かわいいナチュラル

貴方の声に恋をした

午前0時。

iPhoneの画面が少し暗くなる。
Night Shiftというらしい。
夜になると明るさを自動的に調節してくれる機能だ。
ついつい寝床に入ってもスマホをいじってしまうので、
このモードになったら寝る、
という自己管理のために0時に設定している。

そろそろ寝なければ…。
わかっていながらも、もう少し、あと5分。
そう言い訳しながらも画面から目が離せない。

目に映るのはTwitterの画面。
深夜ということもあり、
だんだんタイムラインの更新頻度は下がっている。

 ー今夜は、もう来ないかなー

それでもなかなかオフにできない。
理由はわかっていた。
私は彼を待っている。
見慣れたアイコンを、タイムラインを更新しながら探している。 

でも。
もうきっと今日は来ないのだ。
いつもは寝ている時間のはずだ。
早寝早起きの生活習慣が板についていると彼は言っていた。 

もしかしてこれから来るかも、という期待がようやく落胆に変わった頃
ひとつだけツイートをした。 

「愛し君 おらぬ夜さへ 声聞かば 君を想いて ひとり寝むかな」

和歌のリズムで気持ちを伝えるツイート。
きっと起きたらすぐに見つけてくれるはずだ。
メンションをつけるでもなく、リプ欄でもないけれど
彼は必ず見つけてくれるという確信があった。 

今夜は寝よう。
そう思ってiPhoneにイヤホンを差す。
聞くのはiTunesでもYou Tubeでもない。 

写真アプリを起動する。
「お気に入り」フォルダに入っている真っ黒な画面。
下には30秒ほどの時間が刻まれている。

一度ふーっと息を吐き、呼吸を整えてから
画面をタップする。 

やさしいギターの音。
私はギターに全く詳しくないので、
上手下手は判断できない。
しかし心地よく耳に響く音色で
私はとても好きだ。
音が進むたびに
鼓動が早くなる。 

最後の音がはじかれる。
余韻が消え切らない頃
彼の声がする。

「おやすみなさい、ねこさん。」

何度聞いても、倒れ込みたくなるほどの魅力は褪せることがない。
ねこは私のハンドルネームだ。
本名ではないのに、すっかりなじんだ名前は
本当に自分の名前を呼ばれたかのようなインパクトになって
私の鼓動をさらに早くさせる。 

言われているのはおやすみなさいなのに
これを聞いて休める心境になったことはない。
彼がこれを送ってくれた時の意図はどちらだったのか。
本当に休んでほしかったのなら
それは失敗だ。 

眠れなくなるとわかっているのに
毎夜聞いてしまう。 

もう一度ふーっと息を吐く。
さっきとは違う意味を持った吐息に感じる。
写真アプリを閉じた。 

迷ったが、オフにする前に最後にもう一度だけTwitterを開いてみると
見慣れたアイコンが目に入る。
いた―――。彼だ。 

すかさずリプを送る。
少しの間、
会話を楽しんで寝よう。
少し前のツイートで、寝不足だと言っていた。
だからほんの少しだけ…。 

やり取りが重なる中で、
ふと、気が緩んだ。
「声が聴きたい。」
戯れの中で
思わず本音を言ってみる。 

少しの間、返信が途切れる。
引いてしまったかな。
軽い反省をしながらしばし待ってみる。
待つ間に彼の歌を聴く。

『365日』
カラオケに行くという彼に
歌ってほしいとリクエストした曲だ。
動画をTwitterにアップしてくれていた。
何度も聞きたくて、端末に保存してある。

バラードに合う声。
バックグラウンドの演奏も控えめで
彼の声をより感じられる。
歌ってほしいと言った私を褒めたくなった。 

少しの間酔いしれていると、通知が来た。
彼からのリプだ。
何か添付してある。
黒い画面。
高鳴る鼓動を抑えて再生ボタンを押す。 

「君の声を聴かせて」と歌が始まる。
『SUN』だ。
目を閉じて神経を耳に集中させる。
アカペラがまたいい。
もうすぐサビが終わるというところで、
更に神経を研ぎ澄ませる。
きっとメッセージがあるはずだ。
その瞬間が訪れる。 

