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WGR 12/25 #パルプアドベントカレンダー2023

 偶然の再会だったし、ちょうど私も予定がなかったので、一日遅いクリスマスのディナーにも付き合ってやることにした。

「大学の時もこんなことなかったっけ」
「あー、何年生のときだっけ」
「たしか2年。珍しく雪が積もったじゃん」

 私の口調もくだけて、大学時代に戻っているようだった。
 ちょっとカジュアルだけど、特別感のあるおしゃれなイタリアン。25日でも、しっかり前から予約しないといけないぐらいのお店だ。ちゃんとドアを先にあけて、私が入るまで開けておいてくれるのも彼らしい。
 私も社会に出て、そのぐらいの値段感は持てるようになった。
 コートを店員に預けている彼に、今のうちに、と私は財布を取り出した。
「ここ、いくら?」
「え、いいよ別に。もともと僕の予定がなくなったから誘っただけだし」
「いや、まずざっくり払っとくよ。私、今日このあとはまっすぐ帰るから」
「……」
「なし、何も。私、既婚者だよ」
「ま、そうか」
 彼はちょっとだけ眉を寄せてからディナーの料金を告げ、私はそれに頼むであろうお酒の代金の半額ほどを足して渡した。
「安いね?」
「コスパいいんだよ、ここ」
 彼はそう言ったが、それがおそらく完全な割り勘でないこともなんとなくわかる。見栄っ張りなのは相変わらずだ。
 私達は席についた。ワインメニューを開く彼に、私は卓上のアルコールで手を消毒しながら聞いた。
「まだやってたんだ、マジック」
「こっちのセリフだよ。珍しくこんな日に女性プレイヤーがいるなと思ったら、加納なんだもん。びっくりしたよ」

 私たちは、大学の時からサークルでカードゲームをやっていた。マジック・ザ・ギャザリングという、遊戯王とかポケモンカードと比べるとマイナーなゲームだ。サークルは私を含め6人ほど。当然、女性は私だけだった。いわゆるオタサーの姫的なやつだった。(多少自覚はあった)今、対面で店員にワインのおすすめを聞いている彼――青木くんもサークルの一人だ。

「あ、今はもう田崎か。あいつ元気?」
「うん、元気だけど、やっぱ看護師って休みとれないんだって」
「それでか。こんな日に一人なんて」

 そして、私は同じサークルにいたもう一人の同期――田崎くんと結婚して、今に至る。夫は看護師で、今日も病院で働いている。本当は二人で過ごす予定だったのに、急に勤務することになってしまって、家には無駄に有給をとった私だけが残った。シャクだったので、「最もクリスマスらしくないことをしてやろう」と、昔使っていたデッキを引っ張り出してカードショップまで来てみたのだ。(ちなみに、遊んだのは『統率者』という多人数用のカジュアルなゲームで、昔のカードが全てそのまま使えるルールだ。偶然の再会に盛り上がってしまって、他の2人のプレイヤーには悪いことをした)

 ディナーのコースが始まる。

「青木くんはなんで、クリスマス当日にカドショにいたの?」
「……流れで分かれよ。この店予約してたから、それまでの時間つぶしだよ。したらドタキャンされてたの」
「やっぱりそうなんだ。なんかごめん」
「いいよ、久しぶりに顔見れたし、当日キャンセルするぐらいなら来たほうが店にも迷惑かからないでしょ」

 丁寧に、かわいらしく料理された前菜にフォークを伸ばす。自炊ではできない複雑な味がする。

「うまいな、これ。バルサミコが効いてる」
「う、ん。そうだね」
「苦手だった?」
「いや、食事の感想が聞かなくても出てくるなんて、久しぶりで」
「なんだよそれ」

 青木くんも前菜を美味しそうに食べていた。こいつは美味いときは美味いと、ちゃんと口に出すタイプだったな。何を出してもぼーっとした顔で食べて、「美味しい?」と聞いて初めて「ウン」って返す夫とは違う。

