井の中の蛙
私は蛙だ。それも井戸の中にいるまごう事なき蛙だ。
井戸の中は食べる物にも困らなければ適度に休める場所もある。中々に快適な空間でひどく居心地が良い。
周りを見渡せばただの石壁だけで、毎日にほぼ変化は無い。上から水が延々と落ちてくる日もあれば、上から差す光が強い日もある。だが、その時にはその時の過ごし方がある。水や光を避けられる出っ張りの下に潜り込んだり、または水に揺蕩うように浮かんだり。どうだ、生き抜くのに上手い術を見付けているだろう?
そんな生活の中で、度々訪れる何やらよく分からない大きなモノが、ここは井戸だと言っていた。どうしてか私はそれらの言っている事を何となく理解していた。勿論初めは何か変な音にしか聞こえなかった。いつしか何となく意味を持つことを理解していたのだ。
そこで初めて、この石壁のもっともっと上の方には、自分と違うものがたくさんいるらしい、という事に気付いた。
その頃の私の楽しみと言えば、上を見上げて丸いものの様子を眺めることだった。真っ暗な中チラチラと色を変えるほんの少しの小さな点だとか、光が強くなって薄紫だとか青だとか赤だとか、白いのだとか。灰色の日もあったな。
よく分からないけれどあまり変化の無いここでの生活を彩ってくれるようなそんな気がしていた。
あとは、たまに聞こえてくる大きなモノの発する音だとか、ピーチクパーチク聞こえてくる様々な音だとか。真似してみたりして時間をやり過ごしていたのだが、私にはセンスがあると思う。自画自賛になるが本物と比べて遜色ないんじゃないか。
でも、この壁のもっともっと上のあちら側には、私の知らないものがいっぱいあるのだろうな。
そんな事を仲間内で話していると、じゃあ俺が確かめてきてやる!と誰かが言い出した。
おいおい、何があるか分からないんだぜ?そんな事やめとけよ。
いや、面白そうじゃないか!俺も一緒に行くぜ!
賛否両論あったが、私はそのどちらにも混ざらなかった。いや、混ざれなかった。
あちら側が気になるのは確かだけれど、壁を登るなんて面倒だ。行きたいやつは行けばいいし、残りたいやつは残ればいい。
蛙それぞれでいいだろう。
それから毎日、上を見上げて景色を楽しんでいた日常に、この壁を登ろうとする仲間だとか登った壁から落ちてくる仲間の絵が加わった。
私は、頑張って登ろうとする仲間を冷めた目で見ていた気がする。本心は羨ましいくせに。
ほら、弟達に泳ぎ方を教えてやらなきゃ。
ほら、弟達に餌の取り方教えてやらなきゃ。
ほら、私はもう年老いてしまったから。
こんな壁を登ってあちら側へ行くなんて、そんな苦労を出来る身体では無くなってしまったよ。
そんな言い訳ばかりを重ね、気付けば私は一人ぼっちだった。
年の近い仲間も兄弟も、まだまだ小さいとばかり思っていた子どものような年齢の子達も、気付けば皆、皆、この岩壁を登っていってしまった。
ぽつん、と一人取り残されたような気がする。
いや、私は自分でここに残る事を決めたのだ。
だってここは快適じゃないか。
生活に困る事なんてない。
鳥の真似だってあれから更に上手くなった。
ほら、ピーチクパーチク…
でも、それを聞いてくれるのは誰もいない。
空しくなった。
私が得たかったのは、本当にこの空間なんだろうか。
生きられればそれで良かったんだろうか。
そうだ!と言う自分と、違う!と言う自分がせめぎ合う。
じゃあ私は岩壁を登るのか?
この、途方もなく上に上にと伸びるこの壁を?
怖気付く小心者の自分に打ち勝てない。
どうして皆は登って行けたのだろう。
ここで暮らす事に何の不満があったのだろう。
どうして私はここを出られないんだろう。
いつか、ここを出る事が出来たら、また皆に会いたい。会って、何をしていたのか、どんな事があったのか、色んな話をしてみたい。
いつか。
いつか。
そんな諦めの混ざった不確かな願望を、壁を登る勇気に変えられるかな。
私は皆のようにあちら側へ行けるかな。
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