「ねこさんの声を聴かせて」

カラダが震えた。
胸がぎゅっとなる。
苦しいほどの愛しさがこみあげる。 

私は彼の声に
恋をしてしまった。 

声だけで恋に落ちるなんておかしい…
今自分が思ったことに嘲笑した。 

でもこの気持ちを表す言葉を
恋と呼ぶ以外に私は知らない。
思うたびに苦しい、愛しい。 

きっと彼のおやすみを聞いた時から
私は恋に落ちていた。 

想いを和歌に込めて贈り合うことも
気持ちをさらに高ぶらせた。 

逢いたい―――。
そう思ったら止められなかった。 

震える手で彼にDMを送る。
何度も表ではやり取りをしていたが、
裏では過去一度だけ。
どちらかというと事務的で淡白なものだった。 

なんとなく、DMは禁じ手のように感じていた。
表だからこそ、冗談にかまけて堂々と想いを伝え合えているのだと。 

ほぼ初めてに近いDMの画面を見ながら
「京都で逢いたいです」
とただ一行だけ送った。 

返事はすぐに来た。
「来るんですか?いつ?」

あまり驚いた様子はなかった。
このDMが来るのを察していたかのようで、すこしくやしい。
承諾ととっていいのかはわからなかったが
拒否ではないような気がしてほっとした。 

「よければ、明日」
今逢わなければもう逢えない気がした。 

少し間が開いて、返事があった。
返信を打ち始めるまでの時間が、戸惑いを表しているようだった。
「何とかします」 

急な申し出にも関わらず、
都合をつけてくれるのがうれしかった。

京都は彼が住む場所ではないけれど、
逢う場所は京都が適切な気がした。

DMを閉じると、すぐさま飛行機を探す。
仙台伊丹便は本数だけはある。
当日にも関わらず、
奇跡的に朝一の便に空席がある。
悩む間もなく予約を入れた。 

出発は7:35。
今は午前3時過ぎ。

少しだけ寝れるかな。
飛行機の時間を彼に伝え、
アラームを4:30にセットして眠りについた。 


朝は一瞬でやってきた。
睡眠時間が1時間半しか取れなかったが、
不思議と目覚めはいい。
東向きの窓から太陽が降り注ぐ。
天気もよさそうで気分もよくなる。 

旅行の準備は手慣れたものだ。
以前働いていた会社では月に一度必ず出張があり、
荷物をまとめるコツは心得ていた。
最低限のものを大き目のトートバッグに詰め込み、
身支度に取り掛かる。
楽しみな気持ちを抑えきれず、鼻歌が口を突いて出てきた。 

洋服を選ぶのに一番時間がかかった。
時計をちらちら気にしながら、鏡とクローゼットを往復する。
彼が好きなのはどんな服かな?
と言ってもそんなに選択肢はない。
悩みに悩んだ末、
紺のブラウスと白地にストライプが入ったスカートにした。
この服だけは、店員さんに相談して似合うコーディネートを選んでもらったものだ。
数年前のものだが、流行りすたりのないデザインで今も現役だ。

もう一つポイントがある。
スカートは膝丈だが、
すこし深めのスリットが入っている。
容姿にはまったく自信がないが、
脚だけは昔から褒められることが多い。
あからさまに露出できる年齢ではないけれど
少しでもドキッとしてもらえたら…
そんな下心が顔を出す。
頬が染まるのがわかった。

ちょっと考えて、グレーのパーカーを羽織った。
張り切りすぎたと思われないように少しカジュアルに。

飛行機は定刻通り飛んでくれた。
バスで京都駅に着くと、不思議と懐かしい感覚に包まれた。
友人と、そしてひとりで、何度も訪れた街。
こんな風にまた来ることになるとは露にも思わなかった。

桜の時期は終わったものの、
土曜日の京都駅は観光客でごった返していた。
さわやかな風が気持ちいいが、東北に比べてやはり暑い。
外を少しぶらぶらしてから、待ち合わせ場所に向かった。 

待ち合わせは京都駅直結の百貨店に入っている、
老舗のお茶屋さんにした。
まだ彼は来ていないはずだ。
外が見える窓側の席で
抹茶パフェを注文する。 

目的は彼に逢うことだけれど、
京都に来たからには必ずここのパフェを食べたかった。
目の前に来ると笑みがこぼれてしまう。
いつ彼が来るかもわからないことを一瞬忘れて
大きく一口目をほおばる。 

