執事服のすゝめ

執事服=燕尾服というイメージがありますが、完璧にドレスコードを着こなすべきなのか、あるいはどこまで遊びが許されるのか。タキシードやスーツは執事服たりえるのか。
インターネットに転がる情報をまとめて整理し、自分なりの「執事服」とはこういうものだを考えます。「正解」を探すわけではないです。あくまでも、自分なりの整理と方針です。
服飾も執事も素人なので温かい目で読んでやってください。調べたものについての裏どりも行っていません(ブログなどだとソースも記載されていなかったりしますし)。指摘も大歓迎です(Twitterでしてくださるとエゴサ効きやすくて嬉しいです)。


1. 執事服の歴史

まず、「燕尾服」以前まで遡って執事服を調べているものを探すと、以下の2つのブログがヒットします。

執事ファッションは1700年のメンズが基本!全く新しい執事カフェの作り方|日本で唯一!ファッション業界で”稼ぐ”ためのファッション史専門学校 (aoki7.com)

執事の服装 – 英国執事とメイドの素顔 (ashrose.net)

前者のブログでは、

1800年代に入ってからやっと、
紳士全般のフォーマルスタイルとしての燕尾服が誕生。
流行を追って$${\underline{\text{執事も燕尾服を着るようになります。}}}$$

だから執事=燕尾服、ではありません。
執事が流行を追ったフォーマルスタイルが燕尾服、というだけのことです。
この執事の燕尾服、ボタンはメタル。

と記載があります。
後者においては、

従僕まであったお仕着せがなくなり、平服での仕事を許されます。ただし主人との区別を厳格につけるため、故意に流行遅れの格好をしました。あるいはちぐはぐな色のネクタイとズボンを組み合わせたりしています。
$${\underline{\text{晩餐の給仕では白ネクタイと燕尾服を着用しました。}}}$$
(中略)
・テール・コート(燕尾服)
夜の礼装(イヴニング・コート)。裾がふたつに割れていることから、燕尾服と呼ばれるようになった。$${\underline{\text{19世紀初めまではカラフルだったが、やがて黒に。礼装では白い蝶ネクタイをする。}}}$$

という風に説明されています。我々のイメージする執事服=燕尾服のイメージは19世紀以降のものだったというわけです。
一方で気になるのが、「故意に流行遅れの格好をしました。あるいはちぐはぐな色のネクタイとズボンを組み合わせたりしています。」という記述。こちらは、Wikipedeiaにも同様の物があります。

またフットマンが華美な仕着せをあてがわれていたのとは対照的に、バトラーは私服(unlivery)の使用人であり、主人と同様に「ジェントルマン」の服装をすることが許されていたが、$${\underline{\text{その際には故意に流行遅れのズボンを着用したり、ネクタイをふさわしくない色に変える事などで主人に仕える使用人としての立場を示していた。}}}$$

バトラー - Wikipedia

ちなみに、もうひとつ、「ちぐはぐな格好」に言及するブログがあります。

例えば結婚式や葬式の参列する際には主催より格の低い服装をしていくマナーがあります。使用人である執事が主人と全く同じ(格式)の格好をしてはいけないというのはもっともらしい話ではあります。
正直なところコスプレをするという状況において正式な燕尾服一式を用意しろというのはなかなか金銭的にしんどいもので、そういった事情も踏まえつつ、「『執事服』はフォーマルな格好(燕尾服)から一定崩されるもの」だとします。

少し脱線しましたが、現代の執事服を見てみましょう。


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