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【企画録】 日本のトレンドになったJ開幕戦ー。橋本環奈がNGだった ”例のアレ” はどう構成されていたのか

この記事は2023川崎フロンターレ展に寄稿したものです。

長いので読まずにインスタだけフォローしていってください


後編はこちら

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この文章を読んでいるということは、日本はもう年末なのでしょう。不思議ですよね、つい最近2023年が始まったと思えばもう年末。生きていると不思議なことが本当にたくさんあります。今年もたくさんの声援とサポートを本当にありがとうございました。みなさんの存在がクラブを前に進め、選手の活力になりました。

さて不思議なことといえば、いまあなたが読んでいるこの文章を私が書いているということです。これは本当に不思議です。詳しい掲載順はわかりませんが、おそらくこの文章から今年のイベント振り返りを読み始めたかたも少なくないのではないでしょうか。

紹介が遅くなりました、田代楽(たしろがく)と申します。現在はカナディアンプレミアリーグのパシフィックFCでマーケティング業務を行っております。日本人はおろかアジア人もいないこの環境で、フロンターレの諸先輩方に教えていただいたことを必死に表現している最中です。

フロンターレに所属していた5シーズン、特にプロモーション部では「いかに無理そうなことを実行するか」「いかに話題を生み出せるか」そして「いかに先輩よりも面白いものをつくるか」を意識して業務に取り組んでいました。その経験は骨の髄まで染み渡り、たとえイカれている状況に身を置かれたときも動じずに冷静でいられるようになったと思います。思えばロサンゼルスのマリファナまみれの黒人宿に泊まったときも、英語がそこまで話せるわけでもないのにカナダのクラブの重役に自分のアイデアをプレゼンしたときも、こう文章で記載するとなんだか大それていそうな状況下でも頭は冷静だった気がしています。

「ガク、フロンターレ展のイベント振り返り書いてくれない?」

12月某日、元上司の天野さんからこんなメッセージが届きました。違和感がなさすぎていま日本にいるのかと錯覚するくらい、ナチュラルに元職場から仕事が振られてきました。

ここからは私が最後に担当した2023シーズン開幕戦、映画湯道とのタイアップについて企画の振り返りをお届けします。クラブスタッフでもないのにこの原稿は7,000文字も書いてしまいました、土日なくなりました、ノーギャラです。ぜひ最後までお楽しみください。

なにこの思い出せない写真

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悩んでいました。

風呂にまみれた26周年が終わり、迎える2023年シーズン。かつて多摩川クラジゴでご一緒した東宝さんがリリースする映画湯道とのタイアップが決まった直後まで話はさかのぼります。一体どうすれば話題を生みだすことができ、しかもいままで見たことない景色を作ることができるのだろうと。ご存知の通り、映画の主役は橋本環奈さん。しかも打ち合わせを重ねた肌感から、橋本環奈さんが実際にゲストとして出演できそうだと真剣に思っていた私は「いかに橋本環奈さんをオイシクできるか」だけを考えていた年末でした。企画メモには『環七(カンナな)から始球式の助走を開始する』と、どう考えても採用されるわけがない戯言が記載されていたくらいです。それくらい余裕があったのです。

「橋本環奈さんスケNGです!」
突然飛びこんできた悲報でした。あの私に余裕を与えてくれた橋本環奈さんがスケジュールの都合でこられなくなってしまったのです。これには本当に残念だかんなと思いました。プロモーション部はゲストのみなさんのキャラクターを最大限に活かした企画を考えていますが、こと橋本環奈さんに関しては少し気の利いたセリフ(それこそ絶対勝つかんな、のような)を発してもらうだけで十分に話題になるだろうと、そう思っていたのです。これはある意味で企画者の怠慢かつ甘えです。だからこそ前述の「環七からの助走」だなんてことを呑気に考えている余裕がありました。しかもJリーグ開幕戦、神奈川ダービー、金Jと話題を独占する絶好の機会なだけにゲストパワーに頼って極力スベらない方向にいこうと企画を置きにいっている節さえありました。

環七から走ってきたらそれこそ珍百景

そんななかで訪れたゲストの再選定。
候補に上がってきたのはいまバラエティで大人気のめるること生見愛瑠さんと、天童よしみさんのふたりでした。天野さんと話して即決しました。天童よしみさんにお願いしようと。そして腹を括りました。変なことをやろうと。