外の暑さもあって、アイスがよりおいしく感じる。
「おいしー」
と小声で言いながら前を見ると、
男性が一人立っていた。
こちらに近づいてくる。
ゆっくり私の前に立ち、こう言った。
「ねこさん?」

聞きなれた声。
うっとりしそうになるのをこらえて頷き、笑顔をつくる。
私も彼の名を呼ぶ。
笑顔で頷いてくれるのを見て、
今度は自然に笑った。 

彼が前の席に腰を掛ける。
何を話したらいいのかわからず、
会話の糸口を探しつい黙ってしまう。 

唐突にふふっと彼が笑い、パフェを指さしながら言った。
「幸せそうに食べてましたね。」
「見てたっ!?」思わずタメ口で答えてしまうのを聞いて
彼がはははと笑った。
初対面で大口を開けて食べているのを見られてしまったことに猛烈な恥ずかしさを覚え
同時にふっと肩の力が抜けるのを感じた。 

これを見られたらもう仕方ないな。
かっこつけるのはやめるよ。
ところでもう敬語を使うのはやめていいかな?
私の方が年上だけどお互いに。

そんなことを矢継ぎ早に話す。
彼はゆっくり聞きながら、うんうんと頷いてくれた。
思った通り、優しいひと。 

「どこに行きたい?せっかく京都に来たんやから案内するよ」
少し関西弁が混じるのに胸がきゅんとする。 

彼と行きたいところがあった。
「宇治とカラオケ!」
即答すると、すこし驚いた顔をした。 

「京都に来たのに、カラオケでええの?」
ちょっと面食らった顔をして聞いてくる。 

「あなたの歌が聞きたいから」
そう言うと、優しい笑みをたたえて快諾してくれた。 

この笑顔も、好きだな。
パフェの最後の一口を丁寧にすくいながら
窓の外を見る彼の顔を盗み見ていた。 

極上の抹茶パフェを堪能すると、
「行こうか」と彼が言う。
立ち上がり、出口に向かいながら、
スカートの裾を整えた。
スリットには気づいてくれるだろうか。 

宇治行きの電車は混んでいたが、
満員電車になるほどではない。
「なんで宇治なん?」
電車の中で彼が聞いてきた。
理由はあるけれど、
恥ずかしくてなかなか口にできない。 

「着いたら言うね」
そう言って返答を避ける。
乗客が多い中でつり革につかまり、
自然と顔が近くなってしまう。
照れ隠しにiPhoneを取り出し、画面に目を落とす。
ついでに宇治の情報をチェックしてみた。 

検索で真っ先に出てくるのは平等院鳳凰堂だ。
でも行きたいのはそこではない。 

彼が画面をのぞき込んでくる。
「どこか行きたいとこあるん?」
ますます顔が近づき、
ドキッとしてしまう。 

「とりあえず、散歩かな。」
もう照れ隠しの術を持っていない私は、
急いで外を眺める。
お茶畑が見えてきた。
もうすぐだ。 

宇治駅につき、駅前の観光案内所でマップをもらう。
「そろそろどこに行くか教えてや」
マップを指さし、ここ、と答える。
“源氏物語ミュージアム”。
驚いた顔で私を見る。
「なんで?」
歩きながら、彼の方を見ずにつぶやく。
「あなたは光源氏みたいだから。」
「え?なに?」
声が小さくて聞こえなかったのだろうか。
彼の方を見て答えなおす。
「平安文化に詳しそうだったし、私源氏物語が好きだから
解説してもらえるかなーと思って!」
照れくさくて二度同じことは言えなかった。
「そうか。じゃあ行ってみよ」 

宇治の町は散歩にぴったりだ。
アップダウンが少なく、
道も開けている。
川もあり、なんだかのんびりできる。 

ミュージアムは楽しかった。
彼は嬉々として色々なものを説明してくれる。
声に酔いしれながら、
彼の話を聞いていた。 

ミュージアムよりも彼の声をたっぷり楽しんだ後は、
ゆっくり散歩したりお茶を物色したり
有名なお茶屋さん併設のカフェでご飯を食べたりした。 

その頃にはすっかり打ち解けて、
他愛ない会話にも花が咲く。 

それと同時に彼の魅力をたくさん発見し、
狂おしいくらいの欲望を感じる。
ーもっと一緒にいたいー
やっぱり彼は源氏の君かもしれない。 

京都駅に戻り、カラオケに移動した。
歌ってもらいたい歌がたくさんあるの!と
今度は私がテンション高めで訴えると
うれしそうに笑ってくれた。 

狭い個室に入るなり、
照明を落とし、演奏のボリュームを下げ、マイクの音を上げる。
「しっかり声が聴きたいから」
そう言う私に圧倒されるように、彼は私の動きを見ている。