「ていうか、そっちこそOK出るとは思わなかったよ。許可とってるんだよな?」
「青木くんと、って言ったらちいかわのスタンプで二つ返事してたよ」
「信頼されてるのはいいけど、なんか、危機感とかないのかな」
「何もしないでしょ?」
「しないけどさ」

 パスタが来た。トマトソースの赤い色と、バジルの緑がクリスマスカラーだ。ワインにもよく合う。

「あの時は、なんの店だったっけ」

 私の口をついて出たのは、大学時代のあの日――今日と同じ、クリスマス当日の話題だった。

「新宿の、なんだっけ、覚えてない。なんかネットで調べたちょっとしたイタリアンだったよ」
「うん。いいお店だったよね。私に告白しようとしてたんだから当然か」
「苦い思い出さ……」

 彼はわざとらしくチャカしてみせたが、チャカしきれていなかった。やっぱりけっこう効いているんだろうか。あの日のことは。彼は「あの頃はオレも若かった。何もかもが懐かしい」と、ダメ押しで続けた。

「いや、ほんとに若かったよ。今だったらもっとうまくやれる」
「まあ、だろうね」
「……そしたら、結果、変わってたと思う?」
 不意に、店に流れていたクリスマスソングが止まった。彼の少し茶色がかった瞳に、ムードを演出するキャンドルライトが反射している。

「……いや。変わらないよ」

 私はパスタを口に運んだ。

「だって、前日に……12月24日、クリスマスイブに、田崎くんが私に告白して、私はそれにOKしてたんだもん。だから、変わらない」

 何年か前の、12月24日。青木くんが私に告白する1日前。田崎くんは私を大学前のサイゼリヤに呼び出し、告白をした。言葉に詰まりながら、言い淀みながら、しまいにはべそべそ泣き出しながらの、散々な告白だった。それが面白くて、ちょっと哀れで、私はそれを受け入れたのだ。

「それだよね」
 彼はきれいにスープを飲み終える。
「たらればついでだけど。僕のほうが24日に告白してたら、どうだっただろうな。あの頃の僕でも、田崎よりはイケてたと思うんだよね」
「ちょっと、私の夫なんだけど」
「でも、そうだろ」
「まあ、そうだけど」

 夫は、もとから本当に垢抜けなくて、別に私がいろいろファッションを指導した今でも付き合った当時そのままの感じで、おじさんになっている。逆に青木くんは、学生時代からちょっと垢抜けないだけで、わりと顔が整っていた。今はその垢が抜けて、しかもけっこう痩せて、わりといい感じになっている。だから、彼は客観的に見て正しいことを言っている、と思う。
 もちろん、素のスペックなら夫に――田崎くんに勝てるという彼は、率直に失礼で傲慢なのだけど、彼が(私にフラれてから?)かなりがんばって今の感じになっているのも知っているので、あまり怒る気にもなれないのだ。

 彼はスプーンを使わず、器用にフォークだけでパスタをまきとっていく。

「だったら、俺でもよかったろ」
「いや、もう付き合ってたわけだし」
「告白成功した直後に『やっぱなし』なんて、よくある話だろ」
「……なんというか、大変だね君も」
「単に1日、早いか遅いかだろ。俺は24日……用事があったし、ちゃんとイイ店も抑える必要があったから、25日だったんだよ。つまるところ、偶然じゃないか」

 私は少し驚いた。

「偶然って……そうとも言えるけどさ。それって、『あと1ターン早くあのカードが引けていれば勝てたのに』みたいなこと?」
「……まあ、そうかも」
「人生ってだいたいそういうものじゃない?だいたいのことは偶然で決まっちゃう。デッキの一番上に何があるか、誰にもわからない。私は、田崎くんと結婚することになったのは、『良い偶然』だと思ってるけどな」
「そうじゃ困るんだよねえ。『悪い偶然』ばかりの側にとってはさ。今日だって25日のディナーをドタキャンされてるんだぜ?」
「うーん、それは可哀想だけど……」

