【声劇台本】榊原わかばの孤独(40分)【男1:女1】
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以下本文
わかば:いつも、夢を見る。いつも。部屋にはでかい黒板。何かを書こうとチョークを取り、何かを書こうと向き合う。瞬間、何を書こうとしてたのか、いつも忘れてしまう。それでもいつも、何かを書こうとチョークを取る。
はるか:うわ、すごーい!
わかば:え?
はるか:ね?ね?どうしたのこの黒板?なんで部屋に黒板があるの?
わかば:買って貰った。
はるか:え、なんで
わかば:高校の入学祝い
はるか:そうなんだ。こんなでかい黒板なんか売ってるんだねー
わかば:欲しい人がいるんだから、売ってくれる人だっているさ
はるか:えー。学校しか買えないんじゃないのこういうの。どうやって買ったの?
わかば:お金で
間
はるか:むぅ…
わかば:何だよ…
はるか:私はね。黒板が夢やおはじきで買えると思ってるほど、子どもじゃないんですよ
わかば:江戸末期にはおはじきが貨幣代わりに流通してた事もあったから、もしかしたら買えたかもしれない
はるか:え!?何それ!
わかば:当時はガラスの事をギヤマンって呼んでて。希少品だったから、銀不足とも重なってお金として使ってた事もあったらしい
はるか:ほんとー!?じゃあ、おはじき持って江戸末期行ったら、私はお金持ちかな?
わかば:ははは。
はるか:なにかな?
わかば:嘘。
はるか:…むぅ
間
はるか:わかばは嘘吐きですね
わかば:はるかが何でも信じるから、だよ。
はるか:信じる者は救われるのですよ?
わかば:信じる者と書いて儲かる。だ
はるか:わかばは屁理屈が多いです
わかば:屁理屈でも理屈だよ
はるか:わかばはクマバチを飛ばせてあげない人間ですか?
わかば:・・・クマバチ?
はるか:クマバチは、構造上飛べないんですよーわかば知らないの?
わかば:クマバチは飛べるよ。レイノルズ数を知らない人間が見た幻想で彼らは飛んでいるわけけじゃない。ましてや、飛べないことが分からないから飛べる。なんて理由でもない。今証明して見せようか?まずこのことを説明するにはなんで飛行機は飛べるのかについてベルヌーイの法則を使うところからしなくちゃなんだけど、そこは
はるか:…こうしてやるー!!!
わかば:あー…
はるか:ふふん。わからずやのわかばなんてこうですよー
わかば:折角制服新しいのに…汚れるぞ
はるか:あ…
間
はるか:あー。あー
わかば:こすりつけるな。
はるか:わかばのはボロッちいんだからいいじゃない。
わかば:あのな・・・
はるか:なんかね。数学の先生がわかばのこと凄い褒めてたよ。わかばには数学のセンスがあるって。
わかば:なにそれ。
はるか:数学の得意なやつはザラにいるけど数学のセンスがあるやつは中々いないって
わかば:ふうん。数学の先生って、どんな人?
はるか:ほら。あのやたらにカピバラっぽい先生いるじゃん!入学式の日に2%は確実に学校を辞めますって言い放った
わかば:いつした?そんな話
はるか:南階段の掃除の時。あそこの掃除の担当あの先生だから。
わかば:ああ。
はるか:あ、ねぇねぇ、わかばもっと学校来ないの?このままだと単位危ないって先生方も言ってるよ?
わかば:週に3回は行ってるんだからからいいだろ…別に
はるか:それって週休4日じゃん。なんでわかばだけそんなにゆとり教育の恩恵を受けてるの?ゆとり教育の神様に愛されてるの?ゆとり教の救世主になっちゃうの?
わかば:なんだよゆとり教って
はるか:ゆとり教はゆとり教だよ。活動内容は一日一回自分がゆとり教の信者である事を思い出すこと
わかば:開き直った哲学者みたいな活動内容だな
はるか:それでね。この前のテストあったでしょ?中学の復習のやつ。あれのね。最後の問題の正解率がうちのクラスで2.5%だったんだって
わかば:それ。俺だけだったんだ正解したの
はるか:え!?なんで!?2.5%だよ!?あと1.5人は正解した人いるはずだもん
わかば:1.5人ってなんだよ。
はるか:クラスの平均身長をわりだして、たとえばそれが160センチなら。240センチの人?
