ご質問の回答

こちらに質問をいただけているので、ある程度分かっていただいていると思うのですが、私も質問者様と同じでネジが本当に大好きです。死んでしまった時、本当に悲しくて何も手につかなかったのは言うまでもなく、どうしてだと何度も思いました。しばらくショックでナルトそのものから距離を置いてしまった時期もあります。そういう前提がありますし、未だに思い出しては悲しくなる時も多いです。

私も岸本先生の、ネジにナルトとヒナタのキューピッドになってもらいました、という言葉があった有名なあの番組を見ているので、質問者様もそちらとか、他の記事とかいろんな情報の中で、「犠牲」という言葉を選んでいるのかと思いますが、私は「犠牲」ではなく、それはネジの「火の意思」をより深く描いている結果だと思っています。

キューピッドと岸本先生は言っていたんですけど、あの時ってケンコバさんがお相手ですし、少々あまり重くない感じで言ったというか、そういう感じもあるのかもしれません。今になって思えば、ですが。その当時はもちろん、正直そんな理由で大好きなネジがどうして死ななくてはいけないのと思いましたし、岸本先生のことよく分からなくなったりしていました。でも考えて考えて、本当に考えて、最後に戻ったところは、私が大好きなネジが、目の前でネジにとって自分主体で生きる意味を与えてくれたナルトと、それをかばおうとしているヒナタがああなったらどうするか、ネジだったら、というところでした。

考えを説明するためにネジの人生そのものの話に戻るのですが、ネジは果てしない勇気を持っていて、少年時代は宗家を恨みながらも、回天を習得するほど努力は惜しまず、仲間と群れることもせず、孤独をものともせず、一人でずっと昨日の自分をライバルに戦って鍛錬に励んできたんだと思います。努力していることを表に出さないし、多分ナルトで努力家と言ったらリーが表に上がるものだと思うのですが、私はネジもものすごい努力家だと思うのです。自分が分家だと思い知りながら、ナルトと出会う前から強くなることだけには必死だったネジは、ナルトと出会ってからより、運命にも負けない強さを身につける訳ですが、幼少期からずっとネジをよく考えながら見つめると、やっぱり根が努力家だったと思わざるを得ません。ただの天才ではないんです。それには父上への思いもあるし、本来ネジには強い向上心があるのでしょう。その根本は何か、と考えた時、私は頭に手を置かれたネジの可愛い幼少期の姿が浮かびます。大好きな父上への憧れです。それが父上の他界によって、恨みに変わっても、根本にあるのは父上へのネジの愛情だと思います。

そして、鬼童丸戦。ナルトとの対峙を終えたネジに強くあるのは仲間のためなら自分の命をも顧みず戦う、という火の意思です。ネジはナルトに信頼を持ち始めていて、大切なのは心だと気がついています。お前は俺よりいい目を持ってる、の言葉からその気持ちが汲み取れるなぁと。鬼童丸との戦いで、ネジが追い込まれた時、ネジはナルトだったらどうするかな…と考えるシーンがあるところからも、ネジにとってナルトは希望そのものであり、太陽に近く、鳥かごから出して自由な大空を見せてくれる存在にもうこの時点でなっていたのかなと思います。ネジにも初めて父上の他に憧れとか、ライバル、希望を抱く存在=ナルトができたんだと思うと胸が熱いです。キド戦でも私はネジがもしかしたら死んでしまうのではと途中で思っていました。でも死ななかった。原作でもあんなにコマ数を使って、主人公以外のキャラの戦いと、人生を深く描いている、ということに気がつかずにはいられませんでした。岸本先生はネジを軽んじているはずがないと私は思ったのです。

死んでしまったことは本当に悲しいですし、できれば怪我くらいにして、生き返ってもう一度、照れ隠しみたいに笑うネジが見たいよと心から思いますが、そんな私が大好きになったネジを生んだのも、死を決めたのも岸本先生です。岸本先生が描かなければ、私たちはネジに出会うことはなかったんです。そう思うと、先生に全てを委ねるしかないのかなと思います。

ただ、1つ思います。私は自信を持って、ナルトの中で一番かっこいい火の意思を見せてくれたのはネジだと思います。ネジが大好きだし推しだからっていう贔屓目があるのは否定できませんが、その証拠と言ってはあれなのですが、死んでしまう時に火の鳥になるのはネジだけです。自分の命いっぱい、ネジは火の意思を体現して見せてくれたんだと思います。だから本当の意味でネジは天才なんだと思います。天から何らかの役目を持って生まれてきたのかなって感じる早く亡くなってしまう有名人とかたまにいると思うんですけど、ネジもそれに近いのではないかと。本当に悲しかったけど、本当に格好良かったです。私はネジのことをずっと大好きです。死んでも心に生きているというのはそういうことではないでしょうか。私の中でネジは死んでいません。

ですので、最後に答えですが、犠牲になったのではないと思いますし、死ぬ必要もあるかないかで言えば、なかったとも思います。でも力一杯火の意思を体現するには死は必要だったのかもしれないし、そして、岸本先生は決してネジのことを軽んじているわけではないと私は思いますし、むしろ、キャラの中でもトップレベルに深く丁寧に描いてくれている方だと思います。そして、大きいところは戦争中だ、ということです。岸本先生も戦争をリアルに描くために丁寧に死を描くのではなく、突然であることを重要視したと言っていた事実もありました。それがネジになってしまったのはなぜか?ですが、ナルトとヒナタを一番に守る存在といえば、、、他にもいそうですがネジなのかもしれません。本当のことは岸本先生にしか分かりませんし、岸本先生ももしかしたらそんなに分からないのかもしれません。

虚しさを超えて、私はネジのことをずっと好きでいます。それはネジが残してくれたものがとても私にとても大きいからです。ネジの気持ちや、ネジが見せてくれた人生を大切にしたいです。悲しんでいるだけでは時間がもったいないから、ネジを描いたり、ネジのことをもっと好きになる時間にあてたいです。そして、これは私の考えなので、犠牲になったと思うのも、思わないのも自由です。ただ、私はネジの気持ちになりたいです。ネジが大好きだから。そういう人もいることをご理解いただけると非常に嬉しいです。長くなりましたが、ここまで読んでくださったとしたらありがとうございました☺️

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