 店員が次の皿セコンド・ピアットを運んできた。肉料理だ。香ばしい匂いが立ち上り、私達は一時話すのを止めてフォークとナイフを伸ばす。

「「うまっ」」

 声が重なって、思わず笑ってしまった。本当に美味しい。噛むたびに、コクのある脂と甘めのソースが口にあふれる。私たちはしばらく、話すのをやめて肉料理を味わった。

「あ、そうだ。これあげるよ。クリスマスプレゼント」
 ひとしきり味わったあと、私は急に思い出して、バッグを漁る。
「何……って、イクサランのセトブじゃん」
「自分用に5個買ったんだけど、せっかくだからあげる。2つ選びなよ」
 カードショップの店頭に並んでいた、(たぶん)最新のパックを5つ、渡してみせる。青木くんは「ありがとう」と言ってから、適当に2つを取った。
「これ、一番当たりはなんなの?」
「《魂の洞窟》かな。1枚6000円ぐらいする。《骨集めのドラコサウルス》か《ティシャーナの潮縛り》も高いね。ティガレックスみたいなやつ」
「出るといいね。まあ、残ったほうから出るかもしれないけど……その2パックからそれが出たら、青木くんは偶然だと思う?」
 彼は少し考えて、この質問がさっきの話とつながっていることに気づいたようだ。少し意地悪に笑いながら、彼は答える。
「僕はこのパック、合計2箱分ぐらい剥いてるけど、《魂の洞窟》が1枚も出てない。もしこれで出るとしたら、確率が収束したってことで、『偶然じゃない』。これでどう?いいカードが引きたくてお金をたくさんつぎ込んだんだから、そうじゃないと困る」
「……それならお店でシングル買いしたほうが安かったんじゃないの?」
「そういう話はしていないんじゃよ」
「とにかく、『悪い偶然』だけを『偶然』扱いするのは違うんじゃないのって話。私が田崎くんと24日にデートした『いい偶然』も、青木くんのデートが25日になった『悪い偶然』も、同じ『偶然』。言い方を変えれば、私たちはそういう運命じゃなかったんだよ。たらればはお酒のつまみにしかならないさ」
「含蓄はあるね」

 お肉の最後の一切れを口に運びながら、私は彼の食べる様子を見ている。フォークとナイフの使い方が上手い。
 うん、やっぱり。かっこいいけど、ドキドキはしない。大学時代だったら、少し違ったかもしれないけど。
 もし――たらればの話だ――青木くんと結婚してたら、クリスマスや記念日にはこうやって、いい感じのディナーを演出してくれるだろうし、生活だって楽だったかもしれない。でも、そうはならなかったし、もうなれないんだな。

 でも、それは君の自業自得でもあるんだよ。そんなことを考えながら、私はワインをあおる。

『だったら、俺でもよかったろ』

 うん、君でもよかった。確かに、あのときの私はそうだったかもしれない。わりと彼氏がほしかったし。誰でもよかったというと言い過ぎだけど。
 言ってしまえば、青木くんでも、田崎くんでも、どっちでもよかった。でも、君だって、私じゃなくてもよかったんでしょう?

 24日、青木くんは別のサークルの……たぶん『本命の』人と会っていた。たまたま友人の友人がそのサークルにいて、あとでたまたま聞いた。もちろん、彼はそのことを知らない。

 24日に本命と会って、失敗しても25日がある。最適解かもしれない。彼が欲しかったのは『彼女』であって、私ではなかった。まあ、大学生だからそういうことも、別に変ではない。でも、私だってそれに気づかないほどバカじゃない。

 愛というのは、畢竟、えこひいき・・・・・だ。24日の誰かと25日の私を並べて……手札のカードを見比べて、唱えるキャスト順を検討したり、マナを立てて構えるかを吟味しているようなのは、恋愛というゲームには馴染まない。
 もし本当に、私を彼女にしたいのだったら……店選びも、他のサークルの女の子もほっぽって、24日にサイゼリヤで告白すべきだったんだ。田崎くんはそれができた。彼はできなかった。それだけの話。だから、この運命は偶然か必然かでいうと、だいぶ必然寄りなんだよね。