わかば:その話はあえて無視しよう。
はるか:なんでよー
わかば:あのなはるか。母数は100じゃないんだ
はるか:ぼすー…?
わかば:母なる数と書いて母数だよ
はるか:お母さんなの!?
わかば:…そうだよ。お母さんだよ
はるか:そっかぁ…お母さんかぁ…じゃあ、仕方ないか
わかば:そうだな仕方ないな
はるか:うーん…。うん!借りるよー
(詩をしたためる)
はるか:母の裾の内には
はるか:2.5人の子が潜む
はるか:そのうちの1.5人は
はるか:雑紙を好んだ数字の
はるか:その猥雑さの中に
はるか:そっと隠れてしまった
わかば:これも夢だ。はるかは国語が得意だった。制服を着たはるかが、学校帰りに家に来る。物理とか、数学とか教わりにくる。俺は逆に国語とか英語とかが苦手で、いつもはるかが出す問題や、はるかが書く詩の意味は分からなかった。
間
わかば:何だそれ…
はるか:消えた1.5人と母数の謎を詩にしたためてみたよ
わかば:はるか。母数は中学で習うと思うんだけど。
はるか:…えへ
わかば:誤魔化すな。ほら、数学と物理の教科書とノート出して。今日も授業で進んだ分まで教えてやるから
はるか:ぅー…。学校で教えてよぅ。わかばの部屋でまで勉強したくないよぅ
わかば:週3日は学校で教えてるだろう?
はるか:週5日で!
わかば:一日で随分進んだな。ここ間違ってる。こう言う時は両辺に同じ数をかけるって前にも言っただろ?…あ、ほら、書いてある。
はるか:……
わかば:…なんだよ
はるか:問題を出してあげます
わかば:残念。今は数学の時間…
はるか:あるところに父親と娘の少女がいましたー
わかば:いや、だから数学…
はるか:親子は上野動物園へ向かう途中に事故にあってしまいました。そこで悲しくも父親は死んで、少女は意識不明の重態です。ついでにパンダも死にました
わかば:はーるーかー…
はるか:急いで少女は病院に運ばれ手術されることになりました。手術するのはベテランのお医者様です。手術服を着て手術室に現れたお医者様は、少女を見るなり真っ青な顔になり、言いました。『手術は無理です。これは私の娘です』
間
わかば:それが?
はるか:え!? それがって!? 不思議じゃないの!?
わかば:なにが?
はるか:…私、帰る
わかば:あっ。ちょっと!はるか!!
ここで夢の場面が変わる
はるか:安らぎの海の丁度真ん中に
はるか:狭い狭い君の部屋がある
はるか:いつだって消えてもいい気持ちで
はるか:柔らかな数字を見つめている
はるか:緑色の窓を開くと
はるか:たくさんの白い蝶々が飛び立った
はるか:数えて欲しそうに
はるか:しばらくは蛍光灯の周りを羽ばたいていたが
はるか:やがて黙って冬の形になると
はるか:僕らに、はらはらと降り注いだ
はるか:手のひらに解けた蝶々のために
はるか:押入れから毛布を出して、二人して包まった
はるか:窓の向こうでは
はるか:夏がもう、足踏みをして待っていた
わかば:いつも、夢をみる。いつも。いつも俺の部屋、いつもはるかは制服。懐かしい夢はるかが勉強を教わらなくなったのはいつからだったろう。いつからだろう。あやふやになっている。もっと遅くに来ればいいのに。夜は暗くて怖いから。たまに、俺以外だれも、この世界にいない感覚になる。夜だからか。本当にそうなのか。わからなくなる。
間
わかば:ああ、もうまた制服汚して…
はるか:私は吟遊詩人になります
わかば:ああ、そう…
はるか:ついでに宇宙にもなります
わかば:頑張って…
はるか:黄金色(こがねいろ)の麦の穂にもなります!
