瞬の間。

「よし、今日こそ決着をつけるぞ」

勇太は決意を新たにしながら、部屋を出た。

朝食の時間。大広間では、貴族たちが優雅に食事を楽しんでいる。勇太はさりげなくレオン王子の様子を窺った。王子は平然とした表情で、周囲と談笑している。

「本当にあの男が...」

勇太の思考は、背後から聞こえた声で中断された。

「おはようございます、勇太さん」

振り返ると、そこにはモーガンが立っていた。朝日に照らされた彼女の姿は、まるで絵画のように美しい。

「おはよう、モーガン」勇太は微笑んで応えた。「昨夜は本当にありがとう」

モーガンは少し頬を赤らめた。「いいえ、当然のことです。それより...」

彼女は周囲を確認してから、小さな声で続けた。「新しい情報があります。後ほど、私の研究室に来てください」

勇太は頷いた。二人は他愛もない会話を交わしながら、それぞれの席に着いた。

朝食後、勇太はモーガンの研究室を訪れた。部屋に入ると、そこには魔法の道具や古い書物が所狭しと並んでいる。

モーガンは大きな魔法陣が描かれた羊皮紙を広げた。「これを見てください」

勇太は羊皮紙を覗き込んだ。複雑な文様の中に、見覚えのある模様がある。

「これは...婚約指輪の模様だ」

モーガンは頷いた。「そうです。この魔法陣は、王国の守護霊を封印するためのものなんです」

勇太は息を呑んだ。「つまり、レオン王子は...」

「王国の守護霊を封印し、アルカディアの力を奪おうとしているのです」モーガンは悲しげに言った。

二人は顔を見合わせた。状況の深刻さを、互いに感じ取っている。

「でも、まだ証拠が足りない」勇太は眉をひそめた。「レオン王子を直接告発するには...」

モーガンは決意に満ちた表情で言った。「私には考えがあります。でも...危険かもしれません」

勇太は真剣な眼差しでモーガンを見つめた。「話してくれ。君と一緒なら、どんな危険でも乗り越えられる」

その言葉に、モーガンの瞳が潤んだ。「勇太さん...」

二人の間に、再び言葉にできない感情が流れる。しかし今は、それに浸っている暇はない。

モーガンは深呼吸をして、計画を説明し始めた。それは、レオン王子の部屋に忍び込み、決定的な証拠を掴むというものだった。

「無謀すぎる」勇太は心配そうに言った。「もし見つかったら...」

モーガンは勇太の手を取った。「大丈夫です。私の魔法と、あなたの知恵があれば」

その温もりに、勇太は心が落ち着くのを感じた。「分かった。やろう」

計画は その日の夜に実行に移された。

勇太とモーガンは、魔法の力を借りて姿を隠し、レオン王子の部屋に忍び込んだ。部屋の中は豪華な調度品で溢れている。

「手分けして探そう」勇太は小声で言った。

二人は慎重に部屋を調べ始めた。タンスの中、絨毯の下、本棚の隙間...。しかし、決定的な証拠は見つからない。

時間が過ぎていく。見つからなければ、すぐに立ち去らなければならない。

そのとき、勇太の目に小さな違和感が飛び込んできた。壁に掛けられた絵画が、わずかに傾いている。

「モーガン、ここだ」

二人で絵画を外すと、そこには小さな金庫があった。

「開けられる?」勇太はモーガンに尋ねた。

モーガンは頷き、複雑な魔法の呪文を唱え始めた。金庫のロックが、ゆっくりと解かれていく。

カチリ、という小さな音と共に、金庫が開いた。

