25歳のときと同じ高さのヒールを履いている絶望

 結婚して母になったり独立してフリーランスになったりした友人たちがぺたんこのバレエシューズやスニーカーへといつのまにか履き替えていたことに気付き、ふと悲しくなる瞬間がある。同じ時期に学生を卒業し同じ一歩を踏み出したはずなのに、私だけがまだあの頃と同じ靴を履いたまま今もあの日の道を歩き続けている。25歳の頃も、今も、たぶん明日も、私の靴は大して変わらない。
 
 もちろん何歳であっても、ハイヒールが似合う女性は素敵だ。言うまでもないことだ。そんな女性への憧れだって大いにある。そしてありがたいことに私の周りにはそんな自立した素敵な先輩がたくさん居て、彼女たちが作ってくれた道のお陰で、私はこの変わらない日々をなんとか卑屈にならず生きていられるのだと思う。一生ものの一足を見つけたひとは、それがどんな靴だろうと眩しくて美しい。私がふとした瞬間に立ち止まってしまうのは、ただずっと同じ靴を履いているからではなくて、25歳の頃になんとなく履き始めた一足を今もそのまま履き続けているからなのだ。
 25歳の自分にもう一度会えるのなら伝えたい。自分の中での小さな挑戦がもっと必要だ。パートナーを見つけるとか、出世するとか、転職するとか、そんな形に残る変化でなくても良い。むしろステータスなんて何も変わらなくてもいい。ただ、これだと思える靴を見つけるまでは定期的に靴を履き替えたほうがいい。
 意志なく履き続けたハイヒールはやがてくたびれていっても、一生ものだと思えた靴ならきっと堂々と歩いていられるのだろう。そういう靴を、私もいつか見つけてみたい。
 25歳の頃からなんとなく履いていたパンプスを、勢いよくゴミ袋に投げ入れた夜の話。

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