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ちいさな物語

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#ショートストーリー

紫陽花町の言い伝え #シロクマ文芸部

「紫陽花を愛する者は紫陽花にも愛される」 これは僕が紫陽花町に来て初めて知った言い伝えだった。 * 町いっぱいに紫陽花が広がるここ紫陽花町に つい先日僕は父親の転勤で引っ越してきた。 紫陽花町はその名の通り誰もが知る紫陽花で有名な町だ。 けれど紫陽花町の「言い伝え」についてはこれまで一度も 僕は耳にしたことはなかった。 突然の引越しは大変なこともあったけれど、この時期に この町に住めることは僕にとって最高のプレゼントだった。 これからは大好きな紫陽花を思う存分愛でられ

スキップ日和 #シロクマ文芸部

こどもの日の今日は学校が休みのため、僕はつい寝坊してしまった。 いつもより遅い朝ごはんを食べる眠そうな僕を見て 「こどもはいいわね」と、お母さんが言った。 僕のお母さんは時々「こども」である僕を羨ましがる。 正直その意味はよくわからないけれど、大人も色々あるのだろう。 だからこそ僕はずっと思っていたことをお母さんに言ってみた。 「じゃあお母さんもこどもに戻れば?」 するとお母さんは驚いた顔をして、それからちょっと困った顔をした。 僕にはお母さんが今どんなことを考えたの

幼馴染 #シロクマ文芸部

桜色の髪が風に揺られながら桜子さんはふと思います。 私たち出会ってからもうどれくらいになるのかしら、と。 桜子さんのすぐ隣にいるのは透き通るような肌をした真白さん さらにその隣にいるのはグリーンアイが魅力的な若菜さんです。 三人は幼い頃からずっと一緒、今でもとても仲良しです。 「もう春ねぇ。私、久しぶりにあれが食べたいわ」 「あ、私も同じこと思ってた」 「あら、私だって」 小さい頃から三人で歩く時の並びはいつも決まって 桜子さん・真白さん・若菜さんの順番でした。 そう

キャンバス #シロクマ文芸部

目の前には一枚のキャンバス。 題名と作者は、わかる。 けれどそこに描かれてあるものが僕にはわからない。 そこにあるのはただ真っ黒なキャンバスだけ。 時折人が来てはその黒いキャンバスに見入っている。 どうやら他の人には見えているらしい。 「美しい」「色がいいね」 そんな会話が聞こえてくる。 誰よりも長くキャンバスを見つめている人がいる。 僕は聞いてみた。 「ここには何が描かれているのでしょうか?僕にはただ真っ黒にしか見えないのですが」 「おや、そうですか。今あなたには季節

逃げるチョコレート #シロクマ文芸部

チョコレートが、逃げた。 「待ってよ。何で逃げるの」 逃げたのは昨夜私が作ったチョコレート。 なのにチョコレートは平然と私の声を無視する。 私にとって記念すべき初めての手作りプレゼントになるはず、だった。 といっても料理は上手じゃないから、溶かしたものを型に流して 固めただけのチョコレート。 それでも大好きな先輩の為に心を込めて作ったものだった。 でも何故か今私はその自分の作ったチョコレートを追いかけている。 どんなに頑張っても逃げ足が速くて捕まえられない。 (自分で

節分は二人三脚で

2月3日「節分」当日。 現在私たち三人は節分を楽しむため 節分でまくお豆さんの用意の真っ最中〜。 するとおふたりさんからこんな質問が。 「ねじちゃーん。鬼さん誰やるの~?」 当然のように自分がやろうと思っていたのですが おふたりさんからの要望もあり、今回はじゃんけんで決めることに。 「じゃあ勝った人から好きな役を選ぼう」 「いいねぇ!じゃあいくよ~。じゃんけん…」 「ぽんっ!」 私はというと…はい。さっそく負けました。 こういう時しっかり勝つのがおふたりさんです。 ま

スタート #シロクマ文芸部

布団からテーブルから何から何までなくなった部屋に わたしは一人ぽつんと立っていた。 あの布団もあのテーブルもここにあったもの全て 探して探してようやく出会ったお気に入りのものたちだった。 お気に入りのものたちに守られた「囲いの中」は それは居心地がよかった。 誰にも自分を傷つけられることもなく ここにいるみんなに守られているようで ずっとここにいられたらいいのにと思っていた。 けれどこれからの暮らしにはどれもこれも すべてが小さすぎた。 わたしを守ってくれていたこの部

