【第1話】 始まりは、別れの翌朝

悲しい夜のコピー

新卒社員として入社したばかりの4月上旬、とても好きだった彼氏と別れた。1年と8ヶ月付き合っていたが、1年と2ヶ月会えなかった。国際遠距離恋愛に、コロナ禍はあまりに過酷すぎた。「君と付き合っている幸せよりも、未来が見えない辛さの方が大きくなってしまった。」そう涙ながらに話す3つ上の彼を、私は引き留められなかった。好きだったからだ。私に弱いところを見せまいと、必死に、1人きりで、一体何ヶ月間考え込んで出した結論なのだろう。彼と私はとても似ていたから、手に取るようにその苦悩がわかってしまった。相手を大事に思うほど、辛いとか悲しいとか、マイナスの感情をぶつけることを躊躇してしまう性なのだ。だからこそ、あなたの幸せが私の幸せだと、そう言って手放すほかなかった。

翌朝、大学時代の暗黒期ぶりに、某マッチングアプリを再インストールした。

それから2週間ほど、毎日泣いた。泣こうと思っていたのではない。人間はこんなにも体内に水分を含有していて、涙はこんなにも意思に関係なく流れるのだと知った。でも、人と直接的に対峙している時、私は「大丈夫」になってしまう。小さい頃からの癖だ。だからしばらくの間、知り合いには誰にも会いたくなかった。朝目覚めた時、仕事の休憩中、外を歩いている時、渋谷に向かう電車内、最寄りスーパーで買い物をしている時、夢の中、恵比寿駅前のベンチ。所構わず、涙を流していた。辛くて、仕方がなかった。

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知り合いじゃなければ、私のことを何も知らない相手になら素直に話して甘えられるのではないか、そう思って気休めに入れたアプリで、その2週間の間に2人会った。が、なんの効果もなかった。微塵も面白くない。大してその話もしなければ、結局は中身のないセックスが結論でしかない。久しぶりだったのに、そして私は女の中で比較しても相当セックスが好きなはずなのに、全くと言っていいほど高揚感がなかった。私が欲しかった自由は、別にこれではなかった。ルックスが多少いいだけで話もセックスも大して上手くない男を、ただ二人ブロック削除しただけのことだった。

気が紛れないまま、1週間、アプリを離れた。アンインストールこそしなかったが、一旦全員をマッチ解除して、自分のカードを非表示にし、日常の由無し事に集中した。ようやく泣かなくなった頃、ほんの気分でカードを表示する設定に戻した。戻してから初めてマッチして、メッセージを送ってきた男がいた。これが、のちに「沼」となる男だった。私の心を易々とすくい上げ、優しく、そして猛烈にかき乱す男だということを、この時の私はまだ、知る由もなかった。

第2話へ続く。

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