中には、一通の手紙と、小さな宝石箱があった。手紙を開くと、そこには隣国の王の印章が押されている。内容は、アルカディア王国の乗っ取り計画の詳細だった。

「これで証拠が...」

勇太の言葉は、突然の物音で遮られた。

ドアが開く音。

「誰だ!」レオン王子の声が響いた。

勇太とモーガンは凍りついた。隠れる場所はない。逃げる時間もない。

レオン王子が部屋に入ってくる。その瞬間、モーガンは勇太を抱きしめ、強力な魔法を唱えた。

まばゆい光が部屋を包み、そして...。

二人の姿は、レオン王子の目の前から消えていた。

次の瞬間、勇太とモーガンは城の中庭に現れた。

「す、すごい魔法だ」勇太は驚きながら言った。

モーガンは疲れた様子で微笑んだ。「緊急時のための魔法です。でも、かなりの魔力を使ってしまいました...」

そう言って、彼女はその場に膝をつきそうになる。勇太は咄嗟にモーガンを支えた。

「大丈夫か!?」

モーガンは弱々しく頷いた。「はい...少し休めば...」

勇太はモーガンを抱きかかえ、安全な場所へと移動した。月明かりの下、二人は互いの体温を感じながら、今後の行動を話し合った。

証拠は手に入れた。しかし、レオン王子は自分たちの侵入に気づいている。時間との戦いだ。

「明日、国王陛下に真実を告げなければ」勇太は決意を込めて言った。

モーガンは勇太の手を握った。「一緒に行きましょう」

二人は互いの目を見つめ合った。そこには、信頼と愛情が満ちている。

「モーガン、俺は...」

勇太の言葉は、モーガンの指が唇に触れたことで遮られた。

「知ってます」モーガンは優しく微笑んだ。「私も同じ気持ちです」

月の光が二人を包み込む。明日の朝、全てが明らかになる。王国の運命と、二人の想いの行方が、今まさに交錯しようとしていた。

勇太は深く息を吐いた。「さあ、行こう。俺たちにしか守れない大切なものがあるんだ」

モーガンは頷いた。「はい。一緒に」

二人は手を取り合い、朝を迎える準備を始めた。真実が明かされる時が、いよいよ近づいていた。

第5章:真実の刻

夜明け前の静寂が王都を包んでいた。勇太とモーガンは、国王の謁見室へと向かう。二人の足音が石畳に響き、緊張感が空気を満たしている。

「準備はいいか?」勇太は小声で尋ねた。

モーガンは決意に満ちた表情で頷いた。「はい。どんな結果になっても、後悔はありません」

その言葉に、勇太は胸が熱くなるのを感じた。異世界に来てからの全ての出来事が、この瞬間のために起こったかのようだ。

謁見室の扉の前で、二人は深呼吸をした。

「行こう」

勇太が扉をノックすると、中から国王の声が響いた。

「入りなさい」

扉が開くと、そこには早朝にも関わらず、厳かな表情の国王アーサーが待っていた。そして驚いたことに、王女エリザベスの姿もあった。

「勇太殿、モーガン卿。こんな早朝に何かあったのかね?」国王の声には、既に何かを察している様子が窺えた。

勇太は一歩前に出て、深々と頭を下げた。

「陛下、大変申し上げにくいことですが、王国の存亡に関わる重大な事実を報告しに参りました」

国王は眉をひそめ、王女エリザベスは息を呑んだ。

「話してみなさい」

勇太とモーガンは、これまでの調査結果と、昨夜手に入れた証拠について詳しく説明した。レオン王子の正体、婚約指輪の真の目的、そして隣国との陰謀。全てを包み隠さず話した。

