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シンデレラの時計に耳をすませて

デレマス。アイドルマスターシンデレラガールズ。
このコンテンツに心を奪われてから5年とちょっとが経ちます。

改めて自分が何故“デレマス”が好きかについてまとめておきたいと思い、この記事を書いています。デレマスがまだよく分からない方に興味を持って頂いたら嬉しいですし、既に知っている方好きな方により好きになるきっかけになったら嬉しく思います。

デレマスことアイドルマスターシンデレラガールズは、アイドルマスター(以下アイマス)というバンダイナムコが出しているゲームのシリーズの一つで、これはアイマス全体で共通なのですが、アイドルを主人公として、それをプレイヤーがプロデューサーとしてレッスンを行ったり仕事を与えたりなどしてプロデュースしていくという話になっていて、デレマスはその上で「シンデレラ」がコンセプトになっています。プロデューサーにスカウトされることによって、昨日までの普通だった女の子がアイドルになる「シンデレラとしての物語」がデレマスの軸であり、大きな要素なのです。

デレマスのシンデレラは190人います。驚かれるかもしれませんが、マジの190人です。1人1人しっかり物語のある、190人。歴史を重ねるごとに人数も増えているので、もしかしたら200人に到達する可能性も、これからもしかしたらあるかもしれません。プレーヤーはその中から好きなアイドルを見つけたり、あるいは担当(ちゃんとした定義はありませんが、強く推すアイドルがいる人のことを指します)になったりしながら、デレマスの世界を楽しんでいきます。ゲームはソシャゲで展開されていて「モバマス」という、育成シュミレーションがメインのものと「シンデレラガールズ スターライトステージ(デレステ)」という音ゲーを含むものの2つがあって、歴史的にはモバマスが最初に開始されたゲームで、何年か経ってデレステがあとから導入されたという流れです。モバマス開始からすると今年で10周年。かなり長い間続いているコンテンツと言えますが、僕が入ったのはちょうどデレステ開始時なので、5年ほど前。じゃあ何故僕はデレマスに触れることになったのか。

自己紹介が遅れました。僕は虎猫と言いまして、デレマスでは諸星きらりというアイドルの担当をしています。デレマス以外の趣味として大喜利を長くやっていて、インターネット上のサイトに投稿をしたり、オフラインで集まって大喜利の会をやったり、かれこれ10年以上活動しているのですが、その中であるとき「デレマス大喜利」という会に参加しました。これは名前の通り、デレマスに関する大喜利のお題が出て、デレマスを好きな人が答える、という趣旨の会で、当時僕はデレマスは全くやっていなくて、会の前あたりに放送していたアニメを見ているくらいの知識だったのですが、会がまず楽しかったのと、僅かな知識を使って結構ウケれたのもあり、次回以降続いていくそのデレマス大喜利に引き続き参加していくことになります。最初は大喜利の為の知識をつけるために、デレステをダウンロードしてアイドルを知っていったり(最初に参加したときは190人のうち30人くらいしか知りませんでした)大喜利が先に立っていたのですが、会を重ねるごとに、また、会の中で知り合ったデレマスのプロデューサーと親交を深めるごとに、徐々にデレマスの存在が自分の中で大きくなっていくのを感じました。いつからか僕は大喜利を抜きにしてデレマスと関わるようになりました。じゃあ何故僕はデレマスにより触れることになったのか。

デレマスはその10年の長い歴史の中、ずっとその時計を動かし続けてきました。これが例えば一つのアニメ作品で、二期三期とやっているものだとしたら、相当なシーズンを重ねている年数になります。先に少し触れましたが、デレマスも一度アニメ化されてはいますけど、それも一部のアイドルに触れるに留まるものでした。デレマスの動きは主にゲーム上、モバマスやデレステの中で行われるイベントや、ガチャによって引けるアイドルのカードに付随しているコミュ(アイドルとの会話などで進む軽いストーリーのようなもの)によって進んでいくんですが、年数を経るごとに、イベントやコミュの中でアイドルは変化ないし成長を見せていきます。アイドルはそれぞれに物語があって、例えばアイドルになった理由、内に秘めた過去や、未来に抱いている夢。それらが少しずつ、確実に前に進んでいく姿にこそ、強く心を惹かれるのです。その次を「アイドルの次」をどうしようもなく見たくなるから。

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彼女は関裕美というアイドルです。
ツリ目でうまく笑顔が作れなくて、怖いと思われることがコンレプックス、アイドルになることにも躊躇いがあり、なってからも自信の無さから辞めたいとこぼすほどの子で

目つきがきついって言うんでしょ?別に…言われ慣れてるし、今さら何とも思わないよ。こんな私がアイドルなんて…本当にできるようになるのかな?