わかば:美味しく実るといいな…
はるか:…わかばの馬鹿
わかば:…
はるか:ふふふ
わかば:ん?
はるか:楽しいね?
わかば:え?
はるか:こんなに楽しいから、学校に来てくれないの?
間
わかば:はるかには関係ないだろ。
はるか:おっと、このおのこはなんてこと言いますかね
わかば:楽しくても、楽しくなくても学校に行く気はない
はるか:天才様はいいですねー
わかば:あのな。
はるか:国語はてんでだめだめですけどね
わかば:うるさい。
はるか:自分の名前、ちゃんとかけるかな?
わかば:・・・
わかば、かけない
はるか:ちょっと!ちょっちょとーわーかばさん!
わかば:死にたい・・・
はるか:榊原は・・・こうですよ。
0:はるか、黒板に書き始める
わかば:はるかの書く字が好きだった。かわいらしくて、どこか優しい字。詩を書くはるかの字。俺の名前を書くはるかの字。全部。全部好きだった。
間
わかば:難しい漢字だな。めんどくさい家に産まれたもんだ。
はるか:そんな事よりも。ね
わかば:うん?
はるか:キス、しよう?
間
わかば:しない
はるか:ぶー。わかばは女の子に興味はないんですか?
わかば:女にも男にも、興味なんてなかったら良かったのにと思うよ
はるか:わかば男にも興味あるの!?
わかば:…多分、はるかが想像してるような興味じゃない。だけど。きっと興味があるから学校に行けなくなったんだよ。興味なんてなかったら、学校が怖い理由なんてないはずだ。だから、いつまでたっても、こんな夢を見る
はるか:学校が、怖い?
わかば:人が怖いんだ
はるか:私の事も、怖い?
わかば:高校に入って、俺がほとんど学校に行かなくなって、はるかが、俺の知らないところで、俺の知らない事を覚えていくのがたまらなく怖い時はあったよ。でも、そんなモノは俺の嫉妬でしかないから。それはわかっているから…
はるか:私は、ずっとずっと変わってないよ?
わかば:変わってないように見える宇宙だって膨張している。とても遠いんだ。そんなものわかるはずがない
はるか:遠くないよ
わかば:届かない
はるか:届くよ
間
はるか:ここだって、宇宙だもん
わかば:…そうか
はるか:ん。
間
わかば:違う。本当は、ここは宇宙なんかじゃなくて、社会不適合者の、欲にまみれた夢の中なんだ。だけど、はるかが笑ってくれたから。それでいいと、思った。少し、疲れていたのかもしれない。
(ここでまた夢の場面が変わる)
わかば:…はるか
はるか:…
わかば:ごめんなはるか。やっと見つけた。俺は最初から、自分の選んだ考えを信じれば良かったんだ
はるか:わかば…
わかば:モンティ・ホール問題だったんだ…。確率だけで言うのならば、考えを変えた方が多少有利になるんだ。ああ、今証明して見せようか?
はるか:わかば、ちょっとへりくつこねてる…
わかば:あぁ。俺は屁理屈ばっかりだ…
はるか:…
わかば:教えてほしい。なにがあったんだ?
はるか:高校に入って、わかばが学校に来なくなって、私も、わかばの部屋に行かなくなったでしょう?あれはね。わかばがどうでもよくなったんじゃなくて、わかばばかり、逃げてずるいから、行かなくなったの…
わかば:はるか…
間
わかば:ごめん、ごめんな
はるか:ねぇ、わかば…
わかば:うん?
はるか:私もね。人が、怖いよ
わかば:うん、そうか…。怖いな…。きっと、人が怖くない人間なんて、いないんだ…
はるか:うん。でも、やっと来てくれたんだね。学校
わかば:随分待たせた。ごめんな。本当に…。俺が学校に行ってなかったから、助けてあげられなかった…
はるか:大丈夫。大丈夫だよ。今、来てくれたから
わかば:なあはるか、俺もはるかみたいに詩を考えて来たんだ。
はるか:ほんとー?
