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デカい穴と『光の方へ』

「次の夏には、好きなひと連れて月までバカンスしたい」

そんなんじゃない


『次の夏には、好きなひと連れてデカい穴までバカンスしたい』

これだよ馬鹿たれ。


大学生活で夢見た理想の生活形態。
それを実現させてくれたのは唯一の「デカい穴」。

誰もがその空間に足を踏み入れると、温かい抱擁の客達と店主の饒舌に時間は穴に吸い込まれ、違う話題の島々が柔和な諧和を生み出す。


僕はこの文章を涙を堪えながら書きたいと思います。


穴で出会った人達は本当にみんな優しい。会社勤めの方はもちろん、学生やフリーター、音楽好き、馬券師、演劇家や小説を作成するものたちが、日常生活や趣味、互いの思想を語り合い「その時」を美味く味わいあっていた。
僕は基本、寡黙に本を読み横の方達の話を盗み聞きしていた。会話に入ることもあったけれど、話さなくても楽しいと思えるそんな場所だった。

競馬を教えて貰ったのもデカい穴。初めは冷笑気味に牽制していたけれど、一緒に行こうと誘ってくれたから着いて行った天皇賞・春。デカい穴の民10人で新築された京都競馬場をそぞろ歩いた。各々の勝ち負けはどうでも良く、ただ楽しかった。その次の週も一人で競馬場へ足を運び、その結果を夕方の穴で報告したりもした。
競馬をやってることを他の友人に言えば、彼等彼女等は僕を忌避するけども、それでも穴で結果を報告・共有する空間と時間が好きだからどうだって良い、そんなふうに思える。

約半年通い、これからもどんどん好きになっていく場所だった。確実に。



けども終わりはくる。店主はカネコアヤノが好きだそう。「光の方へ」はまさしくデカい穴を暗示したかのような歌だ。

「壊れそうだよな僕らー」

畜生、多分、店主がカネコアヤノが好きだったから閉店になっちゃったんだよ。

いや、大家の馬鹿野郎。

入店前の煙草臭い鼻を捻じ曲げそうな階段を登ることももうない。
扉を開いて「あぁー、岩根くん!」「あー、おすおすー」「あ、こんにちはー」この形式的な言葉を交わすことももうない。

またどこかで、なんてな



「壊れそうだよな僕ら」



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