端末で歌を入れる。 
スキマスイッチ、ミスチル、B'z…
色んなジャンルの曲をこれ歌えるよね?と聞いては入れていく。
3曲入れ、なおも止まらない私の勢いを見て
「ねこさんも歌ってよ。聞きたい。」
と彼が言う。 

「君の声を聴かせて」そう言ってくれた昨日の夜を思い出す。
「何がいい?」そう聞くと
「ねこさんが俺に聞かせたい歌を」と答えた。 

一番難しいリクエストだ。
考えているうちに1曲目のイントロが鳴り始める。
『奏』だ。 

彼の歌が始まる。
自然と目を閉じる。
彼の歌声にはバラードが本当によく似合うと思う。
高いトーンも厭わずに歌い上げる。 

前にこの曲は歌ってもらったっけな。
生で聞ける幸せをかみしめながら歌声を味わう。 

~抑えきれない思いをこの声に乗せて
 遠く君の町へとどけよう~ 

この時間が終われば、また離れてしまう。
この歌詞のまま、あなたも思ってくれている? 

目を閉じて没頭しているうちに1曲目が終わった。
曲が終わると同時に目を開けると
彼が顔をのぞき込んでいた。
さすがに驚き、思わず声を上げると
「寝てるのかと思って」と言われた。
「寝るわけないでしょ!目を閉じて聞いてたの!もう!」
そう言うと怒ったふりをして端末に目を移した。

本音を言うと、
ものすごくドキドキした。
彼は本当に私を弄ぶように色んなサプライズを仕掛けてくる。
Twitterでやり取りしてるときだって…
そんなことを考えていると2曲目が始まる。 

「目を閉じて聞くけど寝てないからね!」
今度はそう断って、しっかり耳に焼き付ける。
『365日』 

録音したものは持っている。
でも歌の一部だ。
全部を聞いてみたかった。
最初から最後まで。 

~君が好き わかっている ばかげている
 でもどうしようもない~

歌詞とはいえ好きと言われることに胸が苦しくなる

~同じ気持ちでいてくれたらいいな~

それはこっちのセリフだな… 

目を開けて、歌っている彼の横顔を見る。
歌詞が表示されている画面を見つめていて
こちらには気づかない。 

今更ながら
オンラインでしか会ったことのない人が目の前にいることに
信じられないような気持ちになった。
夢みたいだ。

しかも逢う前よりも
好きな気持ちが増している。
こんな短時間で。 

~君に触れたい 心にキスしたい~

夢じゃないなら
あなたに触れたい。

手を伸ばしたら触れられる距離なのに
どうしてもそれができない。
だって彼の気持ちはまだわからない。
急に私が来たことだって
うれしく思っているのかどうかわからない。 

ためらっているうちに曲が終わる。
にこっと笑ってこちらに振り向き、
「ちょっと休憩。次はねこさんが歌って」という。
笑顔にきゅんとする。 

べたべたのラブソングを入れたいところだったけど
彼のバラードを聞いていたらそれは恥ずかしくなって
『天城越え』を入れた。
すこし大げさにこぶしをいれて歌うと
わははと声を出して笑ってくれた。
飲み会のたびに技を磨いた甲斐があった。
私もつられて笑ってしまう。 

すっかりリラックスして、
お互いが好きな歌を歌っているうちに
時間が来た。 

あと10分。
「最後1曲だけ歌おっか。」
彼が言う。
「『抱きしめたい』がいい。入れていい?」
「いいよ」 

前から今度カラオケに行ったら歌ってほしいと言っていた曲だ。
生で聞けるとは思ってなかったけど… 

~だきしめたい あふれるほどに 君への想いがこみあげてく~

歌はラストにさしかかる。
もうすぐこの時間は終わってしまう。
ここから出るころ、外はもう暗いだろう。
お別れの時間だ。 

そう思うと涙が出てくる。
楽しかった。
楽しすぎたから
終わりたくない。 

~もしも君が さみしいときには
 いつも僕がそばにいるから~

いつもそばにいなくてもいいから
今だきしめてほしい。
言えなくて涙が止まらない。
こんなところは見られたくないのに。
笑った顔を作らなければ、そう思って顔を上げた瞬間
抱き寄せられた。
彼のにおいに包まれる。 

