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とある神社の氏子のお話

皆様、こんにちは。
しばらく前に、ある神社の氏子(うじこ)さんと知り合いました。

その氏子さんと初めてお会いした日、ここから歩いて行ける距離なので、せっかくだから神社にお連れしますとお誘いがありました。

その神社に関して、とある経緯があるのだけれど、少し人通りを離れてから話しますと言われました。
私は、参拝したお友達か誰かと、人間関係のドロドロした出来事をその方が体験したのだろうかと想像しました。

私たちがその神社へ行く道を歩き始めて、少ししますと、そこで初めてこの方は自分が氏子であることを打ち明け、声をひそめてぽつぽつと語り始めました。

(※ホラーが苦手な方におかれましては、読み進めるかどうかご判断下さい。個人的には大きな回復に向かう感動的な話でした)


事件

その神社では、もうずっと何年も前にさかのぼりますが、大きな事件がありました。恨みつらみの末に、関係者が凄惨な亡くなり方をしたのです。

歩き始めてから、そういえばその神社だったと気づきました。
一緒に歩いている方が、その神社の氏子であることも、この道のりで打ち明けて頂きました。

氏子「あの事件が起こるまでの数年間、私は、この神社に寄り付かなくなっていたんです」

私「(まあ、神社参拝ってそんなに熱心になれないことも珍しくないよね?)」

氏子「神社に来るたび、おかしい変化に気づき、嫌な感じがしたからでした。今思えば、そうやって神社をきちんと見守らなくなった、関わらなくなったこともあの事件を起こした一因と思えなくもない。

私が氏子としての責任を果たしていたのかと反省があります」

氏子というのがその神社を信仰して、寄付をしたり、運営を手伝う役割とは知っていましたが、義務的なものというか、最低限の関わりなのだろうと思い込んでいました。

私「(この方、立派だな・・・)」

氏子「大きな事件というのは、一気に起こるのではなく、時間をかけて徐々に悪くなっていくのです。

事件が起きてから、ようやく私はこの神社を久しぶりに訪れました」

私「事件の翌日とかでなければ、もう血が落ちている訳でもなかったでしょうね。

それに、私も事件から数ヶ月して、ご縁ありましてこちらの神社を訪れていたんですが、そのときはさっぱりと清々しい空気で、驚きましたよ」

氏子「それについて、今からお話ししますね」

私たちは正面の大きな鳥居に着きました。
私には、やっぱり、事件のことは忘れたかのように良い雰囲気なんじゃないかと思えてなりませんでした。

氏子さんと私は鳥居で一礼して、敷地に入り、玉砂利が心地よい音を足元で立てました。

氏子「まず、このお話の前提として知っておいていただきたいのが、私は、狛犬さんの声が聞こえます

私「!」

氏子「れいなさんは知っている内容だけれど、とある、スピリチュアルの自主練習みたいな方法がありますよね。

あれを私もやったんです。21日間、近くの神社に通って続けました。すると、狛犬さんの声が聞こえている、会話できることに気づいたんです」

私「おお!すごい!」

氏子「ありがとうございます。それでね、狛犬さん達は、人々を助けよう守ろうと力を尽くしているのよ」

私「ありがたいことですねえ」

氏子さんは、本殿の正面に向かって左手側を腕で示しました。

氏子「見て、私たちが入って来た大鳥居とは別に、あちらに一回り小さな鳥居があるでしょう。あの事件は、あの鳥居を出た先で起きたのよ。

本当なら神社関係者だから、敷地の中で殺してしまってもおかしくなかった。でもね、狛犬さんが力を使って、神聖な境内を汚すまいと、神社の外にその人達を出したの。

だから、その鳥居側の狛犬さんは、抜け殻のようになってしまってね。
あの事件の後、それまでなら声が聞こえたはずなのに、喋れなくなってしまっていたのよ」

私「!」

思わぬ話の内容に、何となく足がすくむような気もしましたが、しかし今は事件から何年も経過していて、空気は清らかで、私たちは健康で、先ほど飲んだ甘酒がお腹を温めていました。

私たちの足取りは滞ることなく、玉砂利を鳴らしながら、広い境内を突き進みました。

参道の中央は、神様のために譲る道。
私たち二人の間にはその暗黙の了解が流れ、足元が中央に寄ってしまうと、どちらともなくそこを外れて、何となく両脇に分かれて歩くのでした。