(でも、まあ、それが『良い偶然』だったかはわからないけど――少なくとも、私は『良い偶然』だったと思うしかないんだよね。だって、そうなっちゃったんだから)

 青木くんだって、真面目でいい人だ。けっこうかっこいいし、この年になって……というか、夫と生活を共にしてみて、こういう毎年のイベントごととか、女性へのエスコートとか、ちゃんとこなせるってことが、美徳なんだということもわかる。もし、久しぶりにご飯を食べて、ドキドキしたら……二件目や、その先に行ってもいいかな、とさえ思っていた。夫に連絡したというのはウソだ。許可なんかもらってない。
 でも、不思議と、というべきか、当然、というべきか、私はちっともあの頃のようにドキドキした気分にはならなかった。もう、そういう物になってしまったのだ。なっちゃったからにはもう、ね。

 最後の皿、デザートが来る。食事ももう終わりが近い。ガトーショコラだ。雪みたいに粉砂糖がかかっていて、小さなサンタクロースが乗っている。ちょっと子どもっぽいけど、逆に良い。

「うわ、めっちゃ好きなやつだ。ねっちりしたタイプの」
「うん、私も好き」

 なんとなく会話が仕切りなおされて、そこから私たちは、とりとめもないことを話した。大学時代にやったバカ話とか、最近のマジックのこととか。久しぶりに出会った友人同士の会話は、とても楽しかった。

 おいしかったね、そろそろ出ようか、と話している時、私のスマホにLINEのチャットが届いた。夫からだ。
『今終わった ケーキ買って帰ろうか?』
 クリスマスケーキは、すでに手配してある。2人で選んだはずなのに、忘れてしまったんだろうか。
「あいつから?」
「うん、ちょっとごめん」
 手早く返信する。
『もう買ってあるよ』
『了解』
 了解、じゃあないだろう、と思いながら文字を打っていると、続けてもう一通届いた。
『いっしょに食べるの楽しみ 走って帰るわ』
 ……全く。この程度でうれしくなってしまうのだから、本当に損な話だ。私は打っていた文字を消して、ちいかわのスタンプで返した。

 店を出ると、冬の風はさらに強くなり、道行く人がマフラーに首を埋めている。

「今日はありがと。久しぶりに美味しい外食できたし、話せて楽しかった」
「こっちこそ。駅まで送ろうか?」
「いい、私バスだから」
「ん、じゃあ気を付けてね。良いお年を」
「そうか、もう年末だ。良いお年を」
 青木くんは私に大きく手を振って、駅のほうへ歩き出す。
 またウソをついた。私も電車で来ていたけど、このまま彼と時間を必要以上に過ごすのも、なんか悪いような気がしたから。それは、彼にだろうか、夫にだろうか。
 バス停の方向にあるきながら、ポケットに入れっぱなしになっていたパックに気づく。彼に手渡した物の、残りの3つ。なんとなく剥きながら歩く。船、網、吸血鬼。うーん。《魂の洞窟》はないし、ティガレックスもない。たぶん、目立ったレアカードは出ていない。

(ま、そんなもんか。出たカードで楽しめれば、それでいいんだし)

 私はカードを再びポケットにしまいこんだ。せめて、彼のほうのパックには、良いカードが入っているといい。私にはもう、その内容を知るよしはないのだけど。

 すでに25日も終わりに向かう街は、少しずつクリスマスの空気を脱しつつあった。これから、お正月に向けて装いをかえていくのだろう。

 あの日……もしかしたら私は、1日判断を遅らせたほうが、幸せだったのかもしれない。あるいは、青木くんは1日早く私に会えば、私と付き合ったのかもしれない。
 1日遅れのクリスマスを過ごすには、お似合いの2人だったんじゃないかな、と私は思った。

おわり

サウナに行きたいです!