備忘録

2年3ヶ月。永遠にも思われたその時間は、存外短いものだった。

先日、事情があってちゃんとお付き合いはしていなかった彼と正式にお別れする運びとなった。ここまで流れ着くのに、随分と永い時間が過ぎ、身も心も心底疲れ果て、れっきとしたキズモノになっていた。

私たちは、いつもただひたすらに、一心不乱にお互いを求め合い、
しかし、「与える」ということをしていなかった。
いつも底なしの深い不安を感じ、出口のない道に迷いこみ、進めるはずもないのに、それでも深く求めあっていた。

何がそこまで私たちを突き動かしたのか。
何にそんなに心惹かれていたのか。
情熱とか愛とか、たぶんそういう綺麗なものではないと思った。
理由も訳も分からず、ただ惹かれてしまう。
いつかこの永い時間が終わることはとうの昔からわかっていたのに、
ずるずると、ただずるずると離れられないでいた。

このままだとお互いに破滅するし、実際破滅した。
たくさんの人を悲しませ、傷つけ、私自身の立場を危うくし、一生つきまとう足枷となった。


あの夏の日、あの場所で私たちは、最初からそうなることが決まっていたかのように自然に恋愛関係になった。
最初に会った時から特別なものを感じていたし、それが恋愛感情である自覚はなかったが、
「何かあるな」というイメージがはっきりと私の中に流れ込んでいた。

次、そのまた次と会うことをやめられず、誰もいない暗闇の中で、
ただ二人だけで、ただ求めあっていた。
不健全であることは、はっきりと理解していた。
だからこそ燃え上がったのではないか、と言われると違うとは言えない。
純然たる気持ちで、お互いを求めていた。

どんどんお互いを好きになって、深みにはまっていっていることが手に取るようにわかり、
いつも不安を抱えて、だから会わずにはいられない。
私たちはいつも互いを貪るようにセックスしていた。
そうやって、体を削って、身を捧げて、そうしないと不安で仕方がなかった。

誰にも知られず、誰にも気付かれず、
いつも二人だけの世界で過ごしていた私たちにとって、あの1Kの部屋が世界の全部に思えた。
セックスしている時だけが、唯一不安から解放され、
お互いの気持ちを再確認し続けないといてもたってもいられなかった。

そんな折に、私が病気を患った。名前を聞くと誰もが驚くような大病。
そのことを彼に告げた時「俺のせいだ」と言った。
間違いなく、誰のせいでもない。強いて言うなら自分のせいなのに。
そんな風に言ってくれることが嬉しかったし、身近な人間に頼れない私にとって、
もはや彼が世界の全てだった。

そんな経験を経て、私たちは以前にも増して、強く求め合うようになった。
仕事とか家族とか世間とか、問題はさまざまあるけど、目の前のその人をただ見つめていたかった。
要は逃げていたのだ。
現実から目を背けて、ただひたすら遠くまで全力疾走を続けていた。
それは他の人からみたら「弱さ」であり、自分勝手な行為だったと思う。

2年間、長いようだが、たったの2年間。
しかしその間に、自分も含めてどんどん変化していた。

私たちは相変わらず逃避行を続けていたが、
やっぱり逃げ続けることは体力が必要だし、限界が近づいていることはじんわりと、しかし確実に感じていた。
こういう時にとても不思議なのだが、
私たちは考えがだいたいシンクロしている。

お互いがお互いから離れたいときは、いつも同じことを考えている。
だから、また会いたいときもいつも同じなのだ。

でも、物事には限界がある。
例に漏れず、私たちにもやってきた。
ただ、要因の一つはやはり、少しだけ前に進みたくなったからだと思う。
出口がないとわかっていた道をずっと停滞して、それでよかったはずなのに、
出口を作りたくなってしまったのだ。
ただ、前に進みたかっただけ。
その先には、ありとあらゆる障害が待ち受けていることもわかっていたし、
乗り越えられるだけの覚悟があったわけでもない。
でも前に進みたかった。

そんな当たり前のことも許されない現実。
どんどん追い込まれて、逃げて逃げて逃げて。
でもやっぱり捕まって。

ついに、お互いにギブアップしてしまった。
遅かれ早かれ来るとわかっていたこと。

今はただじっと、じっと、時が経つのを待つしかないのだろう。
こんな風に、吐き出して、ただじーっと毎日を過ごす。
あの人から、逃げて逃げて逃げて逃げて逃げ続けて、
その先に、何かが待っていますように。

あの人とは、別の場所で幸せになろう。
私の知らないところで、きっと幸せに生きていくだろう。
そういう身勝手なところが、お互いに大好きだったのだ。

数年後、彼の状況も行方も、何もかも知らないまま、
お互いのことを深く刻みながら、生きていければ、今はそれでいい。

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