私たちは、喋れなくなっていた狛犬の前に立ちました。
氏子さんは、仕事の同僚に話しかけるかのごとく、狛犬に声をかけました。

氏子「おつかれさまです」

私も倣って、同じように挨拶をしました。

氏子「ここは何百年も続いているすごく古い神社です。
狛犬さん達は、本当は戦や災害のときに人々を守るために長い年月をかけて力を蓄えているの。

それを、こんな恨みつらみの事件で使ってしまう必要、本当はなかった。
救おうとしたんだよね、あの人達を」

私の目にも、狛犬が大きな悲しみの中で呆然としているような、所在ない、泣きながら笑っている、そんなように見えました。

私たちはもう一方の狛犬の方に歩み寄りました。

氏子「もう一度言うけど、大きな事件というのはいきなり起こるんじゃなくて、悪いことが徐々に、少しずつ、だんだん、積み重なっていって起こるの」

氏子さんは、狛犬の周りを手のひらで指し示しました。

氏子「見て」

そこには、近年工事して取り付けられたと思しき車椅子用のスロープが、狛犬をぐるりと取り囲んでいました。

氏子「これ、車椅子の人も参拝できるようにという思いはたいへん良いことだけれども、この形で作ってはいけなかった。狛犬さんが、自由に動けないでしょう」

後ろを見れば石垣部分、それ以外はスロープで囲まれ、狛犬の前や左右はどうにもならない状態でした。

氏子「だから、事件のとき、こちらの狛犬さんは動けなかった
それで、もう一方の、より古い魂が入っている狛犬さんがひとりで力を使い果たしたのよ」

私は、どう言ったらいいのか分かりませんでしたが、その、スロープで囲われた狛犬さんの正面に立ったら突然涙が出てきてしまって、止まらなくなりました。

ついでにすごい量の水っぱなが出続けるので、ポケットティッシュを取り出してぶんぶんとかみ始めました。

氏子「あなたは、降りられる体質だから、感情が入っちゃったのね」

私「そうなんですかね?自分ではよく分からないです。
先ほどまでお話を聞いていたから、気持ちが動揺したんじゃないですかね」

そう言いながらも、この涙と鼻水の量は、おそらく清めとして出しているのだろうと実感するところがありました。

氏子「こちらの、スロープに囲われた狛犬さんも、事件の直後は本当に弱っていた。少しずつ回復してきているような気もするけれど、それでもやはり、昔はこんなに弱弱しい状態じゃなかったの」

氏子さんは、言いました。

氏子「あの人達を、止めようとしたんだよ」

感情がヒリヒリしていました。
氏子さんは、狛犬に語り掛けました。

氏子「これから年末で、たくさんの参拝客が来て、お忙しいと思いますが、頑張ってください」

私たちは、階段を上りました。
本殿近くまで来て、氏子さんはまた、ある方向を手で指し示しました。

氏子「見て、あそこ。更にもうひとつ、新しい鳥居があるのが分かりますか?」

私「あ、本当だ・・・」

氏子「鳥居の下に車止めがなくて、むしろ、アスファルトが敷かれて車が入れるようになっているの、分かるでしょう。

あれだと、車が入れて一見便利だよね。
でも、鳥居とはいえ、車ごと通過できたら、車内にいる悪いものが入ってこれちゃうのよ。

神聖な境内の空間が、魑魅魍魎の巣になってしまっていたわけ」

私は、きらびやかな境内が魑魅魍魎でいっぱいになっている様子を想像し、ぞっとして、その鳥居から目が逸らせませんでした。

氏子「それとね」

氏子さんの紹介はよどみなく続きます。氏子さんは、本殿の右側にある建物を手で指し示しました。

氏子「今は取り払われたけれど、事件の少し前から、あそこになぜか、妖怪の絵が置かれるようになっていたの。とても大きな絵が。

それは私が事件後に、神社の運営に話をして、外させたの」

そこには大きな壁がありました。鳥居と同じく赤く塗られた壁の辺りは、確かに、何かが置いてあったかのような広い空間がありました。

氏子「スロープのことも、車が入れてしまう鳥居のことも、今から話す他のことも、その運営関係者には伝えてあるの」

私たちは、ひとまず参拝をしました。全然変な重たい雰囲気を感じることもなく、きらきらと午前中の自然光が私たちを照らしていました。

氏子「神様はずっとそこにいたのに、人間が変なことをしていったから、境内がおかしくなってしまっていたのよ。ようやく、神様も息が出来るようになったの。もう、穏やかにおわすことができているはず」

