あの夢

もう 見えなくなってしまった。
でも、いつかおばあちゃんになっても ずっと忘れたくない夢の記憶。

初めて見たのはいくつの時だったか、覚えていない。でもきっと20歳頃までは見ていたはず。
幼い頃から繰り返し 何度も何度も同じ夢を見ていた。

私に絵の才能があったらいいのに。
夢に出てくる景色を残しておきたくて 何度か試みてはみたものの、実際に描こうとすると急にぼんやりしてくるから不思議だ。

絵が無理なら、書き留めておくしかない。
まだ記憶がある今のうちに。




色鉛筆で塗ったような紺色の広がる空には、これまた色鉛筆で描いたような小さな星が キラキラと光る。
夜空の下には、しっかり手入れの行き届いた芝生の庭と 大きなガラス張りのドームを持つ建物。

床がピカピカに磨かれたドームの中では、綺麗に着飾ったたくさんの人が楽しそうに談笑している。
立食パーティーのような感じだろうか。ウエイターが数人動き回り、奥の方では太ったおじさんを含めた何人かが それぞれの得意の楽器で楽しそうに音楽を奏でる。
グラスを片手に上品に笑う女性、にこやかに挨拶をしながら握手を交わす髭の男性、美味しそうなケーキにはしゃぐ子ども、音楽に合わせて体を揺らす年配の夫婦。バレリーナの格好で楽しそうに踊る少女もいる。
みんな楽しそうで、幸せそうで、賑やかで、宝石のようにキラキラしていて、とても明るい空間。

この夢の始まり出し、私はいつも同じ場所にいる。
足元には芝生が広がっていて、だだっ広い庭にひとりぼっち。秋の夜のような、少しの肌寒さを感じる。
ドームと庭を隔てる分厚いガラスに手を当てて、私はいつも中の賑やかな様子を覗き込んでいる。

あっちに行きたい、私も中に入りたい。

どうやったら中に入れるのかと入り口を探すけれど、どこにも見当たらない。
だれか入れて、わたしに気がついて、そう思って中の人を見つめるけれど、誰も私に気がつかない。同じ事を何度も繰り返して、それでも駄目で、途方に暮れる。

ガラスに手を当てたまま ふと左側を見ると、黒々とした森が広がっている。
森の向こうには高い山があって、そこにはまるでディズニーランドのシンデレラ城のようなお城が建っていた。
お城の上には あの色鉛筆の夜空が広がり、色鉛筆の星が瞬いている。
その景色がとてもとても綺麗で、夢を見るたびにいつも胸がどきりとする。はっとして、目を奪われて、うっとり見つめてしまう。


お城をみていたはずなのに、気がついたら私はドームの中にいた。
賑やかで、きらびやかで、外から眺めていた時よりもずっとドームの中はキラキラ光って見えた。ほんのり暖かくて、とても居心地がいい。

憧れていた場所にやっと来られたはずなのに、私はあのお城が恋しくなってしまって、何を楽しむこともしないまま ガラスの壁に向かって歩き始めた。

でも、一直線にガラスへ向かって進んでいるのに、右から左から人が押し寄せて、あと少しのところでなかなか辿り着けない。
だんだんと人が多くなってきている気がする。
最後にはもう満員電車の人混みをかき分けるようにして、ガラスのそばにたどり着いた。

やっと!と思ってガラスに手を触れ 外を見た途端、それまで指紋1つなかったガラスが どんどん曇っていく。

ちょうどお城が見えるはずの右手側だけが、ぼんやりと 蒸気のように白く曇ってしまって何も見えない。
どうしてもあのお城が見たいのに、ドームの中からは 真っ黒に染まった森と 紺色の空しか見えなくなってしまった。

お城が見たい私は 恨めしそうに曇ったガラスを指でなぞり、もう一度だけ庭に戻りたいと強く願う。

でも、願っても願っても、もうそこから元には帰れない。



普段はすっかり忘れているのに、ふと思い出して「もう一度あの夢が見られないかな」なんて思うことがある。今も少し、思っている。

でも、そう願ってしまったら、もうこの先もずっと見られないような気がして。
いつもその気持ちに気がつかないふりをする。

いつか、あの夢を見ていたことすら忘れてしまう日が来るだろうか。


今夜は、いい夢がみられますように。

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