アルプスのおじさん

電車で歌ったことはありますか?


私はあります。


あれは私が女子高生だった時。


学校帰りに電車に乗っていたら、
知らないおじさんが近づいてきて、

「こんにちは」

って、はっきりと目線を合わせて挨拶してきたんです。


あまりにも普通に挨拶してきたので、


なにか滅多に会わない親族だとか、


趣味関係のオフイベでいちど会ったっきりの人とか、


私が忘れてるだけなのかって気持ちになって。


いや、だけど、やっぱりそんなことはないんです。


しらないひと。


でもなんとなく、別にいやなかんじではなかった。
いやなかんじっていうのは、性的に見られてるかんじ。

制服を見てるとか脚を見てるとか、そういう下心みたいなニュアンスがどこにも感じられなくて、だからこそ知り合いなんじゃないかと思ったのでした。


「こ、こんにちはっ」


思わずというか取り敢えずというか、

なんだか挨拶を返してしまって。


え、どうしよう。


関わってしまったけれど……。

会話、するんだろうか?この人はなんだ?


混乱しながら次の出方を待っていると、


「アルプス一万尺をしませんか」



と提案されました。



「よし!やるか」


私はそう答えました。

なんで?


いや、何かセクハラめいた要求とか、

怖い想像がうっすらあったんですよ。



そこにとても平和な(?)提案をされたので、


やったれみたいな謎の勇気が湧いてしまったんです。


「わ、私が歌うんでしょうか……」


急に電車内で歌を歌う非常識行為が恥ずかしくなりそう訊くと、


「おねがいします」


とおじさんはにっこりして一万尺の構えをしました。


クソッ。私はお願いされたら断れない人間でした。
なんでも言うことを聞いてくれるJKチャン、
よくないね、実に良くない。



周りの人の視線が刺さって感じます。
自意識過剰だろうけど、恥ずかしい!!!!
ここで歌うのか。


今にして思えば、
あの時視線はきっと本当に刺さっていたのですが、
おじさんと女子高生の怪しい構図をただ単にメチャクチャ心配してくれていたんだと思います。


私はおずおずと小声で少しはやめのテンポで歌い出しました。


「アルプス一万尺 小槍の上で……」



やったことのある人はわかると思いますが、

まあまあ手や腕の接触があります。

手遊び歌だからね。


「アルペン踊りをさあおどりましょ」


なにをしているんだろう!?!?


変なことをしている自覚があるのに、


私はどうしてこんなことを。


「ランラランラ、ランランランラン……」


ランランするところを歌いながら、


(あっ、この歌、HEY!って終わるのめっちゃ恥ずかしいかも)


と一万尺erも多分あまり考えないことを考えました。


(でも無言でスッと腕を組み合って終わるの変だしな……。)


「ヘーーーーイ!!!」


やけくそでした。



ヘイガニくらいのヘイをした。


すごい、花束みたいな恋をしたみたいだね。



やりきった……!!!



私は達成感でいっぱいになりました。


するとおじさんは、



「ありがとう」



そう言い残し、あっさりと次の駅で降りて行きました。


なんだ、怖い人じゃなかった……よかった。


いや全然こわいかも。



まぁ、しかし、とにかく、


私は電車で知らない人とアルプス一万尺を歌い踊るという、


きっと普通ないような経験ができたのです。



※しかしなんでも言うことを聞く女子高生は危ないです。


ところで、おじさんが降りた後、


「いまのひと知り合い?大丈夫?」


と言いながら車両のどこからかクラスメイトがやってきました。



「いや助けてくれや」


「嫌だよ、そこまでするお前もこわいもん」


うーん、そうかも。


みんなは知らない人とアルプス一万尺しちゃ、だめですよ!



心に決めた大切な人とだけ……、


HEYしてくださいね……。



実はそのあとも同じ電車で数回同じおじさんに会っています。ナイショだヨ!

じゃあね〜




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