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スペルバウンド

「síndər」
 シィンダァ、と聞こえた。
 ぼくは手を挙げ、質問権を使う。
「意味は何ですか」
 読み手のミス・ブラウンが答える。
「灰、燃え殻」
 この単語は知らない。でも、スペリングビーでは一度だけ質問ができる。その答えから綴りを推測することも。

 燃え殻→炎。エースバーンCinderace。補習クラスで遊んだポケモンの英語版。イビサの相棒。

「C,I,N,D,E,R.Cinder」
「正解です」
 感心したような声が体育館に流れた。
カンニングしただろYOU CHEATER!」
 席を蹴って叫んだジャックは、客席の父親が顔を顰めているのを見て、口を閉じた。
 カンニングは和製英語で、こっちではcheatという。ジャックがさっき小声で吐いたのは差別用語だ。どちらも最近知った。

「すげぇな、アキート」
 イビサが太った体を揺らしてガッツポーズした(これも和製英語)。アキヒトって名前は、みんなには発音しづらいらしい。

 ぼくらは、ぼくらだけの英語で、短く言葉を交わす。

「イビサ。がんばってGanbatte
「おう。がんばってGanbatte!」

「ジャックの野郎、ええと、ムカつくよな」
 学校の屋上から飛び降りようとしたぼくに声をかけたのは、同じクラスの男子、赤毛の天パのイビサだった。
 ぼくは頷いたけど、言葉に詰まる。日本語なら悪口も言えるのに。

「あいつ、おまえが算数で、ええと、目立ってたのが、ムカついてんだよ、だからあんなこと」
「日本でもう習ったとこだから」
「勉強が得意なら、いい方法があんだ。ジャックを、ええと」
「見返す?」
「それ」

 風が強く吹く。ここの風は、からからしていて嫌いだ。

「スペリングビー。綴りの大会。あいつらが出る。親も見にくる。俺らも、補習クラスで出る。アキート、いっしょに出ないか?」

「toʊˌfu」
 イビサが問題を聞いて首をひねった。
 君ならわかるはず。落ち着いて、「正しい質問」をするんだ。

つづく


サウナに行きたいです!