雨化粧 #シロクマ文芸部

雪化粧があるなら雨化粧もあるの? 妹が僕に聞きました。 聞いたことがないなぁと答えると 妹はそれって変よねと言います。 何でもそういうことってあるだろ? これはあるけどこっちはない、とかさ。 すると妹は「そういうのがいやなの」と 怪訝な顔をしました。 雪化粧があってなぜ雨化粧はないのか。 もちろん僕にはそんなことわかりません。 でもそもそも雪化粧とは雪による白さで 化粧をしたように景色ががらっと変わることをいうわけで。 だから僕は、雨は雪みたいに白くもないし何も変わらな

本物ではないけれど

ある日のこと。 おふたりさんが突然こんなことを言ってきた。 「ねじちゃん。私たち、恵比寿さんになりたいの」 どうやらまたどこかで影響を受けてきたらしい。恵比寿さん…あぁなるほど。七福神だね。でもなんで恵比寿さまなんだろう? 「あのね、鯛を抱えたいの」 鯛?たしかに恵比寿さまは釣竿と鯛を持っていた気がするけど。 「だからねじちゃんにね、メインの鯛と恵比寿さんっぽい服を用意して欲しいの」 おやおや難しい注文がきたぞ。まぁでもふたりの頼みならしょうがない。可愛いふたりの

【絵本】 お星さまの穴

ある夜のことです。 おふたりさんはいつものように夜のお散歩を楽しんでいました。 すると空からキラキラと光るものが地面に落ちるのが見えました。 ふたりが急いでかけよると、そこには 見たこともないものが二つ並んでいました。 すると相棒さん。 突然そのお星さまを すぽっ! するとどうでしょう。 お星さまのキラキラが少し強くなりました。 それを見ていたねじりさんも同じく すぽっ! こっちのお星さまもさっきより少しキラキラが強くなりました。 おふたりさん、まずはほっと一安

夏休みの夢 #シロクマ文芸部

逃げる夢を追いかけて、僕はもう何日も 朝から晩まで眠り続ける日々を過ごしている。 あの日逃げた夢で頭がいっぱいの僕は 「あの夢をもう一度見たい」というただそれだけのために 一日のほとんどの時間を「眠る」ことに捧げていた。 どうしたらもう一度同じ夢が見られるのか。 一番大切なことではあるが僕にはその方法がわからないので とりあえずできる限りの時間を使って眠ることにした。 逃げた夢を追いかけていることについては、願掛けの意味も込め 誰にも話すことはしなかった。 今はちょうど夏

熱き戦い #シロクマ文芸部

「珈琲と共にあるのはこの私よ」 「いいや、珈琲に合うのはもちろん僕でしょう」 「それは違うな。この僕こそが相応しい」 こんな主張が延々と続くのはいつものこと。 珈琲の目の前では今日も こうして熱き戦いが繰り広げられている。 珈琲はこの家主の大好物。 さっき話していたのはその大好物である珈琲のお供に 毎回「誰が選ばれるのか」というもの。 そこで華々しく登場したのは、甘いもの集団のスイーツ部。 「そりゃ私たちでしょう。甘いものは定番中の定番よ。相性抜群!」 自分たちの発言に

りんご箱の秘密 #シロクマ文芸部

「りんご箱にはね、秘密があるんだ」 * りんごが豊富になるりんご村では毎年 溢れんばかりのりんごが収穫できていた。 しかし今年はりんごが病気にかかってしまい 全てのりんごがダメになってしまった。 りんごが頼りのこの村ではりんごの不作は大問題 どうしたものかとみんな困り果てていた。 りんごを保管するりんご倉庫は村のはずれにあった。 村のみんながやる気を失っている中、ひとりの青年が こんな時だからこそせめて自分ができることをやろうと りんご箱を磨くためりんご倉庫へやってき

ぼくはあしがおそい #シロクマ文芸部

走らないで ちょっと待ってよ ぼく聞いたんだ 君はあしがはやいんだろう? だからってそんなに 急がないで もう少し待ってよ ぼくから逃げないで 100年時代のぼくは とてもあしが遅いんだ もちろん君とぼくとでは 住む世界が違うし あしのはやさが全く違うことも わかっているつもりさ でもそれでもぼくは 君が好きだ この気持ちに あしのはやさなんて 関係ないだろう? だから今だけは 走らないで そんなに急いで ぼくから逃げないで 愛しい君 愛しい桃よ 【おし