一瞬のことで何が起きたかわからなかった。
でも、離してほしくなかった。 

彼の背中に手を回す。
それを合図にしたようにぎゅっと抱きしめてくれた。 

ほんとに夢みたいだな。
ずっとこうしていたい。
でもそういうわけにはいかない。
私たちが結ばれるには色々問題がある。 

心地よい彼のぬくもりに酔いしれながら
意を決して
引き剥がすように彼の背中に回していた手を取った。
彼もまた同じようにする。 

視線がぶつかる。
彼の目には迷いの色が浮かんでいるように見えた。
それが何とも言えず私の心をくすぐり
思わず彼にキスをした。
子供がするような軽いキス。 

もう一度見つめて彼に笑いかけると
今度は彼から来てくれた。
もっとずっと濃く熱く。
夢中で彼を欲した。 

部屋に備え付けの電話が鳴る。
我に返ったように唇を離すと
「とりあえず行こうか」
と彼が言う。 

外はやはりもう暗かった。
「ホテルまで送るよ」と彼が言ってくれた。
二人並んで歩きだす。 

何を話したらいいのかわからなかった。
でもそれは今日最初に逢った時とは違う沈黙。
それが今朝の出来事だとは思えないほど遠い記憶だったが
同時に一瞬だったような気もした。

 ホテルには歩いて5分ほどで到着した。
「じゃあ、ここで」
私は努めて明るく振り向いて言った。
彼の顔にほんの少し落胆の表情がうかがえたのは気のせいだろうか。
「楽しかった。来てくれてありがとう。」
すぐさま笑顔をつくって言ってくれた。
「こちらこそありがとう。すっごく楽しかった。」
間を開けずにこう続ける。
「じゃあ行くね。本当にありがとう。」
言うなり踵を返す。
これが精いっぱいだった。 

自動ドアを抜け、エレベーターを呼ぶ。
幸いすぐに開いてくれた。
「閉」のボタンを軽く連打し、扉が閉まった瞬間
ひざを折って泣き崩れた。
ここまで我慢した自分を褒めたかったけど
もっと素直になればいいのにとも思った。 

部屋に戻り、
荷物を全部放り投げてベッドに倒れ込んだ。
今日はいくら泣いてもいい日にしよう。
楽しかった分、さみしい。
さみしかったのに、言えない。
そんな思いに胸が張り裂けそうになり、
涙が止まらない。 

ひとしきり泣いた後、
少し冷静になると、のどの渇きを感じた。
コンビニで水を買って来よう。 

そう思って重い体を起こし、財布だけ持って部屋を出た。
今スマホは見たくない。
ブーッと何かの通知が来た気がしたが、そのまま部屋を出た。

ロビーを通り、自動ドアを開けて外に出ると
彼が立っていた。
驚きすぎて言葉も出ない。
一瞬息をするのも忘れた。 

「どうしたの?」
絞りだすように一言だけ出てきた。
「このままねこさんを置いて帰れないよ」
うれしさで胸がいっぱいになった。 

コンビニに行こうとしていたのも忘れ、
彼を部屋に招く。 

ドアが閉まるか閉まらないかのタイミングで抱きしめられた。
幸せな気持ちのまま素直に応える。
彼が耳元で、いたずらめいた口調でつぶやく。
「今日は寝かせないよ」
思わず笑ってしまい
「こっちのセリフだよ」と答える。
今は、明日のことは考えないことにした。 

彼がもう一言つぶやく。
「好きだ。ねこさん」
私が一番聞きたかったセリフだ。
やっぱりこの声が好きだ。
そう思いながらこれから始まる夜に思いを馳せた。 

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最後までお読みいただきありがとうございます。
これは実話と妄想を独自のブレンドで配合したフィクションです。
先日恋愛モノを妄想で初めて書いたのですがこれが楽しくて
Twitterで知り合ったある方との恋を描いてみたくなり書き上げました。
こちらも思ったよりも楽しすぎて
やや長編となってしまいました。(約7900文字!) 

またもや自己満足要素が強く、拙い部分が多々あるかと存じますが
大目に見ていただければ幸いです。

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