煙草の灰のような
薄汚い灰色の小さな小さな何かが目の前を横切った。
手で払い除けて私は歩く。
また灰色の小さな何かがゆらゆらと横切る。
邪魔だ。
手で払い除け、そのまま、また歩く。
更に灰色が降る。
ゆらゆらと空中を漂い、重力に従うように落ちる。
いつの間にか辺りに降り積もり、足を動かす度に舞い上がるのがひどく不快だ。
それでも気にせず、前へ前へと私は進む。
歩かなければいけない。
歩き続けなければいけない。
私に止まる事は許されない。
歩いて、歩いて、どの位時間が経ったのだろう。
視界を染めるのは一面の灰色だった。
身体にも灰色が纏わりついて気持ち悪い。
払い落とそうと腕を拭った。
灰色の下には何も無かった。
理解が出来ず拭う場所を更に広げる。
やはりその下に私の身体は無い。
拭った右手を見る。
そこにあった筈の掌も既に無く、足元の灰が透けて見える。
何だこれは。何だこれは。何だこれは。
埋まっている左足を持ち上げる。
埋まっていた筈の左足が無い。
左足を下ろしても足の裏の感覚も無く長さも足りず、私はその場で転んだ。
慌てて起き上がろうとするも、灰の付いた顔や左半身に実体を感じず上手く体を起こせない。
倒れたそのまま、まるで底無し沼に沈むかのように少しずつ視界が遮られていく。
辛うじて右目は見えるが、あと幾分かすればこちらも灰に埋まるのだろう。
私の存在を無かったことへ。
その時私は理解した。
この小さな小さな灰色は絶望だったのだな、と。
邪魔だと払い除け、気にせず前へ進もうとして、でも私は既に絶望に捕われていたのだ。
絶望が纏わりついた身体を重く感じながら、でも何も無くなってしまって軽い気もする。
このまま私は絶望に染まってしまうのか。
右目が闇に閉ざされる。
何故だろう。
その時私が感じたのは、確かに安堵だった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?