私はとりあえず安心して良いものと思いましたが、氏子さんは、私を呼んで、本殿の左側へ逸れて行きました。

氏子「それとね、事件の少し前に、なぜだか賽銭箱を違うものにしていたのよ。それは、あの事件を起こした人達が置いたの。

それもね、ふつうの大きさの賽銭箱じゃないのよ。そんなものを置いたら、お金に対する欲の氣ばかりがよどんでふくらんでしまうでしょう」

私は、そんな賽銭箱はもう置いてないようだし、それらしいものは目に入っていないから、別にもう考えなくてもいいじゃないかと思いました。

しかし氏子さんはそのまま歩き続けて、ひそめた声で、とあるものを指さしました。

氏子「見える?あれよ、あの、カバーがかけられている四角いもの。あれが事件までの賽銭箱なのよ」

私は、呆然としました。その賽銭箱は、人間の大人の女性くらいの高さがあって、横幅もそれに従って長く、今までどこの寺社仏閣でも観たことが無い大きさで、コンテナのようでした。

例えが良くないかもしれませんが、例えば、人間の大人の死体がいくつも入れられるであろう、そんな不気味な大きさの異様な箱でした。

私「ここまで大きいなんて・・・」

氏子「ね、これが正面に置いてあったのよ。そうすると、参拝した人達が拝んだとき、それは神様を遮って、賽銭箱を拝んでいることになってしまっていたのよ」

私はそのあまりの大きさに何も言えなくなりました。

氏子「この賽銭箱も撤去するように私が言ったの」

私は、一体どうしてこんなに色々なことに氏子さんが気づくんだろうと不思議に思いました。

それから私は、近くに行く用事があったとき、必ずその神社を訪れるようになりました。

私は、氏子さんがやっていたように狛犬に挨拶をするようになっていました。

しかし、確かに他の神社と比べて、こんなに希薄で泣きそうな雰囲気の狛犬たちはいないのではないかと、いつも思うのでした。

そしてつい先日、ふと、何の用事もないのに、私はひとり、引っ張られるような感じでその神社まで出かけました。

バスと電車を2回乗り継ぐ距離なのにどうしてだろうと思い、きっと私はスピリチュアルに関心があるから、以前出かけた場所を反復して出かけてしまうのではないか、と自分を疑いながら出かけました。

すると、神社で骨董市が開かれていたのです。
境内にはそこかしこと、骨董屋のブースが広がり、猿回しもあり、たいへん明るい雰囲気で人々が行き交っておりました。

私も色んな売り物を眺めながら歩いて、ふと、いつものように狛犬に挨拶しようと顔を上げました。

すると、狛犬が大きく口を開けて笑っているのが分かりました。
どういうこと!と驚いて、もう一方の、事件後に力を使い果たしていた狛犬の方を振り返ると、そちらの狛犬も同じように大口を開けるかのような勢いで笑っているのでした。

みなぎる力は、石造りの体を今にも揺らすかのようで、その存在感の濃さは目を見張るものがありました。

後日談

氏子さんとは以降もありがたいことに交友させて頂いており、先日、しばらくぶりにその神社を一緒に訪れました。

到着したとき、私たちは、初めてこの地に来た友人も連れていました。
氏子さんはその友人に説明しようと、車が入れてしまう鳥居の方を見ましたが、表情が少し明るくなりました。

氏子「・・・あれ?変わったんだ」

私がひとりで骨董市を訪れたときにも、そういえばそれは始まっていたのですが、広い境内の一角は工事の囲いがなされていました。

車が入れてしまう鳥居は、その工事によって撤去されていたのです。
名目としては、何百年記念の工事という看板が掲げられ、神社が前向きに進んでいることのよく実感できる出来事でありました。

私たちは3人で、並んで手を合わせ、境内の中を楽しく探索しました。

とてもいい香りがして振り向くと、マロニエの木が私たちを呼び止めたようでした。その爽やかなみずみずしい匂いのありがたさが印象に残っています。

事件の前に巨大な妖怪画が飾られていた境内は、今、とある障害者アーティストの方が描いたきらきらと輝く作品が飾られています。

その作品の雰囲気が大好きで、私はスマホの待ち受けにしています。

あとがき

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
機会があったら、ぜひ私と一緒に、実際の神社まで出かけましょう。
今はとっても和やかな雰囲気になっています。
皆様が訪れて下さったら、神様が、そして狛犬さん達、植物、すべての存在が大喜びします。

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