わかば:ああ、ちょっといいかな
以下の詩を書く
わかば:狐はいつも独りきり
わかば:誰もいない暗いお祭り
わかば:もみじのある夜に少女に出会う
わかば:狐はいつも二人きり
わかば:少女のいる暗いお祭り
わかば:いつか少女がいなくなっても
わかば:狐はいつも二人きり
はるか:狐は、もみじを見るたびに女の子を思い出して風の音を聞くんだね。
わかば:すごい、よくわかったな、こんなへたくそなのに
はるか:わかばは優しいから
わかば:え?
はるか:ねぇ、人間はどうしてそんなに優しい事を書けるのに、たかだか、あの先輩に気に入られただとか、髪の色が気に食わないだとかで憎んだり、嫌ったり、敵になったり、制服をぐちゃぐちゃにしたり、殴ったりするのも、人間なんだろう?
わかば:わからない
はるか:うん
わかば:わからないけど…、人間は、好きだよ
はるか:私のことも、好き?
わかば:好きかも
はるか:良かった…。私もわかばのこと、好きだよ?人間って、凄いねー
わかば:そう、凄いんだ。人間は、凄い。凄くて、弱い。だから俺は、自分が人間である事実にくらくらする
はるか:どうして、学校に来てくれないの?
わかば:はるか
はるか:ねぇ、学校に来てよ?
わかば:彼女は確かにここに居た。ここは、社会不適合者の後悔と嫉妬にまみれた薄汚い夢の中には違いのだけれど、はるかは、もう遠くなかった。俺とはるかが会わない間に、はるかが細胞分裂をいくらか繰り返して、すっかり全身が違う細胞になってしまったとしても、はるかははるかだ。テセウスの船のようなものだ。もしかしたら吟遊詩人かもしれない。それもはるかだ。もしかしたら宇宙かもしれない。それもはるかだ。もしかしたら黄金色(こがねいろ)の麦の穂かもしれない。それも多分はるかだ。だけれども、はるかは汚くなんてない。俺の知らないところで、俺の知らない事を覚えて、例えそれがどんなに、世間に後ろ指を指されるような事であったとしても、今俺の目の前にいるはるかは、汚くなんかなってはいない。はるかは、こんなにも変わっていないのだから、はるかは、こんなにも変わらずに、僕が学校へ来るのを、黙って待っていてくれたのだから。
間
わかば:俺、行くよ。学校に
はるか:本当!?
わかば:うん。そして、きっと、俺は、人のためになるの事をしようと、思う…
はるか:人のためになる事?
わかば:そう…。モンティ・ホール問題だ…。俺は、俺だけのために、自分を使おうと思ってたから。だから、はるかを助けに行けなかったんだと思う。これからは、もっと勉強して、人のためになる事をする
はるか:そっか。良かった…
わかば:ああ。ごめん。変なこと言う。こんな夢の中でも、はるかに会えて良かった
はるか:また、ね…?わかば
わかば:…不意に、チャイムが高らかに鳴る。放課後はもうお終いだ。チャイムはおうちに帰って明日また学校においで、と。急かされるような音だった。だけど、俺はもうここには戻ってこない。
はるか:わかば?
わかば:俺は、もう行かなくちゃ
はるか:そっか
わかば:孤独から逃げるのはやめにする
はるか:…そっか
わかば:きっと、夢から覚めたらもうはるかはいないんだろうな。結構寝てたみたいだから。だから、多分孤独なんだろうな
はるか:わかば
わかば:でも、もう大丈夫だから、俺ははるかとこんなに話せたから。後悔や、懺悔とか、たくさんするんだろう、何度も立てなくなるかもしれない。けど、もう大丈夫だ。
はるか:ほんと…?
わかば:大丈夫。
はるか:良かった。
わかば:ありがとう。ありがとうな、はるか
はるか:…
わかば:さようなら。
段々と目覚まし時計の音に支配されていく
幕
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