天童よしみさんがいらっしゃる時点で盛り上がることは確定ですが、Jリーグ開幕戦、神奈川ダービー、金Jの条件で大喜利ができる機会はまたとありません。そこで3つの話題になりそうなポイントを作ることにしたのです。

①天童よしみさんが「負けたらあかん」と言う
天童よしみさんがチャントを歌う
風呂をイメージさせるビジュアルを作成する

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①天童よしみさんが「負けたらあかん」と言う

ニュースに切り取られるとしたらおそらくこのパンチラインだろうな、ということでなにがなんでも天童さんに発していただきたかったこの言葉。しかしこれを言ってくださいと東宝さんからお伝えして本当に温度感まで伝わるのかは少し不安でした。また社内的なことを考えても元ネタの「なめたらあかん」はフロンターレのパートナーではない企業の商品です。もちろんこんなところまでガチガチの契約があるわけではありませんが、天童さんにお話する前に社内調整を済ませる必要がありました。

ということでパートナーの現場長の田中さんに話をすると「フフ、面白いね」と返答。特にいいとも悪いとも言われていませんがこちらからしたら「いや話はしましたから!」と限りなくグレーに近い白の状態を作りだすことに成功しました。余談ですが、半沢直樹でも似たようなシーンがありました。おそらくサッカークラブと銀行もほとんど変わらないってことなんだと思います。

他称 上戸彩を見るための作品

社内調整は済んだものの、肝心の天童さんへの交渉はここから。もちろんこの時点では面識もありませんし、そもそも超大御所の大切なコピーを小童が勝手にイジっていいのでしょうか。CMコピーですからさぞ調整が必要そうですし、天童さんがとんでもなく厳しいかただったら大きな問題になってしまうかもしれない。半沢直樹のように証券会社に左遷されてしまうかもしれない。そんなときに閃いた打開策がこちらです。

天童よしみさんに会いに行こう。

そう、会いに行くことにしました。いくら大御所だからとはいえ勝手に萎縮してもいいことはないだろうと気持ちを切り替え、映画湯道の完成披露試写会の場にエンブレムを背負って突っ込んでやろうと決めたのです。

1月26日 水道橋
完成披露試写会は東京ドーム横の会場で行われます。関係者パスを手にして楽屋口にいくとそこにはスポーツ興行とは異なる緊張が走っていました。天童さんのスケジュールを事前に10分ほどいただき、そのときを待っていると目の前を橋本環奈さんが通りました。「天童さんでウケてやるかんな」と、そう思いました。サッカークラブのスタッフではじめて橋本環奈にジェラシーを感じたことを申し上げます。そんなこんなでいよいよ対面のお時間です。

実際に対面した天童さんは我々にも非常に優しく、柔らかく、そして非常にユーモア溢れるお方でした。一瞬で好きになりました。ご挨拶もそこそこに企画の説明といかに注目されるシチュエーションかを説明し、だからこそ「負けたらあかん」と発していただきたい旨を話しました。即答でOKでした。懐が広い、広すぎます。

こうして話題を作ってくれそうな要素をひとつ生みだすことに成功しました。

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②天童よしみさんがチャントを歌う

昨シーズンにコウテイさんがいらっしゃったとき、またパートナー企業であるかわさき信用金庫の堤理事長が訪れたときにもGゾーンが盛り上がりました。その盛り上がりの要因はゲストがチャントを歌ったことです。本来であればサポーターが大切にしている応援歌をゲストが歌うことに嫌悪感を示すケースも少なくないかと思いますが、この街にはそれを受け止めるあたたかさがあります。そして関係各所にその旨を話すと技術的に天童さんがそのシーンをつくりだすことは可能だと。最後に必要なことは天童さんがそれを承諾するか否かです。そんなときに一本の電話がありました。

「天童さんが始球式の練習をしたいと話しています。」

まさかでした。またも天童さんに直接お願い事をするチャンスが巡ってきました。急いでフロンタウンさぎぬまにスケジュールを確認し、フットサルコートを抑えてもらいました。そして社内、一部のサポーターのかたにも相談しながら天童さんに歌ってほしいチャントを選定することにしました。このスピード感が本当にいい環境だなと思うんですよね。