説明が終わると、部屋に重い沈黙が降りた。

国王は深いため息をついた。「まさか...レオンがそこまで...」

その時、突然扉が勢いよく開いた。

「父上!彼らの言うことは全て嘘です!」

レオン王子が怒りに満ちた表情で入ってきた。その後ろには、数人の兵士が控えている。

「私を陥れようとする謀反人です。捕らえてください!」

勇太とモーガンは身構えた。しかし、国王は静かに手を上げて制した。

「レオン」国王の声は悲しみに満ちていた。「本当のことを話しなさい」

レオン王子は一瞬たじろいだが、すぐに取り繕った。「父上、彼らこそが...」

「もういい」国王は厳しい口調で遮った。「証拠は十分だ。お前の野望は、ここで終わりだ」

レオン王子の表情が一変した。もはや取り繕う必要がないと悟ったのか、その目に冷酷な光が宿る。

「そうですか...ならば!」

レオン王子は突如、強力な魔法を放った。衝撃波が部屋中を襲う。

「陛下!」勇太は咄嗟に国王を庇い、モーガンは魔法の盾を展開した。

混乱に乗じて、レオン王子は窓から飛び出した。

「追え!」国王の命令と共に、兵士たちが動き出す。

勇太は国王に向き直った。「陛下、私にレオン王子を追わせてください」

国王は一瞬躊躇したが、勇太の目に宿る決意を見て、頷いた。

「行きなさい。だが、無理はするな」

勇太はモーガンの方を向いた。言葉を交わす時間はない。しかし、二人の目には互いへの信頼と愛情が満ちていた。

「行ってらっしゃい」モーガンは微笑んだ。「必ず、戻ってきてくださいね」

勇太は頷き、レオン王子を追って窓から飛び出した。

追跡は王都の街中へと続いた。レオン王子は魔法を駆使して逃げ、勇太も持てる力を全て振り絞って追う。街の人々は混乱し、叫び声が響く。

「レオン!もう諦めろ!」勇太は叫んだ。

しかし、レオン王子は聞く耳を持たない。彼は城壁へと向かっていく。そこには、黒いローブの男たちが待っていた。

「くそっ」勇太は歯ぎしりした。

城壁に到達したレオン王子は、黒いローブの男たちと合流した。彼らは大きな魔法陣を展開し始める。

「我が同胞よ!アルカディアを闇に沈めよ!」レオン王子の叫び声が響く。

魔法陣が輝き始めた。空が徐々に暗くなっていく。

「させるか!」

勇太は全力で駆け上がり、魔法陣に飛び込んだ。強烈な魔力が彼の体を包む。痛みで意識が朦朧とする中、勇太は必死で魔法陣を壊そうとした。

「貴様!」レオン王子が勇太に襲いかかる。

二人は魔法陣の中で組み合った。勇太の体は魔力で傷つき、レオン王子の攻撃で苦しむ。しかし、諦めなかった。

「俺には...守るべきものがある!」

勇太の叫びと共に、魔法陣に亀裂が入った。

「な...なんだと!?」レオン王子の驚愕の声。

魔法陣が崩壊し始める。眩い光が辺りを包み込んだ。

次の瞬間、勇太の意識は闇に沈んだ。

...

...

...

「...太さん...勇太さん!」

聞き覚えのある声が、勇太の意識を呼び覚ます。

ゆっくりと目を開けると、そこにはモーガンの涙に濡れた顔があった。

「よかった...目を覚ましてくれて...」

勇太は微笑もうとしたが、体中が痛んだ。「みんな...無事か?」

モーガンは頷いた。「はい。あなたのおかげで、王国は救われました」

勇太の周りには、国王や王女、そして多くの人々が集まっていた。皆、安堵と感謝の表情を浮かべている。

「レオン王子は?」

「捕らえられました」国王が答えた。「もう二度と我が国を脅かすことはありません」

勇太はほっとため息をついた。全てが終わったのだ。

「勇太」国王が厳かな声で言った。「お前の勇気と献身に、心から感謝する。我が国の英雄として、末永くこの国に仕えてはくれないか」

勇太は驚いて国王を見た。そして、隣で微笑むモーガンの姿に目を移す。

この異世界で、自分の居場所を見つけた。守るべきもの、愛するものを見つけた。

勇太は静かに頷いた。「光栄です、陛下。喜んでお引き受けいたします」

歓声が上がる中、モーガンが勇太の手を握った。二人は見つめ合い、そっと唇を重ねた。

新たな冒険の幕開けだ。勇太は心の中で誓った。

この世界を、そしてモーガンを、永遠に守り続けると――。

エピローグ

それから数年が経った。

アルカディア王国は平和を取り戻し、さらなる発展を遂げていた。勇太は王国の特別顧問探偵として、様々な事件を解決し、人々から信頼されていた。

そして今日、王都は特別な祝賀ムードに包まれていた。

大聖堂のベルが鳴り響く中、勇太とモーガンは誓いの言葉を交わした。二人の結婚式だ。

「私は誓います。時空を越えてあなたを愛し、共に歩み続けることを」

勇太の言葉に、モーガンは幸せに満ちた表情で応えた。

「私もまた誓います。永遠にあなたと共に、この世界を守り続けることを」

大聖堂に集まった人々から、大きな拍手が沸き起こる。

式の後、二人は城の高台に立っていた。夕日が王都を赤く染める中、勇太は遠くを見つめた。

「モーガン、時々思うんだ。あの日、俺がこの世界に来たのは偶然だったのかって」

モーガンは優しく微笑んだ。「偶然か必然か、それは分かりません。でも、あなたが来てくれて本当に良かった」

勇太は頷き、モーガンを抱きしめた。

「ありがとう。俺にとって、君はかけがえのない存在だ」

二人は寄り添いながら、夕焼けに染まる王都を見下ろした。

これからも様々な冒険が二人を待っているだろう。しかし、もう恐れることはない。二人で力を合わせれば、どんな困難も乗り越えられる。

勇太は心の中で、かつての自分に語りかけた。

「ああ、あの日の俺に伝えたい。心配するな。お前は、最高の冒険の舞台へと足を踏み入れたんだと」

夕日が地平線に沈み、新たな夜が訪れようとしていた。 それは、勇太とモーガンの新たな人生の始まりを告げているかのようだった。

(完)


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