最初はこんなぶっきらぼうに言ってしまうくらいなんですが、プロデュースを重ね、周りと関わることにより徐々に自分に自信を持っていき、少しずつ笑顔を見せられるようになっていきます。

アイドルになって、世界が輝いて見えたの。でも、きっと最初から輝いてたんだよね。プロデューサーが気づかせてくれたんだ!

初期のカードの人気の高いセリフなんですが、顔を上げないでいたから、自分が世界をちゃんと見ていなかったから、世界の姿に気付けなかった。自分の心持ち次第で世界は輝くんだ、と笑顔で言う彼女の姿は感動的で、以降、世界を真っ直ぐに見られるようになった彼女はアイドルとして輝きを増していきます。

ステージから、ファンのみんなを見ていて、気づいたの。楽しさや嬉しさを素直に感じれば、自然と笑顔になれるって。アイドルが楽しめてないステージじゃ誰も笑ってくれないよね。だから、誰よりも楽しもうと思って。
私、自分が好きじゃなかった。でも、逃げないで向き合わせてくれた人がいたから、今は、ほんの少しだけ……好き。
人は変われるんだよ。私がそうだったみたいに。
だから私の新しい目標は、みんなに伝えること。新しい世界に飛び込むことの大切さと、その楽しさを!

自分に自信が無くて、うまく前を見ることが出来なかった女の子が、自分が顔を上げることで見ることができた「輝かしい世界」を、自分がアイドルとして輝くことを通して人に見せたいと思うようになる。これが関裕美というアイドルの一つの物語なのですが、このようにアイドルそれぞれのストーリーがずっと更新され続けるのがデレマスの「時間軸」で、ときに過去のセリフを拾ったり、あるいは新しい背景が加わったり、登場アイドルを、それを見せてくれるコンテンを追い続けたくなる理由がここにあります。

また、曲を重ねるごとに訪れる変化にも、心を動かされます。特にアイドル一人のメッセージが込められた「ソロ曲」というものには強い意味があります。歌っているアイドルの数には限りがありますが、その中でも「2曲目」がさらに特別だと僕は思っていて。というのも、ソロの1曲目は一般におけるアイドルのデビュー曲でもそうだと思うのですが、自己紹介の部分が大きく、アイドルの要素やイメージをなぞったものになるのですが、それを経ての2曲目は、そこから1個掘り下げた、アイドルの内側に迫った曲が来ることがあり、聴くとハッとさせられたりするのです。

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彼女は橘ありすというアイドルです。
12歳、自分の「ありす」という日本らしくない名前が嫌いで、周りに心をうまく開けないでいる少女。子ども扱いされるのが嫌で、つい背伸びをしてしまうところがあるものの、中には年相応の幼さも持っています。


橘ありすのソロ1曲目「in fact」は、彼女の「素直になりたいけどなれない」
そんな切ない心情を歌った楽曲で「本当の私を誰も知らない」という孤独なフレーズで始まるのが印象的です。「伸ばしてくれた手すり抜けたのは嫌だからじゃなくて」「心を閉ざしてるわけじゃないよ ただ少しうまく甘えられないだけで」と、大人になりたいけれど心は子供から動いてくれない葛藤を歌いあげつつ「あなただけ特別なのは なぜ」と、自分を理解してくれる一人の人間に想いを小さく小さく告げて終わります。橘ありすというアイドルの、いわば分かりやすいイメージを歌にしたような曲になっています。


続いて2曲目の「to you for me」なんですが、これは「in fact」の一つ続編のような歌詞になっていて「あの日あの時 すり抜けた手 こんなに温かかったこと 寄り添って 気付かせてくれた」と「in fact」のときはただすり抜けていた手の、その温かさを歌っていたり「その後の橘ありす」が描かれています。「きっと素直じゃなかった 全部わかってるつもりで」と過去を振り返ったり「私の背伸びも戸惑いも いつだって導いてくれた」と感謝を言葉にしたり、ありすが「大人になれない少女」から「大人に近づいた少女」となっていることが歌詞から伝わってきて「in fact」を聴いた上での、その成長を感じることで強く心が奮わされました。まだ思うようには素直になりきれないながらも「初めて知るこんな気持ち 届けたいと思った」と終わることで、彼女の物語の続きを感じさせるのも良くて、これから曲ないしコミュでどいう展開があるんだろうかと期待をさせられます。

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一瞬だけ担当の話をさせて貰うんですが、彼女は諸星きらりというアイドルです。186㎝という高身長に「にょわ~」「はぴはぴ」という独特な言葉遣いが特徴的なんですが、その実、身長へのコンプレックスから、自分の好きなもの可愛いものを諦めたりもしてきた少女です。