そして迎えた練習当日、さぎぬまに天童さんが到着しペナルティキックの蹴り方を教えることになりました。

「天童さん、ナイスキックです!」
「天童さん、だんだんと飛距離がでてきました!」

まさかこんな人生になるとは思ってもみませんでしたが、天童さんのサッカー人生はほぼ私と共にあることを強く噛み締め真摯に蹴り方を教えました。

「よしみさん、もう完璧ですね!」

恐ろしいことです。気がついたら天童さんのことをよしみさんと呼んでいました。心なしかよしみさんも嬉しそうでした。さて、本題はここから。練習を終え、休憩をしているよしみさんのもとにタブレットを差しだします。そこにはフロンターレのチャント動画がありました。

「よしみさん、ぜひ始球式でゴールをしたあとにサポーターと一緒に応援歌を
歌っていただけませんでしょうか。必ず盛り上がります!」

こう私が発言したとき、映画関係者、マネージャーさんの顔が少し曇ったことを覚えています。おそらくそんな前例はなかったのだと思います。しかし、よしみさんは少し間を置いてサポーターが喜んでくれるならと快諾してくださいました。そしてそのままタブレットに流れるチャントを真剣に聞き、練習してきますと約束していただきました。僕はもうよしみさんが本当に好きになりました。

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③風呂をイメージさせるビジュアルを制作する

さて、話題を作ることができそうなふたつの要素を構成することができました。おそらくこのふたつを無事行うことができればYahoo!ニュースへの掲載は間違いないでしょう。ただし、冷静に仕込みを机に羅列したときに「たしかに話題になるだろうけれど ”想像がつかなくない”」ことに気がつきました。アイデアが浮かぶことと実行することに大きな隔たりがあることはいうまでもないですが、頭で想像できることが起こってもひとの心はそこまで動きません。

ニュースになる。それは話題性のあるできごとが起こった時に引きおこる事象ですが、ただニュースを書いた記者の心が動いただけな可能性もあります。では多くのひとの心が動いたと判断するにはなにが適切なのでしょうか。指標のひとつはX(旧Twitter)のトレンドです。

完成披露試写会の美術も貰った

繰り返しますがこの日はJリーグ開幕戦、神奈川ダービー、金Jの条件が揃った試合。上記①、②の仕込みはスタジアムの皆さんにはウケるかもしれませんが中継では伝わりません。再び悩みました。もちろんこれは湯道とのタイアップなので、クラブが独りよがりな施策を打っても頓珍漢。映画の舞台にもなっている銭湯を連想させるようなビジュアルをスタジアムで表現する必要がありました。記念撮影でお風呂セットを持ってもらうのは前年に純烈さんとやったし、ヴィヒタもイニエスタに持ってもらっている。選手紹介をイジるにしても開幕戦だから新しいものを作っている。

ディエゴ、せっかく地球の裏側から来てくれたのにごめんね
イニエスタより偶然さんにあがった思い出

そんなとき、BSフジの番組「東京会議」に呼んでいただきました。この番組は湯道生みの親こと小山薫堂さんが出演しており、湯道に関係する異業種のかたと映画にまつわる企画の話をする趣旨でした。場所は文京区・豊川浴泉。昔ながらの外観が心地の良い、街に根付いた銭湯です。少し軋んだドアを開けるとそこには大きなのれんがふたつ。出演者控室は女風呂側ですと案内を受け「初めて女風呂に入るなぁ」と不純なことを考えながらのれんに触れたとき、企画が降ってきました。


” スタジアムの入場口に番台を置いたらいいんじゃないの? ”


これは見たことない。そして大人の苦笑いが思い浮かぶ。そう思いました。経験上、クラブの諸先輩方に苦笑いをされる企画は仕込みがありえないほど大変な代わりに話題になることをわかっていました。急遽その日の収録で話そうと思っていたことをすべて変更し、薫堂さんとの会話の中で番台の件を話すことにしました。薫堂さんの反応は良好。この様子はオンエアにも載っていました。

数週間たった後、私は事業部の会議でこの案を説明していました。同じプロモーション部のサイトウさんの多大なるサポートのもと資料を作成し、これをやりたいんですと宣言。空気がシーンとなりました。あれは多分、普通にスベってたんだと思います。そして試合の進行を司る運営の米田さんからのため息を頂戴し、見事に企画は採用されました。大人の苦笑いというか、普通に怒っていた気がしなくもありません。採用というか、普通に無視されただけな気がしなくもありません。それでもいつも企画を受け入れてくれる米田さんを尊敬しています。私なら小僧の変な企画なんぞ断ると思いますから。無事社内の承認を得られたところで、開幕まであと2週間ほど。急ピッチで番台の制作を行うことになりました。やらなくてはいけなかったことが多すぎて正直あまり記憶がありません。

