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責任感と無責任は紙一重

とあるニュースを見て感じたことです。

ニュースキャスターが感染したとのこと。倦怠感などがあった時も出演していた。

これ、テレビの向こう側”だけ”の話じゃないと思います。

この人を責めたいわけじゃないんです。日本社会に蔓延してるんだろうな、この”責任感”というやつ。

責任感を責めたいわけでもないんです。仕事任せるうえで、とても頼りになる存在だと思います、責任感の強い人は。

何が言いたいのかと言うと、責任感があまりに強くなると、視野が狭くなるということ。集中してしまうんですよね。そして視野が狭いので過信してしまう、自分は大丈夫と。

自分だけ逃れられることってないんですよね。株式投資とかしてるとよく分かります。とても痛い目に合います。決して逃れられません。。。笑

話が逸れましたが、責任感の強い人は俯瞰する力を持つと良いと思うんです。そうすると、例えば自分だけが情報を抱えているとすると、何がリスクなのか一目瞭然です。情報共有しておけば、最悪自分の身に何かが起きても他の人は困りません。

自分が現場にいかなくてもよい状況を、環境を作っておくべきなんですよね。

これ、自分で書いてますが、結構難易度の高いことだと思います。自分でやってしまったほうが効率高いですしね、通常は。

でも、もし自分が行くことで周りに1%でも感染してしまうリスクを考えなかったのか。想像すると、きっと考えたと思います。ただ、責任感が強く、この日本の有事にニュースキャスターである自分が休むわけにはいかない、みたいな気持ちだったのではないかな。

俯瞰することは実はとても難しくて、特に当事者になればなるほど困難です。だから、現状をありのまま伝えられるひとを側においておくべきだし、そういう人からの助言に真摯に耳を傾けられる心の余裕も必要なんですよね。

信頼のおけるひとへ報告できる環境作りや、自分の仕事を棚卸しして情報共有しておくとか、そんな日頃からの行いの積み重ねだと思います。

だから、責任感と無責任って紙一重だなぁってつくづく思うわけです。自分が当事者だったらどういう行動を取ったかわかりません。背景もわかりませんし、のっぴきならない理由があったかもしれません。でも、現状をきちんと把握して、それを信頼のおけるひとに伝えていたらもっと違うことになったのでは?と思います。

私も過去に大炎上した案件に放り込まれて、当事者になったとたんに視野が狭くなり、この現状報告を怠って痛い目にあってます。

視野を狭くしないためには心に余裕を持つこと。余裕を持つには自分でも改めてこの責任感というやっかいな代物とどう向き合っていくべきかを生きている間、常に考えるべきことだなと思いました。

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