諸星きらりのソロ1曲目「ましゅまろ☆キッス」は、彼女の「可愛いものが好き」という要素が詰め込まれた、ポップな曲調と女の子な歌詞が特徴の楽曲になっています。諸星きらりというアイドルがいたとして、その最初の曲はこうだろうなというど真ん中の曲というか、好きな曲ではあるものの「アイドルの曲」という側面が1個強いんですけれど


2曲目の「にょわにょわーるど☆」は、タイトルに「にょわ」と彼女の口癖が入っているところにもう出ているんですが、かなり本人のメッセージが反映されていて「好きな色 好きな形 ひとりひとり違っていい」と彼女の信念、自分の好きなものは好きで貫いた方がいい、という言葉が、1曲目と引き続き可愛い曲調の中にも光っています。アイドルになることで、今まで諦めてきたものすら今は拾えるようになった彼女の歌う「だいじょぶ 迷わない この手つないで はぴはぴ」には、いち担当として胸を打たれたりもしました。

このように、デレマスの曲が作る「時間軸」も、僕が強くコンテンツに惹かれる理由の一つです。ソロ以外でも、ユニットの曲が出る際に、過去の文脈から「この子」が「この曲」を「今」歌うんだと、広がりを感じることもあるし「この子」と「この子」が歌うんだという、アイドル同士の関係性から物語を感じることもあります。途中から入ったらピンと来ないときもあるかもしれないですし、僕もそのクチだから「あれはこういう意味があったんだ」って後から知ることが今でも多々ありますけれど、それを知っていける楽しみもあるし、今この瞬間も、その時間軸は進み続けているので、これから新しく起こる物語に胸を躍らせるのもいいのかもしれません。デレマスの時計の針は、今なお刻まれ続けているのです。

改めて。デレマスのシンデレラは190人います。その中で、声が付いているアイドルは91人、なんとおよど半分のアイドルには声が付いていません。これだけゲーム展開していて半分のキャラクターが?というかキャラクターごとに差が?って思うかもしれません、僕も最初はピンと来ませんでした。例えばさっき紹介した関裕美に関しても、声が付いたのはここ数年の出来事でだったりします。ただ、これもデレマスの大きな要素であって、他のコンテンツ、ひいては他のアイマス作品とも異なる部分でもあります。デレマスが最初に稼働した当初はアイドルには声がついていなくて、そこからCDのリリースなどで徐々にアイドルに声が付き始め、加えていつからか「総選挙」というものが行われて歴史が動くことになります。人気投票として始まったそれは、上位に選ばれたアイドルにボイスが実装(声が付くことをそう表現します)されることで、単純な人気投票ではなく、特にボイスが実装されていないアイドルの担当にとっては物凄く意味のあるイベントになりました。そもそも「選挙」と名が付くだけあって、そこにはプラスの感情だけじゃなく、マイナスなものも飛び交います。それもそうです、担当が勝つことにはあまりにも意味がある。ボイスが付いていないのならもちろん、ボイスが既に付いているアイドルにしても、それによって曲が貰えたりゲーム内のイベントに呼ばれたり、ポジションが変動したりもする。僕はまだ選挙に関しては新参で、強い感情にぶつかったことは幸い無いですが、デレマスの話を進めていく上で、ここを避けて語れはしないと思い、触れさせて頂きました。ただ、その上でこの「ボイスの実装」や「選挙によってのキャラクターの変動」などによってデレマスの時計は動いていくし、その大きいうねりが常にあることも、このコンテンツから目が離せない一因でもあります。

デレマスを知っていくことで、その中で人と関わっていくことで、色んな担当の人たちの想いにも触れてきました。「担当に声を付けたい」「担当にライブに出て歌って貰いたい」その感情はいずれも強く、熱く、最初僕は担当というものも名乗っていないくらいだったので、そこにはあまり共感できていなかったんですが、先に上げたように、デレマスの時間軸を感じ、デレマスの時計の音が聞こえるようになるにつれ、ゆっくりにですがその「内側」に入っていくことになります。一番のきっかけは初めてライブに行ったことでした。去年は情勢もあって中止になりましたが、デレマスは毎年大規模なライブを開催していて、これはライブに行っていない人が結構言うし、僕もマジで思ってたんですが、デレマスのライブといっても実際は声優の人が歌うので「声優さんのライブ」というイメージが強く、100パーセント楽しめる自信が無くて一歩踏み込めないでいました。それを一度、知り合いに強く勧められて、半ば手を引っ張られるようにして行ったライブ、それが本当に楽しくて、一瞬でハマってしまいました。色々要素が絡んだのもあります。そのライブは出演者がアイドルの個別の衣装を着て行うライブで、スッと入りこめたのがデカかった。普段は全員で統一の衣装を着ることが多いので、実際そのあと観た何回かのライブだと、人数が多くて一瞬誰か誰かを把握しきれない瞬間も正直ありました。でも、その1回のライブが、その日のライブがあまりに良かったため、僕はそのステージの向こうに、今まで自分がゲーム上で見ていた彼女たちのステージを感じてしまったのです。「そうか、アイドルたちはここを目指していたんだ」と、これはあまりに感覚的に過ぎるので「?」と思って貰っても全然良いんですが、僕は思って、それから担当というものに身を置くようになりました。