辛酸なめ子さんは僕の発言で一度も笑わなかった

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私は頭を下げていました。

時間が進んで迎えた試合当日、今シーズンから新しく担当となった中継の技術チームにです。カタールW杯でもピッチサイドで撮影をしていたプロ中のプロの皆さんに対し、選手入場の1カット目はのれんをくぐってから正面で選手の入場を受けてほしいとお願いをしていました。ただのれんをくぐってピッチに入場する選手を正面で待ち構えるだけでなく、選手目線でのれんをくぐった先に見えるバックスタンドの光景と緑色の芝生を視聴者に見せてあげたい、そんな趣旨でした。どうしてもやりたかったのは、DAZNのハイライトの始まりはいつもこのカットだったからです。注目度の高いこの試合の1番見られるカットに異物を混入することで、話題になる。なにより湯道の宣伝に貢献できると思っていました。技術チームの皆さんは無事、苦笑いをしていました。

2月の太陽は夕方にはすっかり影をひそめ、寒空のもと競技場は熱気につつまれていました。ひさしぶりに再開する友だちと楽しそうに会話するひと、緊張するクラブスタッフ、関わる様々なひとの思いが凝縮されていた空間でした。そのころ私はよしみさんと最後の始球式練習を済ませ、最後の等々力の光景を目に焼きつける余裕なんて当然なく、無心で時間が過ぎるのを待っていました。

つまりここが最もパブを取れるカット
©︎J.LEAGUE

そして時がきました。
場内アナウンスでよしみさんの来場が知らされ、大御所に全てを託します。映画の告知、そしてJリーグの開幕戦について触れたよしみさんに会場は大きな拍手に包まれました。そして繰り出されるあの言葉。

「本日はダービーです。絶対に、負けたらあっか〜ん〜、負けたらあっか〜ん〜。よろしくお願いしまァす!」

さすがすぎました。こぶしが効いていてなによりでした。
そのままよしみさんはペナルティースポットへ移動し、見事始球式成功。Gゾーンにかけつけます。

「川崎フロンターレ、アレオー、アレオー。」

重ねてこぶしが効いていてなによりでした。もはや違う曲かな?と思いましたがそれでもいいです。みんな笑っていたので。幸せな空間でした。ちなみによしみさん、皆さんが掲出してくださった幕が本当に嬉しかったみたいです。なんて素晴らしいサポーターなの、としきりに話していました。

これで仕込みは残りひとつ、番台が機能してくれたら今日の任務はめでたく完了となります。さて、どんな景色になったのか、こちらをご覧ください。



カオス。大カオス。実は当日のリハーサルの際によしみさんに最後のお願いをしていました。それは番台に座ってもらうこと。正真正銘これがラストピースでした。衣装は控え室にあったワルンタの服を借りて、着ていただきました。その結果、なんだかよしみさんを争う試合みたいな画になってました。

ほぼVIVANT

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こうして、長きに渡った大仕込みが無事に終了しました。ここで記載されている事象はほんの一握りで、本件は多くの方が携わってようやく完成することができたものです。この場をお借りして皆様に御礼申し上げます。
なによりもよしみさん、本当にありがとうございました。

実はこの企画、注目度の高かった試合に行ったこともあって翌日まで色々な意見が飛び交っていました。もちろん前向きに楽しんでいただけた意見がほとんどでしたが、その中には批判的なものも。私はこのバランスが非常にいいことだなと思います。我々は誰もみたことがないことを仕込んでいるわけですから、そこに反発する意見があることはおかしいことではありません。ですが、これだけ数が多くなった日本のスポーツクラブで新しいエンターテインメントを作ろうとする姿勢を常に持っているクラブ、関係者およびサポーターは特異です。表現方法は毎度ブラッシュアップすればいいと思いますが、なにかやってやろうとするマインドセットそのものは見失わないほうがいいなぁと異国から思っています。こんな事言ったら野暮ですが批判的な意見はその企画に価値を生むと思います。みんなに賞賛されてるものって実はそんなに面白くないですから。

一通り挨拶を終え、寒空の下で片付けをしていると天野さんに会いました。これまでの話をして、あぁもうこれでご一緒するのも最後かと感慨に浸っているときにこんな言葉を耳にしました。

「さぁ、メーカブーはどうしてやろうか」

話はもう少し続きそうです。

©︎KAWASAKI FRONTALE


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