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数理の目レトロスペクティブ|#9 給付建てと拠出建て

坂本 純一(さかもと じゅんいち)/(公財)年金シニアプラン総合研究機構特別招聘研究員

 年金制度の目的を具体的に表現するのが給付設計である。給付設計の骨格には、老齢年金の支給開始年齢と給付額算定のルールがあるが、前回(#8)までは支給開始年齢を見たので今回から暫くは給付額算定のルールを見ていくことにする。

 私的年金制度を含めた年金制度の一般論としては、給付額算定のルールとして、予め給付額や給付水準を定めている給付建て制度と、給付額が掛金拠出の多寡と金利などの状況に応じて変わる拠出建て制度に大別できる。

 そもそも社会保障制度としての公的年金制度は、老齢・障害・遺族という保険事故に遭遇した者が困窮化しないように給付を行う仕組みである。その給付は困窮化を防ぐために十分な水準でなければならない。とすれば、給付水準が分からない拠出建て制度は、公的年金制度の給付額算定ルールになりえない。

 しかしながら一方で、人口の少子化、長寿化が際限なく進む状況が多くの国で現れ、制度の持続可能性と給付の十分性とを厳しく調整する必要が生じた。同時に年金が政争の具とならないように配慮する必要があった。このような事情からわが国ではマクロ経済スライドが導入され、ドイツでは持続可能係数が導入された。また、スウェーデンでは概念上の拠出建て制度と財政の自動均衡措置が導入された。

 マクロ経済スライド導入後の厚生年金は給付建て制度なのだろうか。平成6年改正前では、40年加入の人の老齢厚生年金の額は、生涯のグロスの月給を現在の水準に読み替え平均した額の3割と給付水準が定められていたから、給付建て制度と言えた。平成6年改正で可処分所得スライドが導入された時も、年金額は概ね生涯の可処分所得の月額を現在の水準に読み替え平均した額の一定割合となるので、給付建て制度と言えた。平成16年改正のマクロ経済スライドにより、社会経済状況の変化に応じて給付水準は変化するものとなった。上記の分類からすれば、一見給付建て制度ではなくなったとも見えなくもない。

 しかしながら、財政均衡が達成された後は再び給付水準は生涯の可処分所得の平均の一定割合になる。また、所得代替率が50%を切りそうになった時には制度の見直しが行われる。その時、給付の十分性が確保されるように見直しが行われるであろう。そうでなければ公的年金として存在する意義が失われる。

 つまり、厚生年金においてはマクロ経済スライド導入後も、常に給付の十分性が意識されており、当面給付建てではなくなったようには見えるが、あくまで経過措置であり、最終的に給付建て制度に回帰する。

 ドイツもスウェーデンも給付水準の下限に関する規定はないが(ただしその後両国ともスライド調整率を控除した率がマイナスの場合は、スライド率をゼロとするというわが国でいう名目下限措置の規定が置かれた)、給付の十分性は意識されていると思われる。その意味で究極的には給付建て制度が維持されており、スウェーデンの場合、概念上の拠出建て制度という名前にはなっているが、実質は厚生年金と同様の意味での広義の給付建て制度なのである。給付の十分性が意識されている。

                [初出『月刊 年金時代』2008年2月号]


【今の著者・坂本純一さんが一言コメント】


 公的年金制度は、老齢・障害・遺族という保険事故に遭遇した人に年金給付を支給することにより、その人が困窮化しないようにすることが目的である。したがって給付水準が十分であることが必要であり、給付水準がその十分性を失ったとき、公的年金制度の存在意義が失われる。このように考えると、公的年金制度は広義の給付建ての制度でしかありえない。
 
 その公的年金制度に保険料水準固定方式を措置し、それから生じ得る財源の不足が起こらないようにマクロ経済スライドを併せて導入したことは、給付建ての制度を否定することになり、給付の十分性が失われるのではないかという疑問が生まれる。野放図にスライド調整を行うのであれば、給付の十分性は失われる可能性はあり、その場合公的年金制度の存在意義は失われてしまう。その場合制度の持続可能性は失われ、制度は消滅する。持続可能性と給付の十分性とは密接不可分の関係にある。
 
 給付の十分性が失われ制度の持続可能性が失われる事態を回避し、限られた財源の中で給付の十分性を維持するように運営していく目的で「給付水準の下限」の規定が置かれている。人口の急速な高齢化の波をかぶっているわが国としては、厳守すべき枠組みである。給付の十分性を維持しようとする枠組みがある限り、その制度は広義の給付建てであるといえる。
 
 一方で、拠出建ての制度は世銀が推奨している制度であるが、給付の十分性を必ずしも保証するものではない。世銀はチリの年金制度を公的年金の模範的制度であると推奨するが、この十分性も確保できていないために、2008年の改正で連帯年金と呼ばれる無拠出の基礎年金を導入し、底上げを図った。それでも十分性が得られていないために2017年に大規模なデモが首都サンチャゴで発生した。現在更なる公的年金制度改革が議論されている。また、東欧諸国が計画経済から自由主義経済に移行するときに、世銀は各国政府への融資の条件として、当時それぞれの国に存在した社会保険制度を拠出建て制度に移行することを求めた。これがリーマンショックにより、拠出建て制度の資産は一部毀損し、それをきっかけに多くの東欧の国々は全部または一部を元の社会保険の制度に戻した。社会保険制度としての公的年金制度が生まれてきた歴史過程を学んでいれば、このような軽薄な誤りは生じなかったであろう。世銀には猛省を求めたい。
 
 ただ、拠出建ての制度は、補足年金としては十分存在価値はある。核となる公的年金制度が十分性を保っている限り、より豊かな老後生活を設計するうえで拠出建ての制度は、給付建ての私的年金制度とともに大きな役割を果たし得る。所得保障の核にはなれないが、補足的役割は十分果たすことができるのである。
 

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