そして、今まで他の担当の方がどうしてそんなに情熱を燃やしていたかについても少し理解しました。このステージを一つの集大成として、ここで自分の好きなアイドルが立つということが、歌うということが、どんなに意味があるのことなのか。ライブを観て実感しました。ちょうど今年の初めにも配信限定ですがライブがあって、そこで初めての舞台に立つアイドル、初めて歌うアイドルも何人かいたみたいで、僕はライブを観れなかったんですが、Twitterのタイムラインから流れてくる阿鼻叫喚で全てを悟りました。初めてのライブ、特に出演者にとっては相当なハードルがあると思います。声が付くまでの何年かで出来上がったイメージがあって、その上で喋るだけでも壁があるだろうし、実際にライブで歌うとなるとその何倍ものプレッシャーがある。けれど、僕が何回か目にしてきたそれらは、いずれもその壁やプレッシャー、ノイズを跳ね除ける素晴らしいステージで、溢れんばかりの喝采を浴びていました。まず、何より登場時に会場のそこここから降ってくる歓迎の拍手と声援に、強い感動を覚えました。それもそうです、今日のこの日この瞬間を、担当の人たちは何年も待ち侘びていたのだから。自分の好きなシンデレラの時計が12時を指すことを、魔法がかかるそのときを、ずっと待っていたのだから。それを見て僕は、改めてデレマスの持つ「時間軸」に心が惹かれるのを感じるのです。


多分ですが、デレマスがもっと単発の、例えば1クール2クールで終わるアニメだったら僕はここまで長くコンテンツを追っていないと思います。それは単純な長さの話じゃなく、その上でデレマスが時計の針をずっと動かし続けてきたから、190人それぞれのストーリーを見せ続けてくれたからに他なりません。ずっと「次」を見ていられるし、その「次」が自分たちによって動く瞬間があるかもしれない。シンデレラの物語のように、明日は夢が見れるかもしれない。そんな気持ちを胸に、今僕は、かつて最初に自分が目にしていた他の担当の方たちのように、強い感情を出すまでになりました。担当についてのnote記事を書いたり、ライブレポを書いたり、自分の中のどこにそんな情熱があったんだ?ってくらい、このデレマスというコンテンツに突き動かされています。この記事を書いているのだって、最初にデレマスの大喜利に参加したときには想像すらしていなかったと思います。5年間、最初はゆっくり、途中からは前のめりにデレマスの世界を走ってきて、今回、全部を伝えきれたか分からないし、個々のキャラクターどうこうの話をすればキリも無い中で、できるだけコンテンツ自体への想いを書いてみて、改めて自分の中でまとめることができたかなとは思います。読んでくれた人がどう感じてくれたかは分かりませんが「だからデレマスが好きだ」の部分は書けた気はします。


最後になりました。最後に、蛇足かもしれませんが、少しだけ。
これは「always」という曲で、先に紹介した総選挙の、ある年の上位アイドルで歌われた楽曲になります。ライブで1回披露されて、僕は幸運にもそれを目にすることができたのですが、実際に耳にしたとき、その歌詞のあまりの強さに信じられないほど泣いてしまいました。

いつも いつも いつも
あなたは見つめていてくれてたんだね
私に出会ってくれて ありがとう
いつも いつも いつも
私はあなたに愛されていたんだね
私を見つけてくれてありがとう


自分たちがそのシンデレラの時計の針を見つめているとき、アイドルたちも自分を見つめていたんだなと思ったら、強く胸を打たれて、大人なんですけど涙が止まらなくなりました。本当にベタで死ぬほど月並みですが、これを聴いた瞬間「応援してきて良かった」と心の底から思いました。
alwaysの最後はこの言葉で締められます。

私を選んでくれて
ありがとう


シンデレラの時計は今この瞬間もチクタクと動き続けています。
僕はこれからもその音に耳をすませて、ときに喜びながら、ときに泣きながら、ときに誰かとそれを分かち合いながら、生きていきたいと思います。

長々とすいませんでした。この記事をきっかけに、読んでくれた方の耳に、その時計の音が少しでも届けば幸いです。

ありがとうございました。

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