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電池切れに要注意

都心から帰宅する電車内での話。

中学生になる次女は某変身系アニメにご執心である。
その中でも可愛らしい赤ちゃんキャラが推しらしく、どこへ行くにも肌身離さない。

いつもの様に人形を手にしていた彼女は、電車内が混雑してきたので私に持っていて欲しいと言ってきた

この人形は非常に可愛いのだが、
齢50にもなる女が持っていては人形も可哀想である…
そう思い、前に抱えたリュックの中にしまう事にした。

電車内は更に混雑さを増し、壁に押される様な体勢になったその時、人形が

「ウリイイイイイイイイイイイィー!
ウリリリリリリリリリ〜!!」

突然某人気コミックの中で度々登場するあの奇声を発し始めた。
全く気づかなかったが、中のスイッチはONになっていた様だ。
加えてこの人形の電池はほぼ無くなりかけていて、時折誤動作を起こしている。

人形の姿が見えない以上、この声の主に人々の視線は否が応にも集まってしまう。
奇声を発する人形のスイッチを止めようと、ゴソゴソと左手を下に・右手は上・右足は揺れに耐える様に大きく後ろで踏ん張った。
図らずも◯◯立ちと呼ばれるポーズを取ってしまった様だ。

車内に一気に緊張感が走った瞬間である。

その時、何故か私の周りだけモーゼの十戒の如く乗客の海が割れた。
隣に居たはずの家族も気付けば2メートル先で他人を装っている。

そうであった。
この連中は度々人を車内で見捨ててきた実績がある。
こういう時に助けを求めるのは無駄な事。すると追い打ちをかける様にリュックからは

「ん……くっ…ハァァァァ…」

恐らくミルクを飲んでいる時の声であろうが、通常よりスローモードで再生されていて、赤ん坊とは思えぬ艶っぽい声を発している。
生まれてまだ間もないであろうに、幼いと言えども流石はプリンセスと言うべきか…

多数の方は既にこの声に気付き、電車の揺れに併せて身体を不自然に揺らしている。
OFFにするスイッチは未だ見付からない。

「ウリリリリリリリリィ……」

尚も自己主張する赤ん坊人形。
そしてさっさと普通の体勢に戻れば良いものを、未だ◯ラー◯イーンのポーズを取っている初老の女。

目的地迄は未だ遠い。

車内はいつ誰が炸裂してもおかしく無い状況である。

すると目の前の若い女性がもうじき降りるから、と席を譲って下さった。
まだ席を譲られる年齢では無いのだが、恐らくこのキワモノをこれ以上視界に入れたくなかったのであろう。
非常に申し訳なく、いたたまれない気分であるがここは善意に甘えよう…
手足の関節を無理に曲げた状態でお礼を言おうとすると

「グエエエエエエエエエエップ」

ミルクを飲んだ後はゲップがしたかったのだろう。
リュックの中は盛大に自らの欲望を解放する赤ん坊のサティスファクションで満ち溢れている。

譲って下さったお姉さんは力一杯目を合わせない様にしていたのだが、ついに

「う……うぶっっ!!」

お姉さんを皮切りに、ついに其処彼処で苦しみ悶える人々の連鎖が。

これは非常にまずい事になったと思い

「ひひ…グヒッ、ヒヒヒヒヒヒ」

一緒に笑ってみたのである。
とりあえず笑ったもん勝ちだと思い、自己アピールを続ける人形と共に忍びの如く最寄り駅へと降りた。

リュックから取り出した人形は天使の様な顔をしているが、ジキルとハイドの如く何方が本当の顔なのだろうか…今後も電池切れになるとハイドの人格が出現